ニューヨーク市におけるCOVID-19自宅診療体制の現状
寄稿 山田 悠史
2022.07.04 週刊医学界新聞(通常号):第3476号より
米ニューヨーク市内では,現在もなおSARS-CoV-2の感染流行が続いています。ワクチンの接種率だけ見れば,ニューヨーク市は米国の他の地域と比べても高いほうで,日本とも遜色のないレベルです。しかし,市内ではオミクロンのBA.2と比べてさらに伝播性が20%程度上昇したBA2.12.1と呼ばれるウイルスが広がっており,感染拡大の原因の一つであると考えられています。
ニューヨーク市が報告する感染者数の数字自体を見ても,感染が急拡大していることを示すサインは認められず,一見大したことはないようです。しかし,自宅で検査し,市には報告されないケースが増えたため,感染者数の数字から流行の動向をつかむことが以前にも増して難しくなっています。
自己検査キットの配布とアプリを介したビデオ受診
バイデン政権は,今後のさらなる感染流行への備えとして,感染流行が比較的収まっている時期に無料の自己検査キット(迅速抗原検査,写真1)の配布を公言し,各地で配布されました。「自宅で自己検査なんて」と思われる医療従事者の方もいらっしゃるかもしれませんが,実際にはこれがさまざまにポジティブな効果を発揮してくれています。例えば,昨冬であれば「体調がおかしいな」と思った人が外出して検査場に行列を作り,Urgent Care(註)や救急外来に殺到していたのですが,それが見事になくなりました。各家庭に自己検査キットが配布されたことで,多くの人が自宅で検査をするようになったのです。
そして,検査で陽性になると,遠隔診療を依頼します。私の勤務する大学病院の用いる電子カルテシステムでは,医師とのメッセージのやり取りやビデオ受診も,システム内で全て完結するようになっています。この電子カルテにはスマートフォン用のアプリ(写真2)もあり,このアプリを通じてカルテ内容や検査結果を確認したり,ワクチンの接種証明もできたりするのですが,同時に医師とのコミュニケーションやビデオ受診もできるようになっています。
遠隔診療の浸透とそのメリット
遠隔診療は,2020年からのパンデミックで,少なくともニューヨーク市内では急速に浸透しました。各診療科が一時的に遠隔診療のみの対応としていた時期があったからです。また,訪問診療が入っていた自宅にはタブレット端末が無料で提供され,その使用も広がりました。私が勤務しているのは老年医学科という診療科で,患者さんは全て65歳以上です。しかし,ご自分でタブレット端末を駆使される方も多く,介護を必要とする方の場合には,介護者がタブレット端末を通じて中継してくれます。
今回のBA2.12.1による感染流行では,ほとんどのCOVID-19軽症の受診がビデオ受診での対応となっています。受診後,ニルマトレルビル/リトナビル(パキロビッド®)などの薬の処方箋は電子カルテを通じて直接薬局に送られ,薬局が当日自宅配送する仕組みも整備されています。元々パンデミック以前から,ニューヨーク州では紙の処方箋が禁止され全て電子的な送信になっており,高齢者を中心に薬の自宅配送も一般的になっていたという背景もあります。こうして,現在の軽症COVID-19の診療は,検査から治療まで,一歩も自宅から出ずに完結する流れが確立しています。
この一連の流れには,いくつかのメリットが挙げられます。例えば,感染リスクの低減により現場の医療者の安全性が高まったこと,診療効率が高まったこと,患者さんの利便性が高まり移動の負担も軽減されたこと,感染者の外出や行列が減り,コミュニティとしての安全性が高まったことなどです。一方で,感染流行がとらえにくくなったこと,ITの使用が十分浸透していない家庭を置き去りにしている可能性があることなど,デメリットも考えられます。私自身,数えきれないほどのパキロビッド®をこれまで処方してきましたが,一医療者としては,診療現場の安全性の高まりや遠隔診療の効率の良さを肌で感じています。遠隔診療のみの日であれば,自宅からでも仕事が完結してしまうのです。
パンデミックがもたらしたさまざまなもの
遠隔診療以外でも,さまざまな取り組みが行われています。例えば,高齢の患者さんで自宅にとどまることを優先したいとの希望を持っている場合,Hospital at Homeといって,自宅にとどまったまま「入院」ができるという仕組みがあります。1日に3回程度の看護師の訪問と1日に1回の医師やナースプラクティショナーの診察を受け,検査や点滴治療,酸素投与などを自宅で完結させる仕組みです。
高齢者施設,介護施設も今回のパンデミックから大きく学びを得ました。少量の酸素投与の範囲内であれば,病院に移送せずに入院治療を完結する介護施設も出てきています。市内の介護施設で勤務する私の同僚の医師は,入居者のワクチン接種率が100%で治療ができる体制も整備されたので,昨冬の感染流行で1人も病院に搬送しなかったと誇らしげに語ってくれました。
*
パンデミックは,多くの人の健康を害し,医療者にとってストレスになることも多いですが,このように経験から学び,急速に物事が発展する機会にもなっていると考えると,ポジティブにもとらえられます。
過去の学びを未来につなげられる,苦境の中でも医療を飛躍的に発展させられる強さ。そんな希望を感じられるニューヨーク市のコロナ診療の現場をご紹介しました。
註:ウォークイン専用のクリニックを指す。米国の一般外来は数か月前からの予約が一般的で,当日のウォークイン受診は通常できない。
山田 悠史(やまだ・ゆうじ)氏 マウントサイナイ医科大学老年医学科・緩和医療科
2008年慶大医学部卒。15年に渡米,米マウントサイナイベスイスラエル病院にて内科レジデントとして勤務。18年埼玉医大病院総合診療内科の助教として帰国した後,20年に再度渡米し現職。総合内科専門医,米国内科専門医。日本国内では,一般社団法人「コロワくんサポーターズ」の代表理事として活動。著書に『最高の老後「死ぬまで元気」を実現する5つのM』(講談社),編著に『THE内科専門医問題集1』『THE内科専門医問題集2』(いずれも医学書院)。Twitter ID:@YujiY0402
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