医学界新聞

書評

2023.01.30 週刊医学界新聞(通常号):第3503号より

《評者》 東北大学大学院文学研究科准教授

 本書は国際的にも鎮静の研究をリードしてきた著者による2冊目の鎮静本である。前著が出た際に,著者の集大成であり今後数十年間は古典として読み継がれるだろう,と予想した身としては驚きを隠せない。まさか5年後に続編が出るとは想像していなかったからである。とはいえ,本書は単なる前著の続きではない。前著があくまでも医学書の範囲に収まる内容だったのに対し,本書はその範囲に収まるものではないからだ。いわば前著がボクシングだったとすれば,本書は総合格闘技である。

 もちろん前著同様,医学的な研究の最新の成果は存分に網羅され,読者はこの5年間の専門的な鎮静研究の進展をまとめて知ることができる(おまけに今回は脳科学や麻酔学への「越境」もある)。しかしそれに加えて本書では,世界各国の鎮静や安楽死に関する法・指針や議論動向を整理しつつ,法学や倫理学の専門的な議論をかみ砕いて著者なりの解釈が提示されている。

 とはいえ,専門外の領域に手を出しているのだから,専門家からすると細部の表現でひっかかるところはある。しかし著者がすごいのは,そうはいっても本質的なところは決して外さない,という点である(少なくとも私自身の専門が近いところの記述ではそう思う)。では,なぜ著者は肝心なところを外していないのだろうか。

 その理由は2つあると思う。1つには著者自身が書いているように,本書の執筆に先立ち徹底的にその分野の専門家と議論し,自分の理解が「外して」いないかを検証しているからである。この点は前著との違いでもあり,実際各章末尾には多様な分野の専門家への謝辞が書かれている。なお,私もこの過程で様々な専門家を著者に紹介してきたのだが,とにかく毎回相手の専門性から徹底的に学ぼうとする著者の姿勢には圧倒された。

 もう1つは,そうはいっても最終的にこうした知見をまとめ上げる際に,著者が臨床医としての立場から決して離れない,という点である。一見現場とは関係なさそうな話題も,あくまでも「臨床医として,取りきれない苦痛を前に『何かの決断』をしなければならない」(v頁)地点に戻ってきて吟味される。ここは大事な点で,もしここで視点がぶれていれば,多様な専門的知見は統合されることなく,単なる知識の羅列に終わっていただろう。その意味で,この本は「ひとり学際研究」(森岡正博)の成功例でもある。

 ところで,結局のところ本書は,ある臨床医が臨床現場の問題を考え抜くなかで,それが必然的に社会の問題であることにも気づき,関連する学術的知見を総合していった結果の産物である。評者は冒頭で,これは医学書の範囲を超えていると述べた。しかし,医学が本来持っている社会性を考えれば,実はこれこそが医学研究のあるべき姿なのかもしれない。

 その意味で,本書を一つのきっかけとして,臨床に根ざしつつも同様の広がりをもった書き手が次々と登場してくることを期待したい。


  • ジェネラリストを目指す人のための画像診断パワフルガイド

    ジェネラリストを目指す人のための 画像診断パワフルガイド 第2版

    • 山下 康行 著
    • B5・頁880
      定価:12,100円(本体11,000円+税10%) MEDSi
      https://www.medsi.co.jp

《評者》 熊本大大学院教授・放射線診断学

 著者の山下康行先生は私の前任の熊本大放射線診断学講座の教授である。先生は2001年から2019年まで教室を主宰されたが,教授就任前は消化器や泌尿生殖器領域で多くの研究業績を上げられた。おそらく画像診断のトップジャーナルである“Radiology”誌への掲載数はわが国No.1ではないかと思う。教授就任後は多くの研究者を育てられ,教室からは全国に多くの教授を輩出し,文字どおり研究力No.1の教室を作られた。同時に若いときの教育が大事であるとの信念のもと,学生や研修医の教育にも情熱を注がれてこられた。助教以上の教員に教育用のパワーポイントのスライドを作るよう命じられ,私も神経領域を担当した。その成果は,学生や研修医の教育に用いられると同時に,2005年にはメディカル・サイエンス・インターナショナルから『医学生・研修医のための画像診断FIRST AIDベーシック222』として出版された。

 その後も先生は学生や研修医教育のために病院の読影システム(PACS)を使って大学病院の画像検査にほとんど目を通され,教育的な症例や興味ある症例をチェックされてきた。それはデジタルのteaching fileとして20年間蓄積され,今ではわれわれの教室の財産にもなっている。このような成果を2014年には『ジェネラリストを目指す人のための画像診断パワフルガイド』として上梓された。この本は1冊で画像診断のポイントを網羅しており,日常臨床や専門医教育に役立つ本として大変好評で増刷を重ねたと聞く。その後も先生は症例を蓄積され,同時に最近の進歩をふんだんに取り入れて改訂され,2022年に本書第2版が出版された。本のボリュームも前版より150ページほど増加し,880ページの大冊となっている。

 何よりも一人でこれだけの本を執筆されたのは本当に驚きである。おそらく世界的にもこれほどコンパクトに最新の画像診断全体が網羅されている本は見つからないであろう。熊本大での40年近くの先生の経験と知見そして教育に対する情熱が凝集していることは間違いない。学生や研修医の教育だけでなく,日常臨床における放射線科医や他科診療科医の参考書としても大いに力を発揮すると確信している。ぜひ,その重みを噛みしめてほしい。


《評者》 長岡眼科医院

 ぶどう膜炎というと45年前の鮮烈な記憶がよみがえる。

 医学部を卒業して新入医局員として大学の眼科に入局し,最初に受け持った患者さんがベーチェット病から生じた続発性緑内障の患者さんだった。入院前から治療方針は疼痛除去のための片眼の抜眼と決まっていた。入院時に患者さんと一生懸命お話しして,現病歴,家族歴,身体所見,眼所見を取り,カルテを作成した。時間は要したが,患者さんも快く応じてくれた。手術日は入院2日後と決まっていたが,手術前日,すなわち入院翌日に患者さんが行方不明となった。あちこち探しまわったが,見つからない。警察に捜索依頼を出そうかと話し合っているうちに,家人から静岡県で見つかったと連絡があった。後でご本人に聞いてみると,まだ目があるうちに友人と会っておきたいとのことだった。経験の少ない私は,問診をすること,所見を取ることに必死で,眼球摘出を控えた患者さんへの配慮が足りなかったことを思い知らされた。ぶどう膜炎にはこんな苦い経験がある。

 私は,卒後45年の長きにわたって眼科臨床に携わってきたが,ぶどう膜炎は専門外である。そんな私がぶどう膜炎の最新のことを学ぼうとすると,ガイドラインだけでも膨大な量を学ばなければならない。日本眼科学会のホームページでぶどう膜炎に関連したガイドラインを調べてみると,2007~2019年の13年間に下記5つのガイドラインがある。

・サルコイドーシスの診断基準と診断の手引き―2006(2007/02/10)
・Behçet病(ベーチェット病)眼病変診療ガイドライン(2012/04/10)
・急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)の診断ガイドライン(2019/04/10)
・ぶどう膜炎診療ガイドライン(2019/06/10)
・非感染性ぶどう膜炎に対するTNF阻害薬使用指針および安全対策マニュアル(改訂第2版,2019年版)(2019/06/10)

 専門外の私が,ぶどう膜炎患者の診療を行う場合に,これらのことを全て理解して行うのは至難の業である。

 この度,医学書院の眼科臨床エキスパートシリーズ『所見から考えるぶどう膜炎』の第2版が出版された。これは,研修医にも,そして卒後年月を経た私のようなものの再教育にももってこいだ。なぜなら,質の高い,写真や図が豊富に掲載されている,とてもぜいたくな教科書であるからである。

 そして構成が,第1章「総説」,第2章「総論」,第3章「各論」とスマートな配列になっている。こうしたシリーズものは1ページ目から通読するのではなく,実際の症例に遭遇した場合,関連した事項をつまみ食いすることが多い。しかし,新しいぶどう膜炎の概念から学びたい方には,第1章の園田康平先生の総説を精読することをお勧めする。余裕のある方は,第2章の後藤浩先生らの総論を通読していただきたい。知っているようで知らないことをここでブラッシュアップしてみるのも一考かと思う。その上で,遭遇した症例について,各論で学ぶことができれば,鬼に金棒である。

 ここ10年の免疫学の進歩と生物学的製剤の進歩により,ぶどう膜炎の診断・治療の発展は著しい。この一冊をマスターして臨床に生かしたいと思う。


《評者》 日医大大学院教授・内分泌外科学

 「世界に誇る甲状腺専門病院」である隈病院は2022年,創立90周年を迎えた。同病院の病理診断科・科長である廣川満良先生がこのたび,『超音波・細胞・組織からみた 甲状腺疾患診断アトラス』を上梓された(執筆協力:樋口観世子氏,鈴木彩菜氏)。廣川先生は1978年,川崎医大を卒業後,病理診断の分野で経験を積まれた。とくに1984年に参加されたJohns Hopkins大でのJohn K. Frost教授によるPostgraduate Institute for Pathologist in Clinical Cytopathologyにインスパイアされ,細胞診の世界にのめり込まれたという。2006年,隈病院に入職され,年間8000例の甲状腺細胞診と2000例の甲状腺手術標本の病理診断という圧倒的な経験を積まれるとともに,数多くのプライオリティの高い研究論文も発表され,甲状腺専門の細胞診・病理医として,その名を世界にとどろかせている。廣川先生はまた病理医や細胞診断士の育成にも尽力され,「神戸甲状腺診断セミナー」を毎年,企画・開催されてきたが,本書にはそのエッセンスが盛り込まれている。

 第Ⅰ章「診断における基本的知識」では甲状腺疾患の診断法について,細胞診の手技を中心に解説されているが,QRコードにより具体的な手技を動画で見られるのは画期的である。第Ⅱ章「主な甲状腺疾患の臨床・組織・細胞所見」では非腫瘍性疾患,良性腫瘍,境界悪性および悪性腫瘍について数多くの図版とともに詳細かつ明確に解説されている。第Ⅲ章「細胞診標本の見方・報告様式」,第Ⅳ章「細胞診における主な鑑別疾患」では細胞診で注目すべき所見について,廣川先生の一流の科学的観察眼と論理的表現力が存分に発揮され,素人目にはともすれば直観的で判じ物のように思えてしまう細胞診における目の付け所(ベスト・アプローチ)が明示されている。特に濾胞腺腫と濾胞癌や濾胞性腫瘍と濾胞型乳頭癌,リンパ球優位橋本病とMALTリンパ腫など甲状腺を扱う医師の悩みの種である困難極まりない鑑別診断についても明快な回答が用意されており,明日からの臨床にすぐさま役立つこと必至である。そして,本書のクライマックスは第Ⅴ章「甲状腺疾患アトラス」である。87もの多彩な症例のそれぞれについて,超音波画像を含む臨床所見,細胞診画像,病理組織像が美しく示された上で的確な解説が加えられており,あたかも隈病院に留学したかのような妙味を味わうことができる。隈病院から発信された研究成果を中心に甲状腺臨床の重要な知見を集めた「ワンミニッツ講座」や甲状腺に関する歴史雑学を集めた「甲状腺トリビア」も有益で楽しい。さらに文献一覧においては,多くのオープンジャーナル掲載の論文が示されており,さらに知識を深めることも可能となっている。甲状腺疾患に対する総合的臨床能力を鍛えたい者にこの上なく役立つのはもちろん,ある程度経験を積んだ者にとっても,さらに目を肥やすことができる必携の書であると言える。日本の甲状腺疾患診断学の到達点を示した本書が,近い将来,英語版でも発行されることを期待したい。

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