医学界新聞

書評

2022.10.03 週刊医学界新聞(通常号):第3488号より

《評者》 福島県立医大・血液内科学

 著者の佐々木克典先生に教わっていた学生の頃,膝を叩きながら本書の初版を読んだ。解剖の質感が伝わる語り口に加えて,初版にも第2版にもその序文に,人体を深く理解するにはカギになる構造があり,それはちょうど幾何学の補助線を引くことで難しい問題がたちまち解決する感覚に似ている,と書いてある通りであったからだ。その考えを「第I章 頸部」から早速実感できる。特に筋・神経・血管と入り組んだ構造を鰓原性嚢腫という奇形を補助線として,鮮やかに解き明かされているところは必読である。

 「第II章 胸部」は本書で最もページ数を割いて,解剖の基本を丁寧に説明している。初めて先生の解剖学入門の講義を受けたことを思い出した。どの章も体表解剖から始まるが,この章の体表解剖は他の章より長く,しかしランドマークは胸骨だけで重要な脈管の走行と心臓の構造とを関連付けている。それはちょうど優れた臨床医が患者の些細な仕草を一見して病気を診断しているようで,熟知しているとはこのことを言うのだろう。心臓・肺の解剖は読むのに体力が要るが,どの節よりも多彩なFigureを見ながら一つひとつ理解して読み終われば,それらの構造を手に取るように理解できる。学問に王道はないのだと言われているようだが,その王道は決して無味乾燥な道ではなく,他の解剖学書にはないような視点からの景色が見えて面白い。

 「第III章 腹部」では,第II章の9節から続くように,主に横断解剖が行われている。各横断面でのランドマークから始まり,細部の構造まで一つひとつ発生学・生理学の知識も応用し体系的に積み重ねて,1つの横断面を完成させていく。その読後感は数学の証明を読んで最後に理解できたときの爽快感に似ているところがある。

 「第IV章 骨盤部」は常に膜層構造の解釈で進んでいく。この膜層構造からの理解というのは本書の一つの特徴であるが,この章ではそれが基調となって進んでいく。複雑な構造物が次々に姿を現し,まさに快刀乱麻を断つ勢いであろう。そういえば先生の講義はいつもリズムがよく,眠たくならなかった。「第V章 鼠径部,下肢」も同様に膜層構造で解き明かされている。

 私が最も好きなパートは,「タイムクリップ」という外科医列伝である。この列伝は有名な術式の背後にある,その術式を編み出した外科医の人間味あるドラマに満ちており,外科医だけでなく,多くの医師・研究者人生の補助線になるだろう。それが書けるのも,著者が教育者・指導者として長年,学生を思い,その成長を見守ってきたことに他ならないからだと思う。

 この書評を依頼されたとき,血液内科の私は大変恐縮した。しかし,最新の術式を熟知した外科医の同胞と私のような異分野の視点から,新たな補助線を見つけ,第3版を先生と改訂する夢がある。この書評がその始まりであると思い,先生の研究室に出入りしていた門下生として(といっても私は勉強する机とお菓子をいただいていただけであったが),僭越ながら書かせていただいた。


《評者》 和歌山医大教授・整形外科学

 いつの時代も,世の中を変えるのは若者である。

 運動器超音波を用いて新しい時代の幕を開こうとする若手医師たちの気概が,まさに衝撃波のように伝わってくるのが本書である。

 通読した古参の医師の中には,「これは下手をすると,自分は時代遅れになってしまうかもわからない」という得体の知れない恐怖心に駆られてしまう方が多くおられるかもしれない。なぜなら,これから彼らが世に広めようとする新しい運動器診療には,既存の治療体系には存在しない革新的な診断・評価・治療に関するさまざまな技法が,珠玉のごとくちりばめられているからである。

 ここでは,その一つであるハイドロリリースを紹介したい。この手法は,痛みの原因となっている筋膜や神経周囲の結合組織へ超音波ガイド下に薬液を注入し除痛を図るとともに,癒着を剝がし滑走を良くすることで可動域制限の改善効果も同時に期待するものである。実際に治療を受けた患者さんの中には,即時的に劇的な治療効果を示す例も少なくない。今までどこに行っても満足する治療を受けることができなかった患者さんたちが示す望外の喜びと,施術を行ってくれた医師に対する感謝の気持ちを体感できることは,まさに医師冥利に尽きると言っても過言ではないであろう。

 このような貴重な体験を共有し,医療維新となる運動器診療の変革を推し進めなければ患者さんたちにとって明るい未来は来ないと信じて,運動器超音波の普及・啓発活動の輪を中心となって広げてきたのが,SMAP(Sonography for MSK Activating Project)の若手医師たちである。本書には,彼らが日常診療で悩み,迷い,自問自答するとともに信頼する仲間たちと議論を重ねてきた内容が確かに詰まっている。ゆえに,これから運動器超音波を用いた最新医療という未知の世界に一歩踏み出そうとする全くの初心者にも,必ずや心強い味方となって道標の役割を果たしてくれるであろう。

 彼らが,序文で「本書は,運動器超音波のバイブルとなる」と自負しているが,その正当性を運動器診療の未来が必ずや証明することになるであろうことを私は確信している。

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