医学界新聞

寄稿 山本浩平

2022.11.14 週刊医学界新聞(レジデント号):第3493号より

 2022年度より,東京医科歯科大学の全ての学部学科・専攻の学生が,ベンチャー・スタートアップで単位取得型のインターンシップに応募できることとなった。この取り組みのきっかけは,私が2019~21年の間,病理医・大学教員・研究者の立場でありながら,経済産業省ヘルスケア産業課へ部分出向し,主にイノベーション創出政策の一環として,ヘルスケア系ベンチャー・スタートアップのさまざまなサポートに取り組んできたことにある。

◆畑違いの分野に飛び込む意義

 出向当時は,政策もビジネスも何も知らない状態で,己の存在意義を見いだせずもがき苦しむ日々を送っていた。しかしながら,霞が関の官僚の方々に必死に喰らいついていくことにより,少しずつ世の中の見え方が出向前と変わっていく自分に気がついた。「この世の中には数知れずの課題が存在し,その解決のためのビジネス・政策など多くの手段が溢れている」。これは,40歳代の私の身に起きた,ちょっとした“自己変革”であった。

 私は経済産業省で得られた知識・経験を本学の教育に生かせるのではと考えた。そこで,卒業研究や自由研究期間を使ってベンチャー・スタートアップでインターンを行いながら課題に関する解析も行い,単位を取得するというコンセプトを学内教育委員会へ提案した。説得材料としては,①ベンチャー・スタートアップは医学系研究と同様,圧倒的なスピード感でPDCAサイクルを回し最速のアウトプットをめざしていること,②40歳を過ぎた身であっても,学内とは全く違う環境に身を置くことで,ちょっとした“自己変革”が得られることを用いた。

 ①のポイントは,ベンチャー・スタートアップがめざす目的にある。彼らは,単に利益を上げることが目的ではなく,社会課題の解決を真の目的としている。この構図は,医学系研究においての目的が論文を書くことではなく,新たな医学的知見を見いだし多くのヒトを幸せにするという目的であることと共通している。したがって,研究期間に研究室で研究課題を見いだし実証することと,ベンチャー・スタートアップでのインターンを行いながら課題を見つけ,検証することは,本質的に似ており,いずれも価値の高いものであると言える。②に関しては,若く頭の柔らかい学生であれば,より大きな自己変革が得られ,ひいては本学学生の未来の多様性につながる,という主張だ。

◆記憶と心に残るカリキュラム作りを

 この取り組みの実現に向けた道のりは決して平坦なものではなかった。誰だってリスクは怖い。しかし,リスクを完全に除外することは不可能である。そのため,企業選定や企業と学生のマッチングのルール,学内指導教員の選定や企業側への学生教育に対するインセンティブの付与など,ありとあらゆる仕組みを構築することで,リスクを低減するよう働きかけた。

 結果,2年間で13社()と協力体制を築き,18人の学生を派遣してきた。この実績をもとに,本学特有の仕組みをさらに発展させていきたい。そして,もし本稿を読んで自分の大学でも同様の教育プログラムを本気で作りたいと思う方がいれば,ぜひご連絡いただきたい。経験を生かし,日本の医療系学生の未来のため,最大限サポートすることをお約束する。

 最後に,学生時代の私は部活動ばかりに熱心な不真面目学生で,カリキュラム内での思い出などほとんどない。そんな一卒業生が,仕事の空き時間などを使ってこのような取り組みを行っている。「なぜ一人でこんな大変なことを続けているのか?」「この原動力は一体何なのか?」とよく聞かれるが,その答えは単純である。“医科歯科大が好きだから”だ。昔に比べて忙しい教育カリキュラムを一生懸命こなしている現在の学生には,1つでも“記憶と心に残るカリキュラム”を提供できればと思っている。それが,未来の“医科歯科大好き人間”を一人でも多く作り出すことにつながり,ひいては大学にも社会にも良い影響をもたらす人材の育成につながると信じている。


:本プログラムに協力する企業は以下のとおり(順不同)。株式会社iMed Technologies,株式会社T-ICU,株式会社Medii,アイリス株式会社,アンター株式会社,サスメド株式会社,AMI株式会社,Holoeyes株式会社,WHITE CROSS株式会社,TXP-Medical株式会社,株式会社エム,株式会社ヘッジホッグ・メドテック,株式会社SABU。

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東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科人体病理学分野 講師

2003年東京医歯大卒。07年同大包括病理学分野助教。10年に渡米し,メモリアルスローンケタリングがんセンター博士研究員,シダーズサイナイ医療センター客員研究員を経て13年に帰国する。22年より現職。19年11月~21年7月まで経産省ヘルスケア産業課部分出向。21年8月より,経産省が主催・運営する,医療・ヘルスケア系ベンチャー,企業新規部門,大学研究室などに対するビジネスワンストップ相談窓口であるHealthcare Innovation Hubのアドバイザーを務める。

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