医学界新聞


個人情報保護法の改正が医学研究の推進に及ぼす影響

寄稿 江花 有亮

2022.08.01 週刊医学界新聞(通常号):第3480号より

 「大学病院や国立センター以外の医療機関は学術研究機関に当たらないためオプトアウト方式での臨床研究は認められない」――。個人情報保護委員会の見解が一時的に医学界をざわつかせたが,最終的には上記以外の医療機関においてもオプトアウト方式で臨床研究を実施することが認められた。多くの関係者が胸をなでおろしたことと思う。

 「個人情報の保護に関する法律」(以後,個情法)の改正1)に伴い,2022年4月に「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(以後,倫理指針)が改正された2)。また,個人情報保護制度が官民で一元化され,個人情報保護委員会が全体を所轄することとなった。さらには欧州連合の一般データ保護規則(GDPR)で定められた,個人データの移転に関して欧州と同等であるという認定(十分性認定)への対応について,学術研究に関してもこれに合わせて,個人情報の管理義務が精緻化される必要があった。今回のオプトアウトに関する見解はこれらの社会的要請に端を発している。

 本稿では,オプトアウト方式をめぐる一連の動向(オプトアウト・ラプソディー)を追うとともに,個情法の改正に伴って医学研究の推進に生じうる影響について解説する。

 まず,医学系研究の文脈でしばしば使用されるオプトアウト方式とは,個情法のガイドラインで定義されている物とは別の概念である。個情法では要配慮個人情報以外の個人データについて第三者提供する場合には,個人情報保護委員会に届け出なければならない。一方,倫理指針のもとで診療情報および/あるいは生体試料を用いた研究を実施する際には,文書あるいは口頭で同意を得る代わりに,研究対象者への通知・公開によって拒否の機会を担保した上で利用する方法を執ることが可能である。具体的な例として,診察室やウェブサイト上に研究の内容を記載したポスターを公開・掲示し,自身の情報の利用を望まない人が研究者に対して拒否を表明するというものである。患者や研究対象者からすると自身の医療情報がどのように使用されているのか不透明な部分があるが,研究者側から見ると速やかに研究に着手することができ,結果として医学的知識が蓄積されることが期待されている。

 次に個情法において,病歴は人種や信条,社会的身分,犯罪歴などと並んで要配慮個人情報と定義され,同意なく取得・第三者へ提供できない情報であり,目的外で利用する場合には原則として本人の同意が必須であるとしている。ただし,個情法第18条で利用目的による制限の例外として,要配慮個人情報を学術研究目的で利用する際,個人の権利利益を不当に侵害する恐れのない場合に限ってその目的外の利用を認めている。この点について,従来の倫理指針においては,要配慮個人情報は改めて指針の用語として定義され,学術研究目的であれば,学術研究機関等に限定されることなく取得可能であり,またオプトアウト手続きのもと診療目的以外の使用が許容される記載になっていた。

 ところが,今回の倫理指針改正では,「学術研究機関」という用語が指針本文中にも定義され,要配慮個人情報を取得・使用する際に適用される学術例外規定の対象が明記された。この対象の範囲に関する質問に答える形で,「大学病院や国立センターを除く医療機関は学術研究機関には含まれない」旨の見解が個人情報保護委員会から出された3)

 これまで医学系研究は大学病院や国立センターなどの研究機関に限定されることなく,病院やクリニックなどを包含した研究体制によって知の体系が構築されてきたという経緯や実績があった。そのため,「病院やクリニックが診療目的以外の診療情報を利用することや,オプトアウトによって医学系研究を実施することは今後容認されない」「日本の医学系研究がさらに停滞する可能性がある」といった不安が医学界隈をざわつかせた。

 そのような経緯や状況について個人情報保護委員会と日本医学会関係者との間で折衝した結果,最終的には全ての医療機関においてオプトアウト方式が認められることとなったのである。「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン』に関するQ&A」3)をまるまる引用する形で倫理指針ガイダンス第8の1(2)において,医療機関が「公衆衛生の向上のために特に必要がある場合であった,本人の同意を得ることが困難であるとき」には従来のようなオプトアウトの運用が認められることになった。なお,あくまで公衆衛生の向上のための例外規定であるため,第三者提供先は他の医療機関や製薬企業に限定した対応を示すことで落ち着いた。

 わが国のように学術研究目的の利用についてオプトアウト方式を取っているケースは諸外国においては少なく,「一定の基準を満たすことでオプトイン不要」という方式を取っている4)。例えば,米国ではコモン・ルールに基づきHIPAA(Health Insurance Portability and Accountability Act)のプライバシー規則において,保護対象医療情報からリストにある識別子を削除することで,公共の利益に資する場合には本人の同意なく利用可能である。欧州連合でもGDPRで利用目的ごとに個別の同意を取得する必要があるなど,個人データの取り扱いやプライバシーの保護には厳格である一方,二次利用については氏名や住所などの情報の削除,データ保護管理者の設置をすることで,公共の利益に資する場合にオプトイン不要を容認している。

 さらには,欧州連合や米国において,個人データの取り扱いやプライバシーの保護に関する規制を厳格化しながらも,医療情報を積極的に活用することでイノベーションの創出などにつなげようという動きもある。医療データの利活用について,ドイツでは医療分野の研究開発の推進の観点から「広範な同意」の必要性が活発に議論されている。

 わが国においては個人情報,とりわけ医療情報の管理についてはリスクに関する議論が先行しがちである。例えば,製薬企業側にはレジストリーデータを使用したいという強いニーズはあるが,多くのレジストリーは企業への第三者提供を認めていない。

 「平成30年版科学技術白書」で日本の臨床研究が衰退していると指摘されてから5年が経過しようとしている。わが国においても医療情報について,情報の取得や利用手続きの透明化を図り,データの利活用の意義について国民の理解を広く求める時期に来ていると考えられる。そのためには医療情報の利活用の結果,創出された知見を広くフィードバックしていくことが肝要である。そして個人情報保護委員会も,医療を取り巻く状況を理解すると同時に,医療情報の利活用について見識のある委員の存在が望まれる。個々の医療機関としては要配慮個人情報の研究目的の利用について個人情報保護方針に記述し,機関内あるいはウェブサイトで公表するなどの対策が考えられる。

 現在,診療における診断・治療行為は,医師・研究者が膨大な医療情報の中から紡ぎだした医学ヘルスケアに関する知識に基づいたものであり,国民は誰もがその恩恵に浴している。その知識体系の構築に寄与する機関は学術研究機関だけでなく,病院やクリニック,企業,デジタル・プラットフォーマーにも及び得る。医療情報の利活用については,学術例外や公衆衛生例外だけでなく,医療イノベーション推進の観点から考慮されることが望まれている。


1)個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)
2)文科省,厚労省,経産省.人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(令和4年3月10日一部改正).2022.
3)個人情報保護委員会.「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」に関するQ&A(令和4年5月26日更新).2022.
4)厚労省.医療分野における仮名加工情報の保護と利活用に関する検討会(第3回)資料2「医療情報の二次利用に関する諸外国の仕組み」.2022.

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東京医科歯科大学生命倫理研究センター 講師

1999年東京医歯大医学部卒。同大大学院医歯学総合研究科医歯学系専攻器官システム制御学講座分子細胞循環器学助教などを経て2015年より現職。生命倫理,医療倫理,研究倫理に関する診療・研究・教育に従事している。研究倫理の知識を持つ人材の育成をめざし,18年に倫理審査専門職(CReP)の資格認定制度を創設した。総合内科専門医,循環器専門医,臨床遺伝専門医。Twitter ID:@ebnysk1