医学界新聞

書評

2022.06.06 週刊医学界新聞(通常号):第3472号より

《評者》 東大大学院准教授・整形外科学

 このたび僭越ながら,『医学英語論文 手トリ足トリ いまさら聞けない論文の書きかた』(堀内圭輔先生 著)の書評を書く機会をいただいた。著者は慶大のご出身であり,慶大整形外科で活躍されたのち,現在は防衛医大と慶大の両方で後進の指導に当たっておられる。著者は留学先でADAM17など細胞外ドメインの切断プロテアーゼを研究し,帰国後も素晴らしい分子生物学研究をされていた。私はポスドクの頃に骨格形成や関節疾患においてNotchシグナルを扱っていたが,NotchとADAMの関係が深いことから,著者から遺伝子改変マウスをご供与いただき,さまざまなご指導をいただきながら共同研究を進める幸運に恵まれた。整形外科で分子生物学をたしなむ人は非常に限られている。著者は私より4学年先輩であり,整形外科医でありながら分子生物学に精通し,精力的に研究を続けておられる姿は,所属する医局こそ違えど常に励みであった。

 英語論文の執筆に関する本は数多あまた出版されているが,本書は単なるハウツー本ではない。もちろん論文の構成に関しては第III章でも十分に説明されており,ここを読むだけでも論文とは何かが明確に理解でき,初めての人でも論文を書こうという気になるだろう。第II章の様式に関する知識も秀逸である。たかが様式と思う若手もいるかもしれないが,私は査読をしていて,優れた研究内容がいい加減な様式で叙述された例をみたことがない。第IV章ではFigureの作成,画像データやReplicationの考え方が記載されており,誰もが抱く疑問を取り入れつつ,非常にわかりやすく記載されている。

 一方で本書は論文の技術論にとどまらず,周辺の話題が多く盛り込まれている。第Ⅰ章「論文を書く前に」では,冒頭に論文を書く意義が書かれており,リサーチ・クエスチョンとは何かも述べられている。医師として何を大切にし,何を追及していくのかを読み手に考えさせる一方で,「英語論文を書けば,きっと日々の臨床とはひと味違った充足感が得られるはずです」と,若手が気軽に第一歩を踏み出せるような調べで統一されている。第V章は症例報告の勧めであり,ここにも著者の若手への愛が感じられる。

 第VI,VII章ではAuthorship,インパクトファクターや投稿先選びの問題点,査読の概念と現代のPeer Reviewにまつわる諸問題まで紹介されている。論文を書くということは科学のコミュニティに参画するということであり,知っておくべき話題であろう。著者は最後の章で,英語力を養う意義と方法を簡単に紹介している。

 著者は3~7歳の4年間をサンフランシスコで過ごし,キャリアの中でも2002年から3年半アメリカに留学している。著者は,日常会話にも困難を残す私とは次元の異なる高い英語力をお持ちであるが,今なお楽しみながら英語を鍛錬し続ける姿勢には頭が下がる。

 「手トリ足トリ」とあるように,本書は論文執筆の初心者に向けて書かれているが,ある程度の数の論文を書いてきた私にとっても,正直とても読み応えある内容であり,引き込まれ,一気に読み終えてしまった。本書にもあるように論文執筆を「手トリ足トリ」教えてくれる人はいなかったため,私もこれまで実践の中で何とか論文を書いてきた。科学の手法に従って科学的に実験や研究を行ってきたが,基本的に雑な性格のため,論文執筆の手法まで系統立てて科学的に深めたことはなかった。著者は論文執筆に必要な要素を科学的に分析し,細部まで明確に解説しており,科学的精神にあふれる著者ならではの著書といえよう。

 「いまさら聞けない論文の書きかた」とあるように,論文執筆に慣れた先生方にも一読の価値があり,後進の指導にも役立つと確信している。


  • 熱、諍い、ダイヤモンド

    熱、諍い、ダイヤモンド

    • ポール・ファーマー 著
      岩田 健太郎●訳
    • A5変型・頁564
      定価:4,950円(本体4,500円+税10%) MEDSi
      https://www.medsi.co.jp

《評者》 神戸女学院大名誉教授/凱風館館長

 COVID-19のアウトブレイクが起きるまで,私は感染症について個人的な意見を持っていなかった。持つ必要があると思ってもいなかった。これは公衆衛生学や疫学という「サイエンス」が扱う話で,素人が口をはさむべき領域ではないと思っていたからである。しかし,実際にパンデミックに遭遇した時に,どうもそうではないらしいということがわかった。COVID-19をめぐっては,専門家たちの所見も,政府の対策も,評論家たちの憤激も,市民たちの取り組みもまったくばらばらな方向に離散したからである。私の周囲でもマスクをしない,ワクチンを打たないという人たちが少なからずいる。「あれは中国が開発した生物兵器だ」と言っていた人が次に会った時に「あんなものただの風邪だ」と言い出すこともあった(どっちなんだろう)。感染症については,適切な文脈に位置づけて,適切な治療システムを構築するということはどうやらひどく骨の折れる仕事らしい。

 それが「ひどく骨の折れる仕事」どころではないということをポール・ファーマーにこの本で教えられた。2014年にシエラレオネ,リベリア,ギニアで起きたエボラ(エボラウイルス病)のアウトブレイクの渦中に身を投じた感染症医ポール・ファーマーはなぜこの地の人々はこれほどの苦しみを経験しなければならないのかを徹底的に論じる。

 エボラに対して「適切な治療」がどういうものであるかはわかっている。清潔な環境下で,水分補給,抗生物質,栄養剤などを投与すれば死亡率は確実に下がる。今は治療薬もある。治療者は手袋,マスク,防護服を着用していればウイルスの侵入を防げる。でも,西アフリカにはそれがどれもない。

 シエラレオネはダイヤモンドをはじめとする鉱物資源の宝庫であるから輸出代金は潤沢に入って来る。でも,その巨富は権力者グループのポケットに入るだけで,教育にも医療にもインフラ整備にも回されない。印象的な統計によれば,シエラレオネは乳幼児死亡率が極めて高い国であると同時に国民一人当たりのベンツ所有率が極めて高い国でもある。ヨーロッパとアメリカによる気が遠くなるほど長期にわたる収奪の結果,国民資源の分配の驚くべき不公正が西アフリカでは深く深く制度化してしまったのである。

 ファーマーはこの長大な論考を通じて,この世界の臨床・公衆衛生上の「砂漠」として西アフリカに匹敵する場所はないということを教えてくれる。ある疫病がこの地域においてだけ致死的であるのは,住民の遺伝的・生物学的要因や地域的・文化的特性のせいではない。そこでなされてきた「搾取」と「政治的・環境的・医学的不平等」の帰結なのである。

 本書には具体的なエボラの臨床記録と,そこに至る数世紀の歴史記述が含まれている。半分は医師としての仕事,半分は医療人類学者としての仕事である。ファーマーはその二分野の専門家であるから,二つの視点からエボラを立体視できる。

 これだけ厚い(熱い)本を書くことができたファーマーのエネルギーと,この大著をパンデミックの臨床最前線に立ちながら訳出した訳者の力業にも私は圧倒された。


《評者》 東京都立大教授・理学療法科学

 あるとき評者は,深酒のあと家路につき硬いカバンを肘伸展位で押さえながら,電車で90分ほど爆睡してしまったことがありました。危うく最寄り駅を寝過ごす寸前で目覚め急いで電車から立ち上がり降りようとしたときカバンを取り落としてしまったのです(!!)。右手関節が背屈できないためでした。いわゆる圧迫による橈骨神経麻痺だったのでしょう。翌日になっても手背のしびれと背屈困難が続き,元の職場の手の外科外来で診てもらい,対処法は背屈保持のスプリントでした。その時初めて作業療法士の先生にお世話になり,プラスティックを自在に操り素早くぴったりのスプリントを作製してもらい数週間後に回復したのです。そのときの見事な職人技は今でも忘れることができません。PT・OTはその治療において文字通り「手」を使って,さまざまな障害や困難に対応しています。その「手」が使えなくなったら,まさにお手上げです。さまざまな疾病,外傷などによって起こる「手=ハンド」の治療に特化したのがハンドセラピィといえます。

 斎藤和夫先生,飯塚照史先生,下田信明先生の編集による本書『動画で学ぼう PT・OTのためのハンドセラピィ[Web付録付]』はそのようなハンドセラピィについてわかりやすく,しかし詳細に解説された,一言でいうと「美しい」書籍です。「機能解剖」に始まり,「評価」,「治療」,「症例」の各章で構成され,加えて「ハンド」にまつわるショートストーリーが「コラム」欄で語られます。一つだけ内容を紹介するとすれば,「ROM測定」「筋力測定」「感覚検査」など基本的な評価項目の解説の前に「ハンドセラピィ評価」が置かれていることが類書にないユニークさを際立たせています(「ハンドセラピィ評価」って何? と興味を持たれた方はぜひ本書をご覧になってみてください)。

 全ての写真・図表は美しいカラーで表現され,見ているだけでも(もちろん学べばもっと)楽しめます。さらに要所ではWeb動画が参照されていて,「手」の持つ繊細で精細な動きのニュアンスが余すところなく示されています。詳しくは本書を「手」に取っていただくほかないことは言うまでもありません。

 筆頭編者の斎藤先生は,聖マリアンナ医大病院時代からの旧友であり,このような魅力的な書籍を上梓されたことは評者にとっても大きな喜びです。長年にわたる真摯な臨床活動の成果を礎とした本書が,「手」の力を取り戻そうとする全ての人たちの福音となることを確信しております。

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