医学界新聞

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寄稿 菅原光晴

2022.10.03 週刊医学界新聞(通常号):第3488号より

 半側空間無視は臨床場面において頻回に遭遇する症状で,日常生活の自立や社会復帰を妨げる大きな阻害因子です。しかし,多くの先生方のたゆまぬ努力と研究を費やしても,そのメカニズムや治療法などにはいまだ不明な部分が多くあります。そこで今回は,半側空間無視のさまざまな疑問について現時点での知見をもとに解説します。

 日常生活上で現れる半側空間無視は,ある場面で無視症状が認められなくても,別な場面では認められるなど一様でありません。しかし半側空間無視が疑われる患者さんには,共通した行動特性が観察されます。基本となる観察ポイントとして,①視線および眼球運動,②頭部の動き,③姿勢,④患肢への配慮,⑤注意・集中力,⑥行動観察の6つが挙げられます。以下,それぞれの具体例を紹介していきます。

 患者さんの視線は,常に右側へ偏位したままであったり,普段は注意散漫であるにもかかわらず,ある行動を行うと右側に偏位しやすくなったりします。頭部の動きでは,左側を向くことが少ないのが特徴です。重度の場合には常に右側ばかり向いています。左側からの声掛けでは,頭部を左側へ動かそうとしますが,その範囲は狭い場合が多いです。

 姿勢では,車椅子に座っていても左側へ崩れていることが多く,安定した姿勢を保てないばかりか,姿勢の崩れに気付かず修正しようとしません。また麻痺した左上下肢に対して無頓着で,車椅子から左上肢が落ちていても配慮しないという状況がみられる上,訓練を行っていても集中できず,右側の刺激に対して容易に注意が奪われたり,作業を行っていても次第に右側に偏った活動になったりします。

半側空間無視が疑われる場合には,①視線および眼球運動,②頭部の動き,③姿勢,④患肢への配慮,⑤注意・集中力,⑥行動観察の6つを重点的に観察しましょう。重症度によって差はありますが,共通した行動特性が観察されます。

 


 一般的に健常者の左半球は右空間のみの注意を担っているのに対し,右半球は右空間と左空間の注意を担っています1)。つまり右半球は,左空間への注意を100%担っていることに加え,右空間への注意も一部担っているのです。そのため右半球に損傷が生じると,左空間の半側空間無視に加えて,右空間には注意障害が生じます(図1)。右空間の注意障害は常に現れるのではなく,日常生活上,注意散漫となりやすい環境であったり,作業課題が複雑になったり,急いで行動しようとしたりするほど表面化しやすくなります。

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図1 左右半球の注意空間の役割

 具体的には,複数の視覚情報の中から目的としたものを選択できない選択性注意障害,課題に対して集中して取り組めない持続性注意障害,右側の無関係な刺激に対して注意を奪われやすくなる受動的注意の亢進,作業を遂行する際にゆっくり丁寧に行うことができないpacingの障害,右空間の標的刺激を何度も探索してしまう空間性ワーキングメモリの障害が挙げられます。これらの障害により患者さんは,右空間において見落としや粗雑さを認めることになります。また,半側空間無視が改善しても日常生活で注意障害が問題となることは少なくありません。

半側空間無視患者の右空間は正常とは言えません。半側空間無視は左空間を無視することに加えて,右空間には注意障害を生じます。半側空間無視が改善しても,日常生活で注意障害が問題となることが多いです。


 患者さんのほとんどは,半側空間無視の存在に気付いていません。そのため病識を高めるには,症状に対して気付きを与えることが必要です。Crossonは,気付きを与える方法として自己の障害への気付き(self-awareness)を3つの階層に分類し(図2),段階に応じた対応が必要であると述べています2)

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図2 Crossonの気付きの階層性(文献2をもとに作成)

 第1段階は知的気付き(intellectual awareness)です。自己の障害に気付いていない患者さんに対して,「あなたには半側空間無視があります!」と伝えても,到底受け入れられるものではありません。そこで,半側空間無視とはどのような症状かを知ってもらう必要があります。「脳卒中になって右脳が障害されると,左手足の麻痺に加えて,左側の注意が疎かになることがあります。その症状があると,例えば車椅子に乗り移る際,左側にあるブレーキをかけ忘れることがあるのです」というように,一般論として症状を理解してもらえるよう促します。

 第2段階は,体験的気付き(emergent awareness)です。半側空間無視があると頭では理解しても,日常生活場面になると忘れてしまう患者さんはよく経験します。そうした患者さんには,実生活上で生じた障害をフィードバックする必要があります。例えば,移乗の際に左側のブレーキをかけ忘れた場合に,「今,左のブレーキかけ忘れましたね。これが半側空間無視ですよ」と,見落としが生じたタイミングで説明します。ただし,説明の仕方を誤ると信頼関係を損ねる可能性があるため,患者さんの個性に合わせたフィードバックが重要です。

 第3段階は,予測的気付き(anticipatory awareness)です。例えば,車椅子からベッドへ移乗する際に,「左側のブレーキをかけ忘れやすいから頭や目を動かして確認しよう」といった半側空間無視による障害の予測と対処できる自覚を持つことです。予測的気付きに至るには,結果を予測し,その予測をもとに取るべき行動を自ら立案しなければならないものの,これらのプロセスはハードルが高く,経験上,ほとんどの患者さんはこの段階に到達できません。「頭や目を左側に動かすと見落としが少なくなりますよ」など,具体的な対処法を第三者から提案する必要があります。

 このように患者さんの半側空間無視に対する気付きの状態によりますが,段階を踏んで対応すると良いでしょう。

病識を高めるには,自己の障害に対して気付きを与えることが必要です。気付きの状態に合わせて段階的に対応すると良いでしょう。

 近年,半側空間無視の構成要素として,方向性注意や複数の刺激への右方偏位,選択性注意の低下などに加えて,それを支える持続性注意や空間性ワーキングメモリの低下なども関与することが報告3)されています。左側に注意を向けるアプローチを実施してもうまくいかない場合,半側空間無視を構成する要素のどこに障害があるかを明らかにして対処することで,適切なアプローチにつながるのではないでしょうか。


1)Trans Am Neurol Assoc. 1970[PMID:5514359]
2)Crosson B, et al. Awareness and compensation in post-acute head injury rehabilitation. J Head Trauma Rehabil. 1989;4(3):46-54.
3)Curr Biol. 2019[PMID:30939313]

清伸会ふじの温泉病院リハビリテーション課/作業療法士

1988年岩手リハビリテーション学院を卒業後,慈恵医大付属第三病院リハビリテーション科へ入職。2002年より現職。同年には国際医療福祉大大学院修士課程,05年には同大大学院博士課程を修了。編著に『臨床で使える半側空間無視への実践的アプローチ』(医学書院)。

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