あなたも見逃している!? “隠れ貧血”
寄稿 岡田定
2022.10.03 週刊医学界新聞(通常号):第3488号より
突然ですが,クイズです。46歳女性が「いつも何となく体がだるい」,と訴え,人間ドックの検査結果を持参して受診しました1)。あなたはどう対応しますか。
WBC 6800/μL,Hb 13.9 g/dL,
MCV 82.7 fL,PLT 38.3万/μL,
フェリチン9.1 ng/mL(基準値4.0~64.2 ng/mL)
これは典型的な“隠れ貧血”です。放置してはいけません。本稿では,「隠れ貧血とは何か」「患者はどれほどいるのか」「鉄剤は有効なのか」「見逃されやすい3つの理由」についてお伝えいたします。
隠れ貧血とは何か
隠れ貧血とは潜在性鉄欠乏症,潜在性鉄欠乏性貧血,鉄欠乏性貧血予備軍などとも言われ,ヘモグロビン(Hb)値は正常であるものの,体内の貯蔵鉄の量を反映するフェリチン値が低下している状態を指します。私はこの状態を,「非貧血性低フェリチン血症」と造語で呼んでいます。
貧血は,一般的にHbが成人男性で13 g/dL以下,成人女性で12 g/dL以下の状態を指します。ですがHbが基準値内でも体内に貯蔵している鉄が減ると,鉄欠乏性貧血と同じような症状が出現するのです。そして鉄欠乏になると,「貯蔵鉄の減少(フェリチンの低下)→血清鉄の減少→貧血(Hbの低下)」の順に進行します。したがって,貧血と診断されなくてもフェリチンが低下していれば,適切な対処が必要です。
それでは,体内の貯蔵鉄が減少すると,Hbが正常範囲内であっても全身倦怠感や精神症状を生じるのはなぜでしょうか。それは,体内での鉄の役割が,赤血球の構成だけではないからです。鉄は筋肉に存在するミオグロビンの成分にもなり,鉄欠乏があると筋力低下や疲労感を生じます。またさまざまな酵素の活性化や酵素の構成,コラーゲン合成,エネルギー産生,神経伝達にもかかわり,セロトニンやドーパミンが生合成される際の補酵素としても働きます。
患者はどれほどいるのか
2009年度の厚生労働省の国民健康・栄養調査によると,フェリチンが15 ng/ mL未満の鉄欠乏性貧血と隠れ貧血を合わせると,その頻度は日本人女性の約23%(1400万人)にも上ると推定されます。20~40歳代女性では実に約48%が隠れ貧血です2)。日本は世界有数の鉄欠乏大国であり,諸外国と比較した調査によると,他の先進国での鉄欠乏の頻度は20%以下ですが,日本人女性はなんと49.9%となっています3)。
日本人女性に鉄欠乏が多い理由は,食生活以外にも国家的な対策不足が考えられます。欧米を中心とした50か国以上では,国民の鉄不足を国家的な問題と考え,小麦粉にあらかじめ鉄が添加されるなど鉄補給対策がなされています。一方,日本ではそのような取り組みは行われていません。
鉄剤は有効なのか
それでは,有症状の隠れ貧血の患者さんに鉄剤は有効でしょうか。答えはYESです。貧血がなくても隠れ貧血(フェリチンが15 ng/mL以下)がみられれば,鉄剤の使用で全身倦怠感が改善すると報告されています4)。また,鉄剤を使用すると,全身倦怠感や労作時息切れだけでなく,不安やうつも改善するという報告もあります5)。
冒頭の46歳女性も,鉄剤の服用により倦怠感がなくなりました。数値を見ると,Hbは13.9 g/dLであり貧血はありません。MCVも82.7 fL(基準値:80~100)で正球性です。フェリチンは当院の基準値内ですが,9.1 ng/mLと低めでした。隠れ貧血と診断し,クエン酸第一鉄ナトリウム(フェロミア®)50 mg/日を開始し...
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岡田 定(おかだ・さだむ)氏 医療法人社団 平静の会 西崎クリニック院長
1981年大阪医大卒。聖路加国際病院血液内科部長,内科統括部長,人間ドック科部長を歴任。2020年より現職。著書に『誰も教えてくれなかった血算の読み方・考え方』『内科医の私と患者さんの物語――血液診療のサイエンスとアート』(いずれも医学書院),『どんな薬よりも効果のある治療法』(主婦の友社)。
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