医学界新聞

寄稿 堀田 亮

2022.08.08 週刊医学界新聞(レジデント号):第3481号より

 COVID-19の感染拡大により,大学生はさまざまな行動制限(閉校による自宅待機,課外活動の禁止など)や学習環境の変化(オンライン授業の導入など)に直面した。精神医学や心理学関連の学術誌ではCOVID-19に関する特集号や特設ページが組まれ,社会環境の変化がもたらすメンタルヘルスへの負の影響が数多く報告されてきた。

 しかし,多くは感染拡大「後」のメンタルヘルスのみを扱った横断調査で,感染拡大「前」との比較という視点は不足している。そこで筆者らは,感染拡大前(2019年度入学),拡大直後(2020年度入学),拡大1年後(2021年度入学)の各4~5月の大学新入生のメンタルヘルスを,Counseling Center Assessment of Psychological Symptoms(CCAPS)日本語版を用いて継続調査した1)。3時点の比較から見えてきたのは「回帰と分布の二極化」であった。

◆大学生に特化した指標CCAPS

 CCAPSは米国で開発され,大学生特有の心理・精神症状を多面的に測定できる指標である2)。8因子(抑うつ,全般性不安,社会不安,学業ストレス,食行動,敵意,家族ストレス,飲酒)からなる全55項目で構成され,うち4項目(現実感のなさ,希死念慮,衝動性,他害観念)は重要項目とされている。過去2週間の状態を回答し,得点が高いほどストレス度が高いことを表している。現在,米国では700校以上の大学で導入され,8か国語の翻訳版も開発されている国際標準の指標である。日本語版の標準化3,4)は筆者が研究代表を務めており,専用のWeb回答システムを実装している。回答を完了すると即座に自身の結果がフィードバックされ,所属校の相談機関の連絡先が表示される他,カットオフ値を超えた場合は来談を促すメッセージが表示される仕様となっている。

◆メンタルヘルス分布二極化の傾向

 解析の結果,学業ストレスは,感染拡大前と拡大1年後で差はなく,拡大直後のストレス度が有意に高いことが示された。オンライン授業への適応に苦慮した学生が多かったことを示唆する結果と言えよう。拡大1年後に入学した学生に関しては,1年間の適応,準備期間があったため,ストレス度が拡大直後より低かったと考えられる。

 抑うつと全般性不安も3年間の比較で有意差がみられたが,学業ストレスとは逆の傾向を示した。つまり,感染拡大前と拡大1年後に差がないのは同様であったが,拡大直後は有意にストレス度が低かった。拡大直後の「現実感のなさ」が他の年度に比べて高かったことと合わせ,拡大直後の学生は精神症状を呈するよりも「何が起きているかわからない」時間を過ごしていたと言えよう。

 一方で,希死念慮に関するハイリスク群は2019年から2021年にかけて上昇傾向を示した(人数が少なく統計を用いた検定はできていないため,あくまで傾向としてご理解いただきたい)。

 結論として,COVID-19の感染拡大前と比較し,拡大1年後の大学新入生のメンタルヘルスは,平均値上は回帰した(差はない)ように見受けられる。しかし,強い希死念慮を抱える学生の数はコロナ禍以降増え続けた。全く希死念慮を感じていない学生の割合もまた増加しており,メンタルヘルスに関して分布の二極化の漸進を示唆する結果となった。今後も推移を注視する必要がある。また,高等教育機関においては,ハイリスクの学生を早期に発見,支援する体制の確立が求められる。


1)PLoS One. 2022 [PMID:35020752]
2)J Couns Psychol. 2011 [PMID:21133541]
3)Clin Psychol Psychother. 2020 [PMID:31715646]
4)Horita R, et al. Validity and Reliability of the Counseling Center Assessment of Psychological Symptoms-Japanese Version. Jpn Psychol Res. 2021.

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岐阜大学保健管理センター 准教授

2014年筑波大大学院人間総合科学研究科3年制博士課程ヒューマン・ケア科学専攻修了。博士(心理学)。14年より現所属・助教,22年より現職。21年より岐阜大医学教育開発研究センター教員を兼任。臨床心理士,公認心理師,大学カウンセラー。道産子。専門は学生相談,発達障害学生支援と地域連携。

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