ボンディング障害を知る
手を差し伸べ,児童虐待を未然に防ぐために
寄稿 羽田彩子,大橋優紀子,馬場香里,佐藤昌司,北村俊則
2022.09.26 週刊医学界新聞(看護号):第3487号より
わが子をかわいいと思えない――わが子(胎児を含む)に対する陽性感情の欠如あるいは強い陰性感情を持つ状態をボンディング障害(bonding disorder)と呼ぶ。
本稿では,児童虐待の素地となり得るボンディング障害についての概説を行う。心理援助の理論やエビデンスを生かしたボンディング障害事例への介入・ケア方法については,本稿の続きとなる実践編(「助産雑誌」2023年2月号に掲載)を参照されたい。実践編では,医療者―患者間の会話を中心に,具体的なテクニックを詳しく紹介する。
抑うつは児童虐待の危険要因ではない
米国の統計では,18歳未満の児童虐待の被害者の10%は1歳未満で,1歳未満の児童虐待のうち39%は生後1か月以内,33%は生後1週間以内の事例である。生後1週間以内の虐待の中で最も頻度が高いのは,生まれたその日および翌日である1)。虐待死亡事例の約半数は乳児であり,日齢0日での死亡事例も毎年報告されている。Stithら2)のメタ解析によると,児童虐待をしてしまう親の危険要因として大きな影響が認められた項目は,「怒りの感情と過剰反応」であり,不安,抑うつ,精神疾患はそこまで影響を認めず,むしろ重要なのは,「親が子を問題だと認識すること」や「家族葛藤」「家族凝集性の低さ」である。さらに児童虐待の世代間伝播の効果について調べたPearsら3)の研究によると,親世代の被虐待体験と彼らのうつ病・PTSDは,彼らの子どもに行われる虐待に対して交互作用を有していた。つまり,うつ病・PTSDがある親のほうが子への虐待を行いにくく,被虐待体験のある親が自分の子どもに虐待を行うのは,うつ病・PTSDが存在しない場合に限られていたのである。児童虐待において親の「抑うつ」だけに着目するのは,“木を見て森を見ず”と言える。
ボンディング障害とその治療
ボンディング障害が精神医学の領域で初めて論文発表されたのは1997年であり4),以降多くの研究がなされ,ボンディング障害が虐待の素地になることがいくつかの研究で示されている5~7)。また,産後の抑うつとボンディング障害の相関を示す研究は数多く報告されているが,抑うつとボンディング障害の因果は明らかでなく,今後の研究課題である。
臨床では先行するボンディング障害に続いて,二次的に気分障害を生じるケースが存在する。ボンディングの問題は,親子・家族の関係や子どもの成長・発達に悪影響を及ぼす一方で,当該女性(男性)にとって心理的な苦痛を伴う体験となることを忘れてはならない。したがって,当該女性(男性)にとってうつ病その他の精神疾患の治療と同等,あるいはそれ以上にボンディング障害の治療は重要である。
しかし,ボンディング障害には明確な診断基準がない上に,確立された治療法も存在しない。カンガルーケアやベビーマッサージのようなSkin-to-skin contactがボンディングの改善に効果があるとの報告8, 9)はあるが,どのようなタイプのボンディング障害に効果があるのか,詳細を検討する必要があるだろう。また,ソーシャルサポートの量が少なく質が低いとボンディングが悪いとの報告があり10),ソーシャルサポートを充実させることは有効かもしれない。したがって,現時点における治療としては,行動療法的な,カンガルーケアを中心とした育児支援やペアレンティングのトレーニングを行い,同時並行で個別の心理療法,家族心理療法を行うことが不可欠である。さらに多職種連携を基本とする社会的資源を活用し,個々の状況に合わせたアプローチが必要である。
治療は急性期医療であると考える
子どもの健やかな成長・発達,ひいては次世代にわたる子育てにとって,新生児期からの温かで適切な養育の重要性は言うまでもない。ボンディング障害が子どもの養育環境に悪影響を及ぼすことは明白である。著しく不良な養育環境が生後6か月を超えて長引くと,子どもの成長・発達においてさまざまな悪影響が生後数か年にわたって認められる11)。したがって,できるだけ短期間で親子関係が改善するよう,ボンディング障害が発見された時点から集中的に治療を行う。いわば,ボンディング障害の治療は急性期医療なのである。
Matsunagaら12)の研究では,産後5日目の「赤ちゃんへの気持ち質問表」によるボンディング障害のスクリーニングの陽性者は,そのカット・オフ・ポイントを3点/4点とした場合に,実に32%にものぼる。ボンディング障害事例への遭遇は決してまれではない。ボンディング障害の女性(あるいは男性,その家族)の情報を最も多く持っていて,コンタクトが取れているのは第一発見者である。そのため第一発見者は,訓練された技術を持ってその場で治療を開始するのが適切である。身体疾患におけるBasic Life Support(BLS)と同様に,初動が肝要なのである。
一方で,重度のボンディング障害で一定期間治療を行っても改善がみられず,将来的に子どもの養育が難しいと判断される場合には,子どもにとっての最善の利益を優先し,里親制度や特別養子縁組など,社会的養護を検討する必要がある。臨床的には子どもが1歳の誕生日を迎える前に結論を出すことが望ましい。最善を尽くしても治療的効果が得られない場合に備えて速やかに次の策に移行できるよう,ボンディング障害の治療と社会的養護とを両睨みで方針を立てて治療を進める場合もある。
親と子を離さないこと
親と子を離さない,それが真の意味でのボンディング障害の治療である。Salomonsson13, 14)が実践するように,視線や表情,声のトーンなど,親と子の間で交わされるさまざまなやりとりを観察しながら,親子で精神療法を行える環境が理想的である。ボンディングは親と子が相互に影響し合う関係性...
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羽田彩子(はだ・あやこ)氏 国立精神神経研究センター精神保健研究所地域精神保健・法制度研究部 科研費研究員
1999年聖母女子短期大専攻科助産学専攻卒業後,助産師として病院・クリニックにて勤務。2020年日本赤十字看護大学看護学研究科修士課程国際保健助産学専攻研究コース修了。現在は,こころの診療科きたむら醫院で助産師/看護師として,臨床で心理支援を実践しつつ,北村メンタルヘルス研究所で研究員,国立精神・神経センター精神保健研究所地域精神保健・法制度研究部で科研費研究員として周産期メンタルヘルスの研究に携わっている。

大橋優紀子(おおはし・ゆきこ)氏 城西国際大学看護学部 教授
2012年東京医歯大大学院保健衛生学研究科小児・家族発達看護学分野博士(後期)課程修了。博士(看護学)。看護師,保健師,臨床発達心理士,公認心理師。大学病院小児科での臨床経験を通して,ハイリスク児の子育て支援,親子の関係性支援に関心を持つようになり,欧米諸国の子育て支援プログラムや心理支援のトレーニングを受ける。専門は周産期メンタルヘルス,乳幼児精神保健。

馬場香里(ばば・かおり)氏 東京都医学総合研究所社会健康医学研究センター心の健康ユニット 主席研究員
2009年聖路加国際大大学院修士課程修了後,助産師として病院や保健センターにて勤務。2015~18年こころの診療科きたむら醫院にて看護師兼研究員として勤務。16年聖路加国際大大学院博士課程修了後,聖路加国際大大学院にてウィメンズヘルス・助産学専攻助教。22年より現職。

佐藤昌司(さとう・しょうじ)氏 大分県立病院 院長
1984年九大卒。99年九大附属病院講師,2005年大分県立病院総合周産期母子医療センター産科部長,09年同センター所長等を経て,21年より現職。専門は周産期医学,産婦人科学。

北村俊則(きたむら・としのり)氏 北村メンタルヘルス研究所 所長
1972年慶大卒。慶大病院精神神経科,東京武蔵野病院,英国バーミンガム市オールセインツ病院,国立精神・神経センター精神保健研究所を経て,2000年熊本大大学院生命科学研究部教授(臨床行動科学分野・こころの診療科教授),10年北村メンタルヘルス研究所開設,11年こころの診療科きたむら醫院開設,15年北村メンタルヘルス学術振興財団代表理事就任。ワシントン大学医学部(米国セント・ルイス)客員教授,Open Family Studies Journal など国際専門誌の編集委員,英国精神医学会会員およびフェロー(Fellow of the Royal College of Psychiatrists)を兼任。
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