医学界新聞

対談・座談会 麻原きよみ,石田佳奈子,井出由美,佐藤直子

2022.12.12 週刊医学界新聞(看護号):第3497号より

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 米国において,高度実践看護師の最高学位としてDNP(Doctor of Nursing Practice)が発展を遂げている(MEMO)。DNPとは,より良い実践のために既存のエビデンスを最大限に活用できる看護師の養成をめざす教育課程だ。本紙では,国内初のDNP課程を擁する聖路加国際大学大学院の麻原氏,同課程を修了しそこで得た学びを臨床実践に生かす井出氏と佐藤氏,そして米国でDNP課程を修了し現在は後進の教育に携わる石田氏による座談会を企画。DNP課程の内実や,修了の先にあるものについて話した。

麻原 専門看護師(Certified Nurse Specialist:CNS)へのさらなる教育を検討する中で,聖路加国際大ではDNPというモデルに出合い,2017年に教育課程として設立しました。米国で生まれた博士号であるDNPは,実践に焦点を当て,研究成果を活用できる臨床看護師(=高度実践看護師)の育成を志向します。

 高度実践看護の担い手を養成するといっても,何を学び,どう臨床での実践に生かすのか,イメージを抱きにくい方も少なくないでしょう。本日は,米イリノイ大シカゴ校でDNP課程を修めた石田さん,弊学でDNP課程を修めた井出さんと佐藤さんにお越しいただきました。実際にDNP課程で学んだお三方に話を伺い,その内実を多くの方にお伝えできればと思います。

麻原 まずは,DNP課程に進むことにした契機や目的を伺えますか。

石田 実践家としての知識とスキルに磨きをかけたかったからです。臨床ですぐ近くにいる医師の判断力や疾患・薬剤についての知識,院内でのリーダーシップといったスキルセットに魅力を感じるようになり,FNP(Family Nurse Practitioner)としてなら自身の思い描く理想的な看護師としての働き方ができると考えました。患者さんや医療従事者とかかわることが楽しく臨床を離れるつもりはなかったので,Ph.D.は選ばなかったです。また,臨床で働く中で組織レベルでの問題に疑問を抱くことがあり,そうした問題の解決にもDNP課程で得られる学びが役立つと考えました。

佐藤 CNSの役割である看護の質改善に研究的に取り組む力を養う目的で進学しました。私は2012年に日本で初めて在宅看護分野のCNSとなったため,認定審査を受ける1年以上前から,CNSが実践で上げられる成果について問われ続けました。そうした経験から看護の質の担保・向上に研究的に取り組みたいとの思いが生まれ,DNP課程への進学を決めました。「あくまでも実践につながる学位を」との思いもあり,Ph.D.は選びませんでした。

井出 自身の実践の成果を管理者に伝わる形で示せるようになりたいと考え,進学しました。私は修士課程を修了後,小児看護CNSを取得しNICUで働いていました。当院にはCNSや認定看護師等のリソースナースを活用しようとする組織風土があり,年に一度各自の活動を報告・発表する機会が設けられています。しかし,自身の活動の成果を説得力をもって示すだけの力が私には不足していて,管理者から「客観的な成果が見えない」と指摘されることもありました。管理者の納得が得られないままでは自分の思い描く働き方を実現できないと考え,DNP課程の門を叩いたという経緯です。

麻原 皆さん,何らかの実務的なスキルを手に入れることを求めてDNP課程に進んだのですね。

麻原 DNP課程では,現場の実践を変える方策を探すプロジェクト研究に取り組むという特徴があります。この点が,一般化を志向した研究に取り組むPh.D.とは大きく異なります。どのようなDNPプロジェクトに取り組んだのかを教えてください。

井出 NICUの新人看護師を対象にした移行支援プログラムを作成し,実装しました。職場適応に困難を抱える新人看護師が多いことを受けて,厚労省は『新人看護職員研修ガイドライン』2)を公開し,新人看護師を迎える環境整備を推進しています。しかし,NICUに関しては基礎教育での学習が限定的な分野である上に,現場ではOJTが中心で,有効な新人教育プログラムが存在しません。政策的にNICUを増床したにもかかわらず,人材育成に関しては昔と変わらないままでした。まずは日本の周産期医療の実情に即した新人教育プログラムを自施設で実施し,ゆくゆくは全国規模で研修体制が確立できればとプロジェクトを立ち上げた次第です。NICUの新人が取り扱える技術項目の範囲を確定し,評価ツール,カリキュラム開発等に取り組んで,移行支援プログラムを完成させました。自施設への実装後4年間を通して新人看護師の退職がゼロになったことは1つの成果ととらえています。現在は,プログラムを導入してくれた他施設で定期的に講義を行っています。

石田 日本では,新人研修は勤務時間内に行われているのですか。

井出 前出のガイドラインが発出されて以降,勤務時間内に組み込む体制をとる施設が多いです。ただ,通常の新人研修に加えてNICU用のプログラムも行うとなると時間が長くなります。そこで,全国の周産期センターを設置する施設の看護部長を対象に,許容範囲と考える講義時間について質問紙調査を行ったところ,プログラム全体で25.7時間が平均的な許容時間とされました。ですから,90分17コマにどうにか収めたのです。

麻原 佐藤さんのDNPプロジェクトはいかがですか。

佐藤 私のプロジェクトも教育プログラムを作る点では井出さんと同様です。しかし,対象はプリセプター,フィールドは訪問看護のためアプローチが異なります。訪問看護ステーションは経営母体が異なる施設が点在していて各施設の所属看護師数は少ない傾向にあり,離職率が高いです。そこで,1つの区域内にあるステーションをまとめて対象とし,各施設のプリセプターとその候補者たちに合同の研修を受けてもらう教育プログラムを作成,現場に受け入れられる改善を図りました。その後,区域内で研修を行う中で管理者の教育に対する考え方に課題があることが見えてきたため,管理者の教育研修プログラムを作成しました。これらのプログラムは全国から問い合わせをいただき,現在は6県で実施されています。

麻原 お二方とも,作成した教育プログラムが他施設に普及するレベルにまで達していて素晴らしいですね。DNP課程での学びがしっかり生きている何よりの証拠です。

麻原 石田さんのプロジェクトはどのようなものですか。

石田 大腸がんスクリーニング検査の受診率を上昇させることを目標に,患者さんへの効果的な情報提供方法を探るプロジェクトを行いました。当時私が臨床ローテーションを行っていた施設では,大腸がんリスクが高いとされる黒人患者さんが多いにもかかわらず,スクリーニング検査の受診率の低さが目立っていたからです。多くの論文をサーチした上で3つの介入法を選定し実施,その結果を解析しました。

 具体的には,①自動音声による電話でスクリーニング検査のリマインドを行う,②MA(Medical Assistant),CNA(Certified Nurse Assistant)がバイタルを取る際にスクリーニング検査の受診を勧める,③ケアコーディネーターが直接電話してスクリーニング検査の受診を勧める,の比較です。米国ではMAやケアコーディネーターといった医師・看護師免許を持たないスタッフも患者さんと深くかかわり,信頼を得ています。彼らの力を生かしてシステムをどう改善するかがキーポイントでした。結果,②が患者さんからもスタッフからも最も受け入れられ,検査オーダーが入る数も多かったです。時間的,財務的観点からも一番効率が良く,勤務環境に埋め込みやすい介入法であることがわかりました。

麻原 ②が最も効果を上げたのは,人対人でのコミュニケーションという部分が大きかったのかもしれません。

石田 そうですね。その場で質問ができて返事もすぐに返ってくることで安心感を持てたとの患者さんからのフィードバックが多数ありました。

井出 費用対効果を検証したというのは,管理者や病院経営層に訴えかけるには重要な視点だと感じます。

石田 ええ。研究では3つの介入法全てについて,かかわる医療者の賃金,所用時間,スクリーニングの同意数といった数字を計算して,コスト/リターン比を算出しました。加えて,予防的効果で圧縮できる医療コストも算出しています。

麻原 石田さんの論文はBMJ Open Quality誌に掲載されていますね3)。日本ではインプリメンテーション・リサーチ(実装研究)が雑誌でアクセプトされることが難しい状況ですから,研究発表環境の整備が待たれます。

麻原 制度的な課題もあり,日本の臨床では看護師の独立性を示すことがまだまだ難しい側面があります。米国では状況が異なるのでしょうか。

石田 薬剤の処方,検査オーダー,専門医への紹介等,NPが独立して行えることがたくさんあります。ただ一口にNPと言ってもそれぞれの専門分野があって,ライセンスごとにできる行為の範囲が定まっています。また,州によってもNPにできることが異なります。その違いは固定的ではなく,職能団体の働き掛けによって刻々と変動します。

麻原 具体的にはどのような動きがありましたか。

石田 例えば私の働くイリノイ州では,NPは医師の指示下で働かなければならないという制限のあるライセンスでした。しかし,看護師団体の働き掛けにより,2019年以降,4000時間以上医師の指示下で働き250時間分の継続教育を受けたNPは独立して働くライセンスを取得できるようになりました。NPとして独立して開業することも可能です。このmovementは継続的なものなので,今後数年のうちにもさまざまな変化があるでしょう。

麻原 うらやましい限りです。日本にも力のある看護師はたくさんいるけれど,制度面の課題で力を発揮し切れないのはもったいないと感じています。

 米国ではNPの役割が徐々に医師に近づいているように思われます。NPの特徴はどこにありますか。

石田 ベースにある考え方の違いが大きいのではないでしょうか。NPはあくまでも看護師なので,看護理論に基づいて処方を含む治療方針を組み立てていきます。医師はまず疾患から入って徐々に患者さんの全体を診ていくけれど,NPはまず患者さんその人を1人の人間として大きくとらえて,そこから視野を絞って疾患を診ていく,という違いがあるように思います。もちろんガイドラインにのっとった標準治療に変わりはありませんが,そこにたどり着くまでのアプローチが異なるのです。

麻原 看護師だからこそできるアプローチがあるわけですね。

石田 ええ。NPと医師,両者の診療を経験した上で,どちらを好むかは患者さんによるようです。話を丁寧に聞いてくれた,家族のことまで考えて診察をしてくれたといった理由で患者さんが私の診療を希望してくれることもあり,そうした体験は励みになります。

麻原 DNP課程での学びが臨床に生きている点があれば教えてください。

石田 地域コミュニティでの医療提供をスムースに行うことに,DNP課程で身に付けたスキルが役立っています。米国では同じ市の中でも地域によって人々の経済状況,健康状態,教育程度も違えば,彼らを取り巻く環境も大きく異なります。そのため目の前の患者さんに適した接し方,治療方法の提案を組み立てるには,的確なコミュニティアセスメントの下,利用可能なリソースを見つけ,適したステークホルダーにコンタクトを取る必要があるのです。毎日のようにDNP学位の重要性を感じています。

佐藤 リーダーシップや組織分析を徹底的に学べたことは,現在の仕事に生きていますね。CNSの大きな仕事の1つは組織における看護の質改善ですから,組織の構成員が何を考えているのか,改善の方策には何があるのか,どの方策であれば人が付いてきてくれるのかを見極めて,気持ち良く仕事をしてもらえるようリーダーシップを発揮するわけです。そうした仕事にDNP課程での学びがダイレクトに役立っています。

井出 佐藤さんの言うリーダーシップに関しては,自分なりの理解で行っていたところに理論的裏付けが加わったことで,より意識的に実践できるようになったと私も感じています。また,実装研究の方法,ストラテジーの立て方を学んだため,新たなプロジェクトを立ち上げ軌道に乗せる力が身に付きました。実際に,所属施設で身体拘束を行わないプロジェクトを成功裏に進めることができ,DNP課程で学んだ手応えを感じます。

麻原 実装研究の手法をDNP課程でしっかりと学べば,その後臨床で直面した課題に応じてプロジェクトを実現できるようになりますね。新たなエビデンスを作るのではなく,エビデンスを臨床に実装し,使用する。それは実践家だからこそできる営みであり,拡大・促進されることで医療全体への大きな貢献につながると考えます。

麻原 最後に,DNP課程への進学を考えている看護師へのメッセージをお願いします。

石田 DNP学位を持つ看護師は,研究者とは違って疑問ではなく目の前にある臨床上の問題から出発し研究を行います。既存の研究結果を吟味して臨床に応用するわけなので,研究と臨床の橋渡しを担っていると言ってもいいでしょう。研究結果は臨床で使ってこそ意味のあるものになります。私はそこに魅力を感じていますし,その面白さを知ってもらいたいです。

佐藤 正しいエビデンスに基づいてマニュアルを作成したにもかかわらず,スタッフたちが利用してくれないのです,といった相談をCNSから受けることがよくあります。DNP課程では,エビデンスを正しく活用する方法だけでなく,現場で受け入れられる方法,チームでの仕事をスムースに進めていくスキルを体得できます。悩みを抱えるCNSにお勧めしたいです。

井出 実践家であるCNSが患者さん,ご家族に良い看護を提供するスキル,そして臨床現場を良い方向に変えていく術を身に着けられる場がDNP課程です。臨床が好きでたまらない人たちの期待に応えるものがDNP課程にはあります。一緒に現場で実践の質を改善していきましょう。

麻原 お三方の体験に基づいたお話で,DNP課程の魅力が1人でも多くの実践看護師に伝われば幸いです。本日はありがとうございました。

(了)

 米国の高度実践看護師(Advanced Practice Registered Nurse:APRN)には,NP(Nurse Practitioner),専門看護師(CNS),麻酔看護師(CRNA),助産師(CNM)の4つの専門職が含まれ,いずれも修士課程で学位と共に資格を取得する。米国看護大学協会(AACN)は2004年,APRN教育を修士課程から博士課程に移行させることを提唱した。修士号を持つAPRNが担う業務の質や責任に鑑みると,他職種では博士号を持つ人材が同レベルの業務を担うケースが多いことが理由として挙げられる。APRN養成のための博士課程として新設されたDNPは,臨床で活用できる研究知識を備えた上記4つの専門職を養成すると考えればよい。学士号所持者は3年,修士号所持者は1~2年で修了するカリキュラムが基本となる。米国における2021年のDNP課程卒業生は4775人で,2016年の2233人から倍増した1)

 こうして,看護の博士号にはPh.D.とDNPの2種類が存在することとなった。前者は研究を通して新しい知識を生み出すことに焦点を当てた研究博士号であり,後者は既存のエビデンスをもとに現行のシステムや環境を改善すること,既存のエビデンスを実践で検証することに焦点を当てた実践博士号である。

 日本のDNPは修士課程を修了し看護実践経験のある者,ないしはCNS資格を有する者を前提としている。その点で米国のDNPとは異なる。また,学位を取得しても,米国のDNPのように薬剤の処方や検査オーダー等を独立して行えるわけではない。


1)NONPF. A Snapshot:DNP NP Progress. A Degree of Difference. 2022.
2)厚労省.新人看護職員研修ガイドライン改訂版.2014.
3)BMJ Open Qual. 2019[PMID:31321316]

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聖路加国際大学大学院看護学研究科 研究科長/教授

1981年聖路加看護大卒。95年長野県看護大助教授,2002年信州大医学部保健学科教授,04年聖路加看護大教授等を経て,20年より現職。DNP養成コースでは新設時より院生指導にかかわる。専門は公衆衛生看護学。

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米ラッシュ大学看護学部地域・システム看護学/精神看護学科 助教授

2018年米イリノイ大シカゴ校にてDNPを取得(Family Nurse Practitioner)。VNA Health Care(プライマリ・ケアクリニック),MD at Home(訪問診療)などを経て,22年より現職。

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昭和大学病院総合周産期母子医療センター新生児部門 係長

2000年昭和大病院に入職,NICUに配属。同院小児医療センターなどを経て,16年より現職。20年聖路加国際大DNPコース修了。小児看護専門看護師。

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東京ひかりナースステーションクオリティマネジメント部 部長

2003年から訪問看護師として勤務。16年聖路加国際大大学院看護学研究科助教を経て,19年より現職。20年聖路加国際大DNPコース修了。在宅看護専門看護師。

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