認知心理学の観点から考える学習者支援【後編】
記憶の仕組みを生かした勉強法
寄稿 藤江 里衣子
2022.06.27 週刊医学界新聞(看護号):第3475号より
本稿は,ヒトの記憶のメカニズムと学習の関連について,認知心理学の観点から前後編の2回にわたって概観する。前編(本紙3471号)では,ヒトの記憶の基本構造として,記憶の多重貯蔵モデルを紹介した。後編である今回は,看護学生の事例を基に,記憶のメカニズムを生かした学習方法を解説する。
成果の出ない学習者をサポートするには,学習状況の客観視を促すことが必要になる。「自分自身の考えや行動,状況を俯瞰的に見ること」を“メタ認知”という(図)1)。以下では,学習環境,学習方法,そして学習の枠組みに着目して,学習の状況を客観視(メタ認知)し,具体的に介入する方法を述べる。

ヒトが接した情報は感覚記憶として取り込まれ,その中で注意を向けられたものが短期記憶に入る。短期記憶の中で繰り返し(リハーサル)をされたものが符号化され,長期記憶に転送される。この仕組みを含め学習している自身の状況を客観視(メタ認知)して,つまずきを克服する。
学習環境・学習方法をメタ認知でとらえる
●事例1
Aさんは看護学科に通う2年生です。大学受験までは,塾に通いながら勉強することで乗り切りました。けれども大学に入ってからは,いくら時間をかけて勉強しても思うように結果に結びつきません。特に苦手な教科の勉強法について担当の先生に相談したところ,「教科書を繰り返し読んで,問題集も繰り返し解けば大丈夫」と言われたため,そのとおりにしていました。しかし,依然として結果は振るいません。Aさんは落ち込み,やる気や自信を失ってしまっています。
◆学習環境を見直す
Aさんがどんな場所で勉強をしているかを尋ねたところ,机の上は勉強道具の他に,趣味の物も多数置いてあることがわかった。さらに,少しでも楽しい気分で勉強できるよう,スマートフォンで好きな動画を見ながら勉強することもあるという。本来,新規の学習には多くの注意を割く必要がある。さらに,考える際に使われるワーキングメモリも,学習に関係のない情報は入ってこないほうが,ミスや取りこぼしが起こりにくい。Aさんの場合,趣味の物や動画に注意・ワーキングメモリが割かれた結果,学習がはかどらなくなっていることが推測された。
このため,机の上や周辺は片付けて学習に関係する物のみを置き,学習を始める時には動画は見ないよう伝えた。
◆学習方法を見直す――学生自身で取り組みやすいこと
Aさんに勉強方法を尋ねたところ,「教科書の中で先生が大事と言ったところに線を引き,それをそのまま繰り返し読んでいる」とのことだった。知識を長期記憶にしっかりと保存するためには,言葉を単に発したりパターンを覚えたりするだけでなく,意味を含めて理解しておくこと(処理水準モデル),さらに言葉だけでなくイメージも用いること(二重符号化理論)が重要となる(本紙3471号)。ところがAさんは,教科書を単に読むことを繰り返しているため,勉強したことが長期記憶に定着せず,抜けていきやすいと考えられる。また,図や写真を用いず言葉のみで記憶しようとしており,イメージを生かした学習ができていない。
そこで,図や写真の多い資料を併用しながら,学んだ知識の意味をしっかりと理解すること,可能であれば,学んだ内容を図を用いながらノートにまとめることを提案した。
◆学習方法を見直す――教員のサポートを要する場合が多いもの
続いて,Aさんが問題集をどのように使っているかを尋ねると,前から順番にとにかく問題を繰り返し解き,「この問いにはこの答え」といった具合にほとんど丸暗記をしていることがわかった。記憶の保持のためには,知識の本質的な意味を理解し,さまざまな文脈に置いて応用すること(構築―統合理論),他の知識とのつながりを意識しながら学ぶこと(物語文法)が肝要となる(本紙3471号)。しかしAさんは,問題の登場順に答えを覚えているだけの側面が強いので,答えの中の本質的な部分と,その問題固有の部分の...
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藤江 里衣子(ふじえ・りえこ)氏 藤田医科大学医学部医療コミュニケーション 講師
2004年東大教育学部教育心理学コース卒。09年名大大学院教育発達科学研究科心理発達科学専攻博士後期課程満期退学。同大大学院医学系研究科地域総合ヘルスケアシステム開発寄附講座助教を経て,19年より現職。臨床心理士,公認心理師。修士(臨床心理学)。
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