• HOME
  • 書籍
  • 大人の発達障害を診るということ


大人の発達障害を診るということ
診断や対応に迷う症例から考える

もっと見る

近年精神科領域で関心の高い「大人の発達障害」について、症例を通じて発達障害的な特徴を見出すポイントや具体的な支援・サポートの在り方について考察するもの。実際の診療場面を流れに沿って紹介し、どのようなやりとりで発達障害を疑ったのか、そのときに何を考え、具体的にどのような指導をし、その結果どんな効果や変化があったのかを紹介する。
編集 青木 省三 / 村上 伸治
発行 2015年06月判型:A5頁:304
ISBN 978-4-260-02201-9
定価 3,300円 (本体3,000円+税)

お近くの取り扱い書店を探す

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。

  • 序文
  • 目次
  • 書評

開く



 成人の精神科臨床において,発達という視点を加えて診ていると,精神症状の背景に,その人らしい発達の特性が見えてくるようになる.それは診察室の中での言葉や振る舞いに表れてくることもあるし,診察室の外での,ある時,ある人に,ある場面に表れてくることもある.さらにその人の生活やこれまでの生活史を聞いていると,発達の特性が生活や生活史に影響を与えているのが見えてくる.そして,これまでと異なったその人の理解や,異なった治療や支援が開けてくることがある.
 本書は,成人の発達障害を正確に診断するためのものではない.もちろん,何もかも発達障害と診ていこうというものでもない.成人の発達障害を診断するという意味ではなく,その人らしい発達の特性を見い出そうという提案である.それは,児童期の発達障害の視点をそのまま成人に適応しようとするというものでもない.発達障害は今や児童精神医学だけのものではなく,児童を診ない一般臨床をする精神科医にとっても必須なものとなっている.特に,児童期に顕在する問題や特徴を呈さず,成人期になってからさまざまな精神症状の形で顕在化してくる群は,発達障害の中ではその程度の薄い,軽症群や境界群(定型発達と発達障害の境界群)である.そして,この軽症群・境界群の理解と治療や支援が求められているのが現状である.実際,軽症群・境界群が,典型的な発達障害と比べて,生きづらさの程度が軽いかというと必ずしもそうではない.それだけでなく,時には,生きづらさが,青年期・成人期以降に強まる人もいる.
 社会の中で生きる人の数という意味では,発達障害は少数派であり,定型発達が多数をしめる社会の中では,さまざまな生きづらさや困難を抱えやすい.だがそれは,発達障害が定型発達と比べて劣っているという意味ではない.発達障害を定型発達とは異なった考え方や価値観をもった文化とは捉えているが,優劣の問題ではなく,対等なものであるという考えから出発している.自分とは異なった考え方や価値観を理解し,その文化に敬意を払いながら,治療や支援を考えるという姿勢が重要になると思う.
 筆者らは,成人期の発達障害の理解が,診断においても治療や支援においても,成人期精神科臨床を大きく変えると考えている.広く発達という視点をもつことが成人の精神科臨床を豊かにする.本書は川崎医科大学精神科で臨床を学び実践したものたちで記した.それぞれの現在の職場は,大学病院,精神科病院,精神科クリニックと幅広く,症例も多岐多彩だが,基本的な視点,治療姿勢を共有している.症例の奥に流れる治療観を感じていただければ幸甚である.本書が,成人の精神科臨床に携わる専門家の人たちに少しでも示唆を与えるものになることを,心より願ってやまない.
 本書の装丁は,私の部屋の窓から見える風景をデザイナーの糟谷一穂さんにデザインしていただいた.秋の里山の樹の色や形は1本1本違っていて美しく,森や山は全体として素晴らしい紅葉となる.同様に,1人1人は異なった良さと欠点をもつ魅力的な存在であり,私たちの社会も全体として素晴らしいものとなる可能性を秘めている.本書を通して,さまざまな発達特性をもつ人の魅力が,私たちの社会の中で輝きを発してほしいという願いが伝わればと思う.
 なお,症例については,元となる症例があるものが多いが,匿名性に配慮していくつかの症例を組み合わせたり,本質を損なわないようにしつつも大幅に改変したりしている.そういう意味で架空の症例でもある.

 2015年5月
 青木 省三

開く

第1章 大人の発達障害の診断と支援
 1 はじめに-発達障害を取り巻く状況の変化
 2 広義の適応障害
 3 診断について
    1)発達障害診断のジレンマ
    2)あなたは本当に健常者?
    3)障害の有無の境目
    4)発達障害診断の難しさ
    5)灰色診断
    6)発達障害は生活障害
    7)心理検査の用い方
    8)発達障害を疑う徴候
    9)統合失調症との鑑別
    10)診断という全か無の思考
    11)灰色診断の利点
    12)診断の実際
    13)灰色事例の多様性
    14)発達障害への拒否感が強い場合
    15)白黒診断 vs 灰色診断
 4 支援について
    1)診断から支援へ
    2)解説者
    3)解説者と指導者
    4)相談できる人になってもらう
    5)助けてもらう人生 vs 戦う人生
    6)助け合う
    7)助け合えば薄まる
 5 凸凹と現代社会
 6 おわりに-発達障害の位置付け

第2章 症例集
 1 字義通りの行動で警察に通報された50代男性
   名前を言うと逮捕されてしまう?
 2 身体のあちこちの不調を訴え続けた60代男性
   こだわりエネルギー
 3 統合失調症と診断されてきた30代女性
   本人と両親のコミュニケーションの通訳
 4 長期にわたり引きこもりを続けた30代男性
   その無表情は何を物語るか
 5 自殺企図を生じた『産後うつ』の20代女性
   心配の暴走状態
 6 「自分はアスペルガーでしょうか?」と受診した20代女性
   彼と助け合う
 7 結婚後に抑うつ状態となった30代男性
   ○○君染め
 8 突然自宅2階から飛び降りた20代男性
   入店拒否とひねくれた応援
 9 診察室で大声かつ早口で話し,感情易変性も示した60代女性
   タイムアウト
 10 自閉症スペクトラムの診断で紹介されてきた20代男性
   本土では「障害者」,島では「人気者」?
 11 無口で休みがちな学生生活を送ってきた20代男性
   相談事はスマートフォンで
 12 職場と家庭の悩みについてアドバイスを求めてきた40代男性
   誰も自分のつらさをわかってくれない
 13 不眠に悩んで受診した30代女性
   『こだわりエネルギー』が人を破壊する
 14 統合失調症と診断され入院治療をしていた30代女性
   急性期なのに笑顔で穏やか?
 15 両親と上司に広汎性発達障害と“診断”されていた30代男性
   首の傾きを直せば発達障害じゃなくなる?
 16 通院はしていたが服薬はしていなかった30代男性
   幻聴か,それともフラッシュバックか
 17 妄想型統合失調症と診断され隔離処遇となった20代女性
   保護室から出るにはどうすればよいか
 18 被害的で転院を繰り返していた20代女性
   あなたは私がここで診ようと思う
 19 家族との喧嘩などで入退院を繰り返していた70代女性
   「有効期限」「社会常識」というキーワード
 20 父親に連れられて受診した20代男性
   駐車場が満車でどうしたらよいかわからない
 21 突然「僕は変わっていますか!?」と怒り出した10代男性
   つながりたいのにつながれない
 22 自殺企図を繰り返して入院となった60代女性
   活動的で世話好きな女性の破綻
 23 母親の入院の付き添いから幻覚妄想をきたした40代女性
   ネットに自分の情報が出ている
 24 アルコール依存症の40代男性
   断酒を熱く語る男
 25 遠方での生活中に統合失調症と診断された20代女性
   服薬していないのに幻覚妄想が改善した?
 26 両親との同居中に感覚過敏を訴え始めた60代女性
   においも空気もダメ
 27 難治性うつ病とされていた10代女性
   お節介はマジで迷惑!
 28 母親に連れられて受診した30代男性
   息子の亜昏迷と母親のうつ病の関係
 29 境界性パーソナリティ障害と診断された20代女性
   認知症の人とは付き合いやすい
 30 抑うつ状態で精神科病院に入院した30代男性
   病棟スタッフも困惑する行動
 31 就職活動を通じて“天職”を見つけた2人の20代男性
   「苦手を克服する」から「得意を活かす」へ
 32 抑うつや自殺念慮,過呼吸発作などを呈した20代女性
   心理検査は必要か?
 33 自閉症スペクトラムとともに多動と衝動性も併存した20代男性
   回転寿司職人
 34 就職後に抑うつ状態を呈した10代男性
   文字に起こさないと理解できない
 35 突然自殺企図を起こした2人の男性(40代,20代)
   「死ね!」と言われたので…
 36 コミュニケーションに難のあった30代女性
   パソコンの威力
 37 物忘れから意欲低下を示し始めた60代男性
   うつ病? それとも認知症?
 38 ダイエットに没頭するようになった20代女性
   体重が増えたら何の価値もない
 39 「発達障害ではないか」と妻に連れられ受診した30代男性
   職場は私のような人でいっぱい
 40 5年間うつ病がよくならない20代女性
   調子はいつも70%
 41 統合失調症と診断されていた30代女性
   転職したら幻覚妄想が消えた!?
 42 診察のたびにトラブル話を披露する50代男性
   クレーマー=貴重なお客様?
 43 夫婦間でのコミュニケーションに悩む40代夫婦
   内弁慶
 コラム:西丸四方の症例による考察
   サヴァン症候群?
 44 退院前に混乱し始めた悪性腫瘍の30代男性
   笑顔でひと言「体がだるくてしんどいです」
 45 外来と入院で症状が大きく異なった20代女性
   几帳面な日記と美しい絵
 46 コミュニケーションの困難さにより問題行動を生じた10代女性
   言葉に代わる表現の方法
 47 交通事故をきっかけに不安・焦燥が表れた40代女性
   ひっつきエネルギーの向き先
 48 生活全般への不安が強かった40代女性
   薬は嫌だけどサプリにはこだわりたい
 49 大学で引きこもりとなってしまった20代男性
   障害者なんて嫌です!
 50 強迫症状で身動きが取れなくなった20代女性
   アルバイトなんて目からウロコです
 51 引きこもりから徐々に社会復帰した20代男性
   自転車を介した人とのつながり

第3章 発達障害をもつ成人に対する診察と診断,そして治療と支援
 1 はじめに-客観的な特徴と主観的な体験
 2 診察において留意したいこと
 3 生活史を読む
    1)人生の出来事や生活環境が与える影響
    2)社会や仕事の変容の中で追い詰められる
    3)生活史の軌跡
 4 診断において留意すること
    1)症状や状態は,「反応性のものではないか」と考えてみる
    2)反応性を疑うポイント
    3)従来の精神障害と発達的な要因が混じる
    4)複数の人と場の情報を総合して考える
    5)生活と生活史を聞いていると,発達特性が見えてくる
    6)「瞬間最大風速」で診断しない
 5 治療や支援において留意する
    1)正確なコミュニケーションを心がけるのが基本である
    2)発達障害の人は,人を求めている
    3)「…だけども,…でもある」とつないでみる
    4)「ところで,…」と視点を変える
    5)薬物療法を考える
    6)医療につなげることが適切か
    7)先達(日本の精神病理学)から学ぶもの
    8)得意を活かすピンポイント
 6 おわりに

索引

開く

大人の発達障害を見事に整理し,指針を示した一冊
書評者: 本田 秀夫 (信州大附属病院子どものこころ診療部部長)
 大人の発達障害は,今や精神科臨床の対象として大きな割合を占めている。一方で,発達障害に対して違和感を抱く精神科医は多い。特に,オーソドックスな精神病理学や精神療法を歴史も踏まえてきちんと学んできた人たちほど,その傾向が強いように思う。そのような医師たちからよく聞くのが,「発達障害は病気と思えない」という感覚と「発達障害の人たちの考えていることはわかりにくく,修正しようがない」という感想である。一見矛盾するこの2つの違和感にこそ,発達障害の登場が精神医学に及ぼしたインパクトの強さがうかがえる。「病気と思えない」という感覚の背景には,精神病理学が対象としてきた多くの精神疾患概念と異なることへの警戒感があるし,「修正しようがない」という感想の裏には,従来の精神療法の範囲を超越していることへの畏れがある。

 「病気と思えない」というのは,「発達障害は誰にでもある特性の延長に過ぎない」という感覚でもある。一方,自分たちとそんなに違わないと思えるまさにその人たちが,なぜか話が通じにくく,何を考えているのかわからない。発達障害をディメンジョナルに捉える考え方やスペクトラム概念が導入されたのは,まさにこの難しさを取り扱う試みの一環である。誰にでもある特性なのに異質である人たちを診る。それが,大人の発達障害の診療なのである。

 そのような難しさを見事に整理し,戸惑いを覚える多くの精神科医たちに指針を示したのが,本書である。

 主な対象は,「発達障害的なところがあるが,診断してよいかどうか迷うようなグレーゾーン」である。3部構成だが,圧倒的に大部分を占めるのは,51例の症例提示から成る第2章である。それを挟む形で,第1章では「誰にでも多少は見られる発達特性」の視点から発達障害の理解を試み,第3章では「従来の精神疾患概念や定型発達と似て非なる部分」の視点から診療のポイントについて解説を加えている。この構成が,実にわかりやすい。

 本書で印象深いのは,「灰色診断」という視点と「発達障害は生活障害」という視点を提示していることである。灰色は,背景が白であれば黒っぽく,背景が黒であれば白っぽく見える。発達障害の人たちは,生活環境との関係で特性が黒に見えたり白に見えたりする。したがって,発達障害の診療においては,「灰色診断」であることをポジティブに捉え,症例とその背景にある生活との関係に常に着目しておくことが重要であることを,本書では強調している。そして,生活の中で発達障害の特性が浮上したり背景に隠れたりする様子を,生き生きとした症例を通じて描き出し,さらに精神科医の対峙の仕方について示している。同じ発達障害の範疇ながら実に個性的な51例の症例,そして51通りの対処を一気に読むことで,大人の発達障害の診療に対する視界が開けてくる。

 大人の発達障害を診る臨床家にとって必読の書である。
日々の診療に役立つだけではない,大胆な問題提起の書
書評者: 福田 正人 (群馬大大学院教授・神経精神医学)
 「200ページ以上の症例集部分は退屈するのでは」,そうした予想はすぐに裏切られた。「あぁ,やはりこう考えていいんだ」,読みながら繰り返しそう思い,「どのくらいの精神科医が同じように考えるだろうか」,読み終えた今,そう考えている。学会でたまたまお目にかかった編者の青木先生は,「まだ証拠もない仮説の段階ですから」と謙遜しておられたが,臨床実感に根ざした確かな見方である。

 「発達障害ではないと思っていた自分の患者の数%が,いや数十%が実は発達障害特性を持っている」と考えるようになった編者は,「発達障害徴候がそこそこあるが,発達障害と診断してよいのかどうか迷う『白でも黒でもない灰色』に位置する人たち」を主な対象とした適切な書籍がないことに気付く。そこで,川崎医大精神科の仲間と自らの経験に基づく症例集を編むことになった。

 中心は,51症例からなる第2章である。統合失調症,アルコール依存症,難治性うつ病,境界性パーソナリティ障害と一応の診断名が付いている場合もあるが,「こだわりエネルギー」「心配の暴走状態」「急性期なのに笑顔で穏やか?」というタイトルから,臨床で出会うさまざまな症例が取り上げられていることがわかる。診療の経過に添えて,「どう考えたか」という臨場コメントがあり,「考察」で一般化される。

 豊富な症例についての経験のまとめが,編者による第1章と第3章である。そこには,大人の発達障害の診察と支援について,臨床家に役立つ知恵が印象的なキーフレーズとして散りばめられている。例えば,「発達障害は生活障害である」「発達障害的な特徴がいくらかあるために,適応障害になってしまったのだと理解できる事例が非常に多い」「発達障害特性は,その人にかかるストレスによって,強く現れたり逆に見えにくくなったりする」「精神症状が急速に表れ消退する,人や場面によって異なって表れてくる」「『積み上げ』が起きにくい」「『リセット』がある」

 支援についての心がけは,「正確なコミュニケーションを心がけるのが基本」という指摘から始まり,「発達障害の人は,人を求めている」「すべての灰色事例の人が必要としているのは『人生の解説者』『人生のガイド役』,指導者よりも解説者」「『困ったら相談する人』『困らなくても何かと相談する人』になってもらう」「周囲の人と『助け合う人生』,助け合えば薄まる」と続く。

 こうした発達障害についての広い捉え方が導くのは,「発達障害の傾向をもつ人の診療は,これまでの診療と基本的に変わらない」「『本人の特性に合った対応』は精神科臨床の全ての基本である,発達障害臨床こそが精神科臨床の基本である」ことへの気付きであり,「発達障害臨床の最終目標は,その人の個性や持ち味が認められ,凸凹が許容される生きやすい社会の実現である」という信念である。

 日々の発達障害の診療に役立つだけでなく,「人を見る際の視野を,定型発達から発達障害へ広げ」ることで,「これまでの成人精神医学に大幅な変更を求める」大胆な問題提起の書でもある。人の心について,心と言葉の関係について,そして発達障害とはどういうことなのかについて,考えを新たにし議論を深めるために多くの精神科医に手に取って頂きたい。「ウラがなくオモテだけで生きている人がもつ透明感」を「純度の高い人として尊敬」する,それが編者お二方の姿勢である。

タグキーワード

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。