医学界新聞


最新エビデンスと国際的動向を踏まえて

寄稿 辻 洋志

2022.09.19 週刊医学界新聞(通常号):第3486号より

 新型コロナウイルスとの闘いにおける検査の目的は当初,「診断治療と濃厚接触者追跡」であり,主役はPCR検査であった。その後,感染を広げる無症状者の存在と感染拡大により,検査・追跡・隔離の戦略も拡大を迫られるも,ほとんどの国で追跡スタッフの不足,試薬の国際競争,高いコストのため,困難となった。

 一方,簡易かつ迅速で,安価かつ大量に製造でき,世界的な需要にも対応しやすい簡易迅速検査の必要性が認識され,現在は抗原定性検査キット(以下,抗原検査キット)が広く利用されるようになった1)。本稿では抗原検査キットについて,特に公衆衛生検査として「防疫」を目的とした活用についてのエビデンス,海外の動向を紹介する。

 新型コロナウイルスの抗原検査キットは,新型コロナウイルスに由来する抗原と抗原抗体反応を利用し,ある閾値を境に定性的に陽性/陰性を判定する。同様の検査は以前から,医療機関・薬局でのインフルエンザ抗原検査キットや妊娠検査キットとして広く利用されている。

 検出限界は,PCR検査を代表とする分子検査の102~103コピー/mLに対し,抗原検査キットは105~106コピー/mLとPCRに劣るものの,これまでの研究で,ウイルス量が106コピー/mL未満の人は他人に感染させる可能性が低く,「感染させる可能性が高い人を特定する迅速トリアージツール」として抗原検査キットは有用であることが示されている1)。抗原検査の感度は,PCR検査陽性検体比で64%に対し,培養陽性検体比では84%と高い相関を持っている(2)。一方,PCR検査は,感染性の有無の指標とされる培養が陰性となっても長期間陽性となる傾向があり,米国CDCでは「感染者は90日以内にPCR検査を含む核酸増幅検査をしないこと」を勧めている3)

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 新型コロナウイルス感染症の経過における抗原検査・PCR・培養検査の比較(文献2より)
前向きコホート。2021年1~5月(アルファ株,ガンマ株が主流の時期)にRT-PCRで感染確認された225人(年齢中央値29歳)を登録。15日間自己採取した抗原検査キットを使用し,PCR,培養,シークエンス用の鼻咽頭スワブを少なくとも1回実施した人が対象。抗原検査キットと培養陽性(感染性の指標)の一致がわかりやすい結果となった。

 なお,ワクチン接種済みかつオミクロン株感染者を対象とした研究4, 5)からウイルス量は曝露後急激に増加し,3日目に症状発現後,概ね5日目にピークに達すると推測される。また,症状発現もしくは初回PCR陽性,どちらか早いほうから培養陰性までの期間中央値は8日であり6),これは感染やワクチン接種歴のない健康な若者に2020年初期の新型コロナウイルスを曝露させたヒトチャレンジ試験の結果7)と大きく変わりはない。感染後のウイルス量動態に対して,ワクチン接種や症状の有無,変異による影響は少ないとする報告が多い8~13)

 抗原検査キットの精度についても,複数の報告がある。英国保健省の委託で,当時最も精度が高いと考えられたキットのうち調査した4つのキットの感度はウイルス量が105~106コピー/mLで95%,それ以上ではキットによって100%に近く,他人へ感染させるリスクは少ないとされる104~105コピー/mLでも70%を示した14)。ほぼ全ての抗原検査キットは,新型コロナウイルスのヌクレオカプシド蛋白をターゲットとしているため,変異株の影響を受けにくいとされる。ただしオミクロン株においては,日本で医薬品承認済みのキットであっても,特にウイルス量が少ない場合に感度の低下を認めるキットがあり15, 16),注意を要する。

 感染拡大を有効にコントロールできるか否かは,検査の頻度と結果報告のスピードに強く依存し,検査感度の向上による改善はわずかに過ぎないと複数のモデリング研究において示唆されている1)。つまり,防疫を主な目的とした検査では,「感度より頻度」が重要ということである。無症状者も含む大規模スクリーニング検査に当たっては特異度が問題となるが,抗原検査キットは概ね特異度が高く,偽陽性が問題となったという報告は少ない。

 先のヒトチャレンジ試験においても,週2回の抗原検査キットによる定期検査により感染者が生存ウイルスの70~80%,週1回の検査でも50%以上排出する前に感染を診断できるとモデリングされている7)。米国CDCは,地域の感染状況に応じて,職場で週1回の抗原検査キットでの検査を積極的に勧める指針を2021年5月に発表17)。同年9月から学校での定期検査の推奨も開始した。

 費用対効果については,公衆衛生サービスやそのインフラ投資にかかる費用は,経済損失に対してそもそも圧倒的に安いと試算されている。濃厚接触者が自宅待機の代替として抗原検査キットで5日間陰性を確認することは,待機と同等のリスク低減が期待でき18),日本でも医療従事者等一部の職種で認められている。このような日常の選択の中でも費用対効果をイメージできる。

 抗原検査キットの選定においては,医薬品承認済みキットが基本となる。一方,未承認であっても承認済みキットを超える精度を持つキットもある。キットの選定は第三者によるhead to head比較試験を参考に,なければ「欧州や米国で承認済みかどうか」も確認すると良い。防疫を目的とした検査は感度より頻度が重要であるため,感度にこだわりすぎるより,費用や入手しやすさも考慮したい。

 その上で,「発症直後」「クラスター発生や同居家族が感染して間もない時」に検査する。陰性の場合は,ウイルス量の立ち上がりのため捕捉できなかった可能性を念頭に,翌日または翌々日に再度検査を勧める。米国FDAは,48時間後を例に複数回の検査の推奨を2022年8月11日に開始した。逆に曝露または最終接触後5日目以降の場合は,抗原検査キットが陰性であれば,たとえ感染を見逃していたとしても,ウイルス量が今後急激に増加する可能性は低いため,感染拡大のリスクは低いと判断できる。

 密な環境が避けられない施設でエッセンシャルワークを行っている場合は,検査をより頻回または定期的に行うことも検討したい。PCR検査へのアクセスが容易な医療機関に従事する者ならPCR検査も良いが,自宅で出勤前に使用可能な簡易迅速抗原検査のメリットも十分にある。「いつでも,どこでも,何度でも」検査できれば当然,感染拡大のリスクは大幅に抑制できる。感染リスク低減の必要度や事業継続の逼迫度,コストとの兼ね合いで判断が求められる。

 米国ニューヨーク市は2022年6月30日,移動検査車を各地の薬局に横付けし,その場で抗原検査キットで検査,陽性者は医師や薬剤師と相談しPaxlovid(パキロビッド®)の処方を受けることが可能な無料のワンステッププログラムを発表した。早期の診断と治療で経口薬の効果が期待できる期間を逃さないだけでなく,検査・医療機関に負担をかけずに,感染の波に合わせてタイミングも場所も機動的に導入できる政策である。このように,抗原検査キットは防疫だけでなく治療へのアクセス向上の役割も加わり,利活用がさらに広まるとともに,次世代の簡易迅速検査の開発も進むものと思われる。


1)Lancet. 2022[PMID:34942102]
2)JAMA Intern Med. 2022[PMID:35486394]
3)CDC. Overview of Testing for SARS-CoV-2, the virus that causes COVID-19. 2022.
4)James A. Hay, et al. Quantifying the impact of immune history and variant on SARS-CoV-2 viral kinetics and infection rebound: a retrospective cohort study. medRxiv. 2022.
5)Euro Surveill. 2021[PMID:34915975]
6)N Engl J Med. 2022[PMID:35767428]
7)Nat Med. 2022[PMID:35361992]
8)N Engl J Med. 2021[PMID:34941024]
9)Nat Med. 2021[PMID:34728830]
10)Nat Med. 2022[PMID:35395151]
11)N Engl J Med. 2022[PMID:35767428]
12)JAMA Netw Open. 2022[PMID:35704320]
13)Ann Intern Med. 2022[PMID:35286144]
14)EClinical Medicine. 2021[PMID:34101770]
15)Viruses. 2022[PMID:35458384]
16)Microbiol Spectr. 2022[PMID: 35938792]
17)CDC. Interim Guidance for SARS-CoV-2 Testing in Non-Healthcare Workplaces.
18)Lancet Public Health. 2021[PMID:33484644]

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南森町CH労働衛生コンサルタント事務所 代表

2002年大阪医大卒。10年米ハーバード公衆衛生大学院修士課程修了。産業衛生指導医,呼吸器専門医として産業医活動,大阪医薬大病院じん肺石綿外来担当。同大医学部衛生学・公衆衛生学Ⅰ・Ⅱ非常勤講師も務める。近著「労働衛生管理モデルを応用した職場におけるCOVID-19対策の検討(労働安全衛生研究誌)」。Twitter ID:@Hiroshi_Tsuji

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