医学界新聞

書評

2022.10.31 週刊医学界新聞(看護号):第3491号より

《評者》 北海道医療大名誉教授

 1986年4月,医療現場と哲学・倫理学者(ことばの専門家)とのコラボレーションの扉が開かれた。当時私が看護部長を務めていた東札幌病院で開催されていた「倫理セミナー」に,清水哲郎先生に講師として参画いたたいだことがそのきっかけとなった。実は先生は患者の家族として病院を訪れていたのだが,ほどなく哲学の専門家として医療現場の扉をノックしてくださったのだ。

 それから30数年,哲学者は医療の現場に深くかかわり,そこで繰り広げられる一つひとつの事象に対して,医療・ケアスタッフに誠実に付き合い,臨床に携わる者のことばのあいまいさにも根気よく寄り添い,共に歩みながら新しい臨床の倫理を築き上げてきた。

 人と人とのかかわりの中で成り立つ臨床は,ことばのやりとりで進められる。時には同じことばを使っても異なる方向になってしまうもどかしさに悩むこともしばしばあった。そんなとき,ことばの専門家は,「“あなたたちがしようとしていることはこういうことですね”,“あなたたちが問題としていることを分析し,整理するとこういうことになりますが,これでいいですか”」1)と対話を繰り返しながら実現したい姿を映し出してくれる。

 本書では,このような臨床でのやり取りを続けながら,日本各地の医療・ケアスタッフが取り組んできた臨床倫理セミナーで積み重ねてきた成果が丁寧に解きほぐされている。

 本書は4部16章から成っており,著者が「はしがき」で「臨床における『どうするか』の判断に注目し,その構造を理解し,自らのケアに向かう姿勢について省み,また,判断において使っている専門的知識,個別状況の把握を省みて,そうした知の実質を過不足なく評価できるようになることを目指しています」と述べているが,これは著者の一貫した姿勢であり,最初から変わることはなかった。

 「はしがき」は続けて,本書の内容を最初から順に概説しているが,それは読者を哲学と倫理の旅に誘ってくれる。医療・ケアに携わる者が,意識せずに行っている日常の医療・ケア実践について,立ち止まり,その意味を振り返り,省みることによって,さらなる知を得ることができることを示唆している。

 著者はかつて,「医療者が患者に向かう際の視点に立って現場を把握し,“医療とは何か”,“医療の専門家は患者にどのように向かうべきか”といったことを根本的に考えることは,医療実践の専門家にとっては当然のことながら,医療について考えようとする者すべてにとっても少なくとも一旦はすべきことであろう」2)と,医療現場における考えること(哲学)の重要性を述べている。本書は臨床に携わる全ての者にとって,それぞれの日常をあらためて俯瞰し,省みながらも,そこに新たな光を見いだしていく道筋を示してくれるはずだ。

 この30数年間,著者は常に医療者と医療現場に敬意を払いつつ,患者・家族の最善をめざして医療チームの「どうするか」について建設的な話し合いができるようにさまざまな形で具体的な支援を続けてきた。

 著者がこれまでに成してきた数々の取り組みの価値はことばに代えがたいものがある。心からの感謝と敬意を表すとともに,医療・ケアに携わる全ての人に一読を薦めたい。

1)清水哲郎.医療現場に臨む哲学.勁草書房;1997.p4.
2)清水哲郎.医療現場に臨む哲学.勁草書房;1997.pⅲ(はしがき).


《評者》 常磐大教授・看護学
元・茨城県立中央病院看護局長

 入退院支援加算は,2022年度の診療報酬改定でも見直しがあった。この何年か,診療報酬改定のたびに入退院に関連する診療報酬が変更・新設され,まさに病院と地域との連携へのニーズの高まりと変化の速さを感じる。そもそも退院調整加算として始まった時から,入院~退院までのプロセスにおける看護が変わってきた。そして,今や退院だけでなく,入院前から看護師がかかわるようになり,外来,病棟,そして地域へケアをつなぐのが当然のこととなった。

 これらの診療報酬改定は,看護師のかかわり方のみならず,配属先や業務内容も大きく変えた。個別の患者の入退院支援にとどまらず,病院としての入退院に看護師がかかわるように変化し,看護師の役割発揮への期待が年々高まったと言える。実際,いくつもの病院で地域連携室や入院サポートセンターなどの名称による入退院支援を担う部署が立ち上げられ,そこに看護師長が配置されてきている。

 ところで,看護職は診療の補助(医療)と療養上の世話(生活)の双方を支える専門職である。そのため医療関係者とも介護関係者とも共通語を持ち,調整を図ることができる。しかしながら,入退院支援に関連する部署の看護師たちは専門性や役割を認められた一方で,医師との新たな関係に戸惑うようになった。それは,入退院支援に伴う連携先との調整や,そのための文書のやり取りに関して医師から疑問を投げ掛けられたり,意見が対立する場面に頻繁に遭遇したりするようになったからだ。

 本書は,そうした疑問や意見にモデルを示すものである。看護師は,実際には診療情報提供書や訪問看護指示書を書くことはない。それなのに,文書の書き方について医師から質問されるという話を,入退院支援担当看護師たちから評者はよく聞いている。「先生,例えば,この本に書いてあるように……」とか,「この本に同じような症例が……」などと伝えると,医師とのやり取りを進めやすくなるのではないだろうか。こうしたやり取りが円滑になり,医師も看護師もその必要性を学んでいけるのが本書の意義ではないかと考える。

 評者は以前,救急外来受診後に帰宅する患者に対する支援の必要性について調査を行ったことがある。同調査で得られたエッセンスが,本書の「救急外来から始まる効果的なケア移行」の項においても取り上げられており,その内容に大変共感した。本書に基づいた取り組みが広まることを切に願う次第である。入退院支援を担当する看護職,特に看護管理者は,いざとなったときにさっと医師に見せることができるよう,デスクの上の一番目立つところに置いておこうではないか。

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