医学界新聞


現場目線の医療DXの実現に向けて

寄稿 木村聡

2022.12.19 週刊医学界新聞(通常号):第3498号より

 DX(Digital transformation)とは,「デジタル技術によってビジネスや社会,人々の生活を変えること」とされます。つまり医療DXは,「テクノロジーや情報技術によって医療が改善し,社会や人々の生活を変えること」と考えられます。そして医療DXの鍵であり,医療情報において欠かせないのが電子カルテです。今年9月に設置された「医療DX令和ビジョン2030」厚労省推進チームにおいても,電子カルテ情報および交換方式の標準化,標準型電子カルテの検討が始まっています1)。本稿では,日米豪の3か国で臨床医や研究者としてさまざまな電子カルテを使用し,現在は大学病院の医療情報部にも勤務する筆者が,現場からみた電子カルテの活用()について考察します。

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 現場目線の医療DXにおいて求められる電子カルテの例

1)あらゆるデータをカルテに自動送信

 質の高い電子カルテを導入することで享受できるメリットとして,カルテへの入力が挙げられます。これは,手書き文字からキーボードを用いたタイピングへ移行することによる判読性の改善だけを意味していません。

 例えば,集中治療室ではバイタルサイン,薬剤投与,人工呼吸器設定や実測値,血液ガス分析結果など,あらゆるデータをカルテに記載したいところですが,多くの病院では必要な情報を選別し,その大部分は看護師によって入力されていました。しかし,国際的なシェアを誇る電子カルテでは,医療情報は自動的に送信・記載されます。薬剤投与速度の変更,人工呼吸器設定値の変更時刻や内容も,医師や看護師がわざわざカルテに入力する必要がなく,多大な労力を削減できます。

2)処方時の計算を簡略化,薬剤情報の自動表示

 オーダリングシステムも,電子カルテの質の見せ所です。医師自ら薬剤の投与量や希釈を計算し打ち込むのは,質の高い電子カルテとは言えません。DX志向の電子カルテでは体重当たりの投与量や投与回数,希釈方法が自動で表示され,クリックひとつで選択できるようになっています。これにより,人為的ミスを防ぐだけでなく,オーダー時間を大きく削減できます。

 例えば,(特に小児の場合に)体重を参照し自分で投与量を計算して数字を打ち込むと10秒程度かかりますが,クリックするだけのオーダーなら3秒で済みます。また薬剤の用法用量を確認するのに電子カルテから薬剤情報アプリの画面を開き,用法用量の欄に到達するまでにも10秒程度かかるでしょう。1日20回処方を行い,その2割で薬剤情報を処方前に確認していたと仮定すると,週5日勤務した場合,年間で[(10-3) * 20+10 * 20 * (2/10)] * 240≒12時間も節約できます。日々忙しい臨床医にとって,このようなわずかな差であっても,「塵も積もれば山」となります。

3)コスト算定を自動化

 電子カルテのメリットには,コスト算定の自動化も挙げられます。酸素吸入量,カテーテル挿入時の薬剤や物品の数々,超音波検査など,医師が打ち込まずとも看護師や事務員がそのコスト算定のための打ち込みを行っていることが日本ではほとんどです。仮に診断群分類包括評価制度(DPC)を用いた包括支払いであったとしても,診療行為の入力漏れは,機能評価係数Ⅱ,重症度・医療看護必要度の割合,今後の診療報酬改定などに影響する恐れがあり,正確な医療行為の記載はなくてはならない作業です。ただ電子カルテを導入するだけでなく,日々改善し自動化することで,臨床現場での労働者の労力を削減することが可能になります。

 学会発表や論文執筆のデータを収集するためだけに休日に病院に閉じこもり,朝から晩までひたすら電子カルテからデータを引き出すといった経験のある医師も多いのではないでしょうか。しかし,私が在籍した米国と豪州の留学先全てにおいて,電子カルテは自宅を含む病院外からも閲覧・記載可能でした。セキュリティをクリアし刻々と自動的に変更されるパスワードを使用することで,プライベートPCからでも,診療録や看護記録,検査値や画像所見などの情報にアクセス可能です。院外から電子カルテにアクセス可能となることによって,臨床実務だけでなく,臨床研究に必要な労力が驚くほど削減できます。

 また,電子カルテの質の向上は,研究に必要なデータの質にも多大な影響を及ぼします。患者情報や検査歴だけでなく,モニタリング結果をリアルタイムでサーバーに自動保存することが可能であり,文字通りビッグデータが生まれます。これによって,レジストリ等の目的を定めたデータの収集だけでなく,ありとあらゆるデータを格納し,そこから機械学習を用いて新しい発見を見いだすためのデータベースの構築も可能となります。例えば,Medical Information Mart for Intensive Care(MIMIC)という,ボストンの病院とマサチューセッツ工科大学(MIT)のラボが共同で作成したデータベースがありますが,このたったひとつのデータベースからこれまでに約2千本の論文が出版されています2)

 このように,電子カルテによる医療DXは臨床と研究の両側面において強い味方となり得ます。しかしその普及と発展にはさまざまな壁が存在します。

 そのひとつが「カスタマイズの功罪」です。データ分析や機械学習に関する仕事をしていると,医療界においても驚くほど多くの日常業務が自動化可能であることに気付きます。われわれ臨床医が「こうしたらもっと楽なのに」と思うことの多くは,システムエンジニアの手に掛かれば実現可能です。しかし,このような臨床医の要望にカスタマイズで対応することには落とし穴があります。それは,電子カルテに個別のカスタマイズを重ねると,電子カルテのバージョンアップができなくなる危険があることです。古いバージョンに加えたカスタマイズ(コードの変更)は,新しいバージョンで使えなくなるだけでなく,そのようなカスタマイズは電子カルテ全体の動作に影響を与えることがあります。すなわち,現場目線の個別のカスタマイズで一時的に使いやすくなったとしても,後々の標準パッケージの標準機能に追い抜かれ,むしろ時代遅れの電子カルテとなっている,ということは多々あるのです。

 もうひとつの壁が,「データの公開と個人情報」です。医療DXにより医療ビッグデータが集まったとしても,そのデータ利用には多くの問題が待ち受けます。まず第一に,データが「汚い」ことです。データを解析・学習させるためには,データを整理する作業(データクリーニング)が必要になります。実はこの作業が最も大変だと言われるほど,利用可能なデータにするまでには労力が必要です。第二は,個人情報にかかわることです。患者個人の治療内容,検査結果,経過といった医療データは個人情報であると考えられ,その保護には細心の注意を払わなければなりません。地球の反対側からでもインターネットを介して情報にアクセスできるようになった現在,たとえ非公開のデータであっても漏洩のリスクはゼロにはなりません。そのため,個人情報保護という観点からデータの共有は進まず,結果として臨床と研究の両面において弊害となります。第三は知財です。もはや医療情報は価値のある資産であり,開発目的のデータは売買されます。裏を返すと,お金を払わないとデータを利用することができず,医療界の発展の妨げにさえなってしまいます。

 そもそも日本のカルテはコスト算定と会計システムから始まったものが多く,そこに臨床現場のフローが追加される形になっており,既存の電子カルテと臨床現場に立つ者にとっての理想形はイコールではありません。また,日本語という主に日本人しか用いない言語を用いるが故,国際的なシェアを誇る電子カルテ企業が参入してきません。そのため,日本の電子カルテは海外の電子カルテと比較してもまだまだ発展途上であると言えます。

 ともあれ,医療を提供する側/提供される側の双方にとって,医療DXは大きな変革です。医療におけるデジタル化には,乗り越えなければならない課題も多いですが,ますます発展していく領域であることは間違いないでしょう。


1)厚労省.「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム.2022.
2)ブログ「シェアする挑戦者~MD×MPH~」.医療界のビッグデータ:MIMIC.2019.

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岡山大学病院麻酔科蘇生科/医療情報部 助教

2007年東北大医学部卒。麻生飯塚病院で初期研修・麻酔科専攻医として修練。米オハイオ州立大で研究に従事した後,ハーバード公衆衛生大学院で公衆衛生学修士号を取得。その後に豪ロイヤルチルドレンズ病院で小児集中治療医として勤務。小児心臓麻酔や臨床研究,特にビッグデータを用いた研究を専門とする。著書に『絶対にあきらめない医学留学』(中外医学社)。ブログ「シェアする挑戦者~MD×MPH~」管理人。

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