医学界新聞

寄稿 佐々木博之

2022.11.21 週刊医学界新聞(通常号):第3494号より

 私が所属する研究グループは,以前,認知症と見分けにくい高齢の発達障害患者を見いだし,症例報告を行いました1)。この症例では,認知症を疑われ当院認知症専門外来を受診した60歳前後の方が,詳細な検査や検証の結果,認知症ではなく加齢により顕在化したADHDと診断されました。患者に対してADHDの薬物療法を行ったところ,物忘れや不注意の症状が改善し,復職を果たしています。発達障害と認知症では,治療薬や予後が大きく異なるため,両者の鑑別は意義深いと考えられています。この知見を踏まえて今回,認知症と見分けにくい高齢者の発達障害がどの程度存在するかを明らかにする目的で研究を行いました。本稿では研究の概要を紹介します。

 研究を着想したきっかけは,2013年に出会った60代半ばの患者です。介護ヘルパーをしていたその方は,利用者の薬を取り違える,仕事の約束を忘れる,備品を紛失するなど,仕事での不手際が増え,仕事の継続が難しくなっていました。年齢や経過から考えれば認知症の発症の典型的なパターンですが,すでに認知症専門外来を受診し「認知症は否定的」と診断されており,さらにうつ病専門外来や総合病院の内科などでも「異常なし」とされていました。そこでよくよくお話を伺ってみると,支障の多くは注意障害に起因していることがわかり,「この方はADHDなのでは」と考えるに至りました。当時精神科医3年目であった私だけでは本来たどり着けなかった考えですが,それぞれの専門の先生方に認知症やうつ病などの可能性を除外していただいた後だったために診断を下せたのです(いわゆる,「後医は名医」)。実際にADHDとして治療したところ,支障は目立たなくなり,結果仕事を継続できるようになりました。この経験から認知症のように見えるADHDの存在を考えるようになったのです。

 そこで,2015年に熊本大学病院の神経精神科に戻ったのを契機に,認知症専門外来を受診した全患者のカルテを検証し,前述のようなADHDの患者が紛れていないかを調べることにしました。

 2年間かけて研究参加の同意をいただいた446例を検証していくと,頭部MRIで異常がなく,認知機能検査も正常域でありながら注意障害が目立って生活に支障を来している症例が9例見つかりました。その患者を直接診察し,さらに,家族や関係者とも面接して情報を収集した結果,9例中7例(全体の1.6%)がADHDの確定診断に至り,そのうち5例が内服治療を希望,3例に冒頭の症例のように明らかな効果を認めました2)

◆初老期や老年期に症状が顕在化するADHD

 今回の研究より,ADHDを認知症に誤認する一因は,初老期や老年期に症状が顕在化するADHDの一群(今回の研究ではlate-manifestation of ADHDと呼称)が存在するためだと考えました。また,若年性アルツハイマー病型認知症(EOAD)を疑われた症例の16%がADHDであったことから,認知症の中でもlate-manifestation of ADHDと診断されやすい病型があるのではないかと考えています。「物忘れ」と一言で言ってもEOADでは記憶そのものが欠落する一方,ADHDでは注意障害に由来して起こります。一見鑑別は容易と思われますが,EOADも進行するまでは記憶の欠落が目立たないことが多いため,進行する前のEOADとADHDが紛らわしいのです。EOADの場合,進行を遅らせるために早期から内服治療を開始しますので,その時点でADHDを除外しておく意義は大きく,またADHDに対して認知症治療薬を開始してしまう事態も避けたいところです。アミロイドPETや髄液中タウ蛋白測定は両者を鋭敏に鑑別できますが,費用・侵襲性などの面からいずれも容易にできる検査ではない点が難点です。今回の研究でも前述の物忘れの種類に加え,発症前の特性の有無など,いくつか鑑別点を抽出しましたが,症例が少ないこともあり,あくまでも参考程度です。両者の効率的な鑑別方法を見出せるかどうかが今後の課題の1つと考えています。


1)BMC Psychiatry. 2020[PMID:33228586]
2)BMC Psychiatry. 2022[PMID:35610630]

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熊本大学病院神経精神科 特任助教

熊本大医学部を卒業し初期研修の後,熊本医療センター,熊本県立こころの医療センター,東京都立小児総合医療センターにて勤務。その後,現在の熊本大病院神経精神科の特任助教と発達障がい医療センターを兼任。

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