医学界新聞

医学界新聞プラス

『ウォームアップ微生物学』より

連載 中込治

2022.03.25

微生物学を勉強しようと思って教科書を手に取ってみたら,ずらりと並んだ専門用語やそのボリュームに圧倒された経験はありませんか? そんなあなたに,微生物学を本格的に学習する前段階,いわば準備体操として活用してほしい書籍が『ウォームアップ微生物学』です。微生物の伝播や病気を起こす仕組みを,身近な例を挙げながらプロの視点でわかりやすく解説しています。本書を最後まで読み終えてからもう一度教科書を手に取ると,病原微生物とヒトとのせめぎあいのイメージが浮かび上がり,理解が深まること間違いなし。

 

「医学界新聞プラス」では本書のうち“準備運動の準備運動”とも言える微生物学の基礎知識を前半2回で,宿主に病気をもたらす過程や伝播経路といった病原微生物の生き方を後半2回でそれぞれ紹介します。

 
 

今回お話しすること

今回のテーマは,病原微生物の生きかたの基本戦略である寄生とそれにともなう病気との関係です。寄生とは居候ですから,本人が意図するわけではないにしても宿主になにかしらの迷惑がかかります。病原微生物がいることによって宿主がこうむる迷惑が病気です。しかし,病気を起こすことが病原微生物の利益になるわけではなく,宿主とは適当なところでなんとか折りあいをつけたいようにみえます。

1. 微生物はなぜヒトに感染するのか

病原微生物はなぜヒトに感染し,病気を起こすのでしょうか。一言でいえば,微生物がヒトに感染するのは生きるためです。では,微生物が生きるとはどういうことでしょうか。それは,増えること,自分と同じものの数をできるだけたくさん増やすことにつきます。数がたくさんにならないと死に絶えてしまうからです。死に絶える前に,たくさん増えた子どもたちのうちのだれかが,新しい宿主を見つけて感染しなければならないからです。そして新しい宿主を見つけられるのは,数ある子どものなかで万に1つもないほどわずかです。病原微生物にとって世の中は厳しいのです。

病原微生物の生きかたの基本方針は,宿主に頼って自分の子どもたちの数を増やしていくことです。これを寄生といいます。どうして寄生するかというと,生きるために必要なものを手に入れたいからです。必要なものの多くは代謝産物です。つまり,他人がエネルギーを費やしてはたらいた成果物です。自分のエネルギーを使わずに代謝産物が得られれば,そのぶんだけ自分と同じものを増やすという目的に向かってエネルギーを有効利用できます。

★022-1.jpg

ただ,寄生の度が過ぎると,つまり,宿主に頼りすぎると,宿主から離れたときに,新たな宿主を見つけられなければ,生きる望みは完全に断たれてしまいます。これは病原微生物にすれば,とても困る寄生の欠点です。そこで,もとの宿主から離れ,次の宿主を見つけるまでの間,病原微生物にとって過酷な外の世界での生存の可能性をすこしでも高くしようとする工夫がみられます。ウイルスの粒子,細菌の芽胞,原虫のシスト,ぜん虫の虫卵などがその工夫のたまものです。

2. 常在細菌叢

微生物にとって,寄生にともなう必要悪ともいえるのが病気です。病原微生物とよばれていても,微生物がヒトに病気を起こすことにみずからの存在意義を見い出しているのではありません。微生物は,「増えることさえできれば,宿主とは穏便にあたりさわりのない関係を築きたい」というのが本音でしょう。その証拠の1つは,ヒトのからだに存在する常在細菌叢あるいは正常細菌叢とよばれる一群の細菌です。その数は,100兆個という膨大な数です。細菌1個を1円玉にたとえると,100兆個というのは山手線の内側を1円玉で1 mほどの高さに積み上げて埋めつくすくらいの数です。想像を絶する大きな数字ですね。一方,ヒトのからだも細胞からなりたっています。その総数は10兆個といわれています。ですから,数だけでいえば,10兆個の細胞からできているからだの中に,その10倍の100兆個の細菌がいるというちょっと不思議な関係になります。

023-1.jpg

常在細菌叢を構成する細菌は外部環境との接触がある部位,主に皮膚,鼻腔,口腔,消化管,泌尿・生殖器などに存在します。でも圧倒的多数は大腸に存在します。大腸の内容物1 gあたり1,000億個を超える細菌がいます。そのほとんどは酸素が存在すると生きられない嫌気性菌です。みなさんがよくご存じの大腸菌もここではマイノリティです。

常在細菌叢を構成する細菌は,腸管内で宿主が困るほどには増殖せず,ときには宿主の利益になることもして,「あたりさわりのないよい関係」を築いています。こういう状態は細菌が感染しているとはいわず,定着しているといいます。からだの中で,血液,脳,肝臓などの器官,あるいは声帯より下の呼吸器には微生物が存在しません。こういう本来は無菌的な場所では,わずかでも微生物が存在すれば感染が起こっていると判断します。

常在細菌叢を構成する細菌であっても,宿主の健康状態が変化した場合,あるいは本来の宿主ではない生物に感染した場合には,有害な病原体となることがあります。たとえば,O157と通称されるベロ毒素産生大腸菌は,ウシでは腸管に定着している常在細菌叢を構成する微生物です。これが本来の宿主ではないヒトに感染すると,腸管出血性大腸炎という病気を起こします。

また,ヒトが狂犬病を発症すると死はまぬかれませんが,狂犬病ウイルスはコウモリには無害な状態で感染しています。ウイルスは細胞に感染していますので,細菌にみられる定着という状態ではありません。このような一見したところ無害な状態での感染を,症状が出ていないという意味で不顕性感染という表現をします。また,コウモリに感染している狂犬病ウイルスの例では,ウイルスは不顕性に感染していると同時に,持続感染しています。

みなさんが混乱しないように,細菌が「付着する」,「定着する」,「感染する」ということの違いについて,すこし説明しておきましょう。こういう言葉は日常的に使っている語彙のなかにあります。ですから,たとえば「不顕性感染」というような初めて出会う専門用語とは違って,なんの説明を受けなくてもわかったような気分になります。これがあとで混乱するもとになります。

3. 付着・定着・感染

病原性のある細菌が腸管の粘膜表面に到達したところからはじめましょう。病原性を発揮するためにはここでしっかりと粘膜細胞表面にくっつかなければ,どんどん下流へと押し流され,便とともに排泄されてしまいます。細菌がしっかりと粘膜細胞表面にくっつくことを付着するといいます。この付着の分子メカニズムもどんどん解明されてきています。一例をあげると,病原性のある大腸菌は菌体表面の線毛を使って粘膜上皮細胞の表面にある糖タンパク質や糖脂質などのシアル酸多糖と結合して付着をなしとげます。こうして付着すれば,分裂増殖しても腸管内の流れによって押し流されることなく,その場で数を増すことができるようになります。

このように細菌が粘膜の表面で増殖する状態を定着するといいます。しかし,細菌はまだ粘膜という宿主の防御壁を越えていません。多くの病原細菌はこの先いろいろな手立てを使って,粘膜上皮を突破し,その下の組織で増殖します。なかには,自分自身は宿主の組織内には侵入しないで,毒素を出すことによって宿主に傷害をあたえるコレラ菌のようなものもあります。

細菌の増殖の結果,宿主になんらかの傷害が起こると,細菌が感染したといいます。傷害が起こると宿主はだまっていません。侵入した細菌に対して宿主の免疫応答がはたらきだします。ですから,この免疫応答,たとえばその細菌に対する抗体が増えたことを確認することによって,感染が起こったことを知ることができます。

025-1.jpg

宿主の組織傷害がある程度以上になれば,症状が出ます。これを発症といいます。発症すれば顕性感染,発症しなければ不顕性感染です。これは,ウイルスの場合と同じです。

4. 微生物と宿主との折りあい:病原性の均衡化

感染の結果宿主に害を及ぼすこと,つまり,病気を起こすことは,微生物にとって必要悪です。病原微生物が,感染の結果として宿主を殺してしまうと,微生物自身も死滅するリスクを負うことになります。病原性が強いことは微生物にとってもよいことではないのです。

病原性の強いウイルス株よりも弱いウイルス株のほうが自然界における存続にとって有利になる実例があります。これは,オーストラリアで致死的なウイルスを使って野ウサギを駆除しようとした事業で見つかった現象としてよく知られていますが,宿主と寄生体との間にできあがる病原性の均衡化のことです。つまり,ウイルスも宿主もどちらかのひとり勝ちになることなく,おたがいに共存できるような病原性のところに落ち着くという現象です。

話は,かつてヨーロッパ人がオーストラリアに入植し,ウサギを持ち込んだことが発端です。スポーツとしてのハンティングの際の獲物に使うためだったようです。せいぜい10数羽程度を持ち込んだらしいのです。ところが,オーストラリアにはウサギの天敵がいなかったので,ものすごい勢いで増え続け,農作物に大きな被害をもたらすようになりました。

そこで,1950年代に,ウサギに致死性の病気を起こす粘液腫ウイルスというウイルスを使ってウサギをせん滅しようという計画がもちあがり,実行に移されました。粘液腫ウイルスは蚊で媒介され,ヨーロッパのウサギが感染すると,致死性の疾患を発症し急速に死に至ります。粘液腫ウイルスがオーストラリアに導入された当初は,感染したウサギの99%以上が死に,このせん滅作戦は成功したかのようにみえました。

ところが,ウイルスとウサギのどちらにも予期しなかった変化が起きたのです。1つはウイルス側に起きた変化です。ウサギを殺す力の弱い変異ウイルスが出現し,ウサギを殺す力の強いもとからのウイルスと置き換わってしまったのです。弱毒ウイルスに感染したウサギと,強毒ウイルスに感染したウサギでは,弱毒ウイルスに感染したウサギのほうが長生きします。まあ,当然そうなりますね。すると,弱毒ウイルスが新しいウサギに感染する機会のほうが,強毒ウイルスよりも増えます。というわけで,弱毒ウイルスのほうが生存にとって有利になったのです。

もう1つは,ウサギのほうに起こった変化です。遺伝的に粘液腫ウイルスに対する抵抗力が弱いウサギがどんどん死んでいき,粘液腫ウイルスに抵抗力のあるウサギの割合が増えたのです。その結果,より抵抗力のある宿主と弱毒変異したウイルスが,よりバランスのとれた宿主・寄生体の組み合わせとして残りました。

この病原性の均衡化現象の話は一般化されて,新しく出現した病原体はヒトからヒトへと広がっていくうちに病原性が弱くなっていくだろうと考えられています。それならば,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の場合でも弱毒変異したウイルスがよりバランスのとれた宿主・寄生体の組み合わせとして残るのでしょうか。自然のなりゆきにまかせて何十年という時間の単位でみれば,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)と人類との間にも宿主と寄生体との病原性の均衡化が起こるでしょう。ただし,もっと短い同時代的な視点から考える場合に注意すべき点は3つほどあります。

1つは,世の中で優勢をしめる要因は病原性ばかりではないことです。たとえば,変異してできた新しいウイルスのほうがレセプターにくっつきやすくなれば,感染の効率があがりますので,今までより少ない数のウイルス粒子でも感染できるようになります。その結果,変異ウイルスのほうが次々と新しい宿主を見つける競争に打ち勝って優勢になります。こういう変異ウイルスが優勢になると,短期間に感染するヒトの絶対数が多くなります。そうすると同じ病原性であっても,つまり,感染したヒトのうち発病する割合(発症率)や,感染したヒトのなかで死亡するヒトの割合(致命率)が同じでも,患者や死者の絶対数が増えます。これを病原性が強まったと誤解しないようにしてください。

ところで,新型コロナウイルスの病原性は年齢で大きく違います。致命率でみると,若い年齢層では非常に低く,高齢者では高いことがよく知られています。社会的活動範囲が広い若いヒトが感染してもほとんど死なず,症状も軽いというのは,ウイルスにとって次の宿主を見つけやすいという点で,有利な生き残り戦略であるといえます。

2つめは,ヒトの1世代は約30年と長いので,新型コロナウイルスに強い家系や人種があったとしても,そういうヒトたちからなる集団が生存に有利だからという理由で人口のなかで多数をしめるまでには,相当の長い時間がかかることです。新型コロナウイルスが出現してから2~3年たっただけではわからない変化です。

3つめは,抗ウイルス薬とワクチンです。これらが私たちがもつウイルスとの戦いでの切り札です。一方,ウイルスは,抗ウイルス薬が効かない変異ウイルスや,ワクチンによって獲得した免疫から逃れる変異ウイルスの出現で対抗してきますので,こういう変異をもったウイルスが優勢になるでしょう。ただし,これは病原性の均衡化という自然界で起こる進化上の現象では想定していない,人為的な要因です。

今回のお話のキーコンセプト

  •  病原微生物の生きかたの基本戦略は寄生です。寄生により宿主がこうむる迷惑が病気です。
  •  
  •  微生物にとっての理想は,宿主とあたりさわりのない穏便な寄生生活を送ることです。その好例を常在細菌叢の存在や病原性の均衡化という現象にみることができます。
  •  
  •  細菌感染症にはウイルス感染症にはない菌の定着という考えかたがあります。病原菌が体表や粘膜腔の上皮細胞に付着したのち,増殖はしているけれども組織に傷害をあたえていないので,感染には至らず,まだ宿主の防御機構が発動していない状態です。

 
 

 

本格的に微生物学を学ぶ前に,
まずは全体像と大事なトコロのイメージをつかもう!

<内容紹介>医療系の学生にとって病原微生物学の勉強って必須だけれど,覚えることがたくさんあって大変そう…。そこで,本格的に微生物学を学ぶ前にまずはアタマの準備運動をしましょう。本書で一足先に微生物学の全体像と一番大事なトコロのイメージをつかんでおけば,きっと大学の講義や分厚い教科書にもすんなり入っていけますよ。医学生やコメディカル学生はもちろん,病原微生物についてきちんと知りたい一般読者の方にもおすすめです!

目次はこちらから