医学界新聞

寄稿 井出 博生

2022.06.06 週刊医学界新聞(通常号):第3472号より

 日本医療研究開発機構(AMED)の「国民に向けた医学系研究の情報発信」という委託事業に基づき,われわれは「医学系研究をわかりやすく伝えるための手引き」(以下,手引き)を作成し,2021年度末に公開した。この事業は,医学系研究者が研究発表等の情報を科学的な根拠に基づき正しく発信する際に「どんなことが問題になるのか」を明らかにし,「その問題をパターン化する」ことで理解を深め,「気を付けたほうがよいことをわかりやすくまとめた手引きを作る」ことを目的とした取り組みである。

 では,なぜAMEDはこの課題を設定したのだろうか。われわれ事業に携わった者は,3つの背景があると考えている。第一に,特に臨床医学研究では研究に対する一般の人の理解と参加が不可欠であること。したがって,理解を得るために情報発信をしなければならなくなった。第二に,医学系研究の遂行には社会の支援が必要であり,研究の意義を正しく伝えるための情報発信が求められるようになったこと。第三に,新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって経験したように,大量の医療情報が社会に溢れ,情報の正しさが問われていることが挙げられる。情報の氾濫はインフォデミックと呼ばれ,公衆衛生上の問題も来している。情報発信に対して,これまで研究者や広報担当者は手探りで臨んできたかもしれない。今回は適切な情報発信の気付きとなる実践的な手引きを作成したいと考え,課題解決に取り組んできた。

 手引きの作成に当たり,われわれは医学系研究の理解が難しい要因を「用語」と「用語以外」の問題に分けて検討した。「用語」については,専門家向け,一般向けの記事から特徴的な用語を抽出し,解説を作成。抽出した用語に関するアンケートも実施しており,医学系研究で用いられる用語に対する一般の人の理解を具体的に知ることができた。例えば「標準治療」という用語を認知していた人は全体で22.5%に過ぎなかった。さらに認知していた人の中で,いくつか提示した説明の中から「科学的根拠に基づいた,現在利用できる最良の治療」という正しい選択肢を選んだ人も45.7%しかいなかった。一方で研究者などの専門家に同じ質問をしたところ,正しい選択肢を選んだ人は90%いた。これを見ても一般の人と専門家の間に理解の大きな乖離があることがわかる。

 「用語以外」の問題については,国内外の医療・健康分野の情報資材作成ガイドなどを収集し,読みやすさ,見やすさ,情報として伝えるべきことが書かれているかなどの観点から整理をした。この内容を基に,文章の作成で留意すべき観点をチェックリストとしてまとめている。

 これらの用語の解説とチェックリストが手引きの主な内容である。幸い3月末に手引きをホームページで公開してから,思っていた以上のダウンロード数を記録している。また,この取り組みへの参加の希望なども寄せられた。公開前には気付かなかったが,実務に限らず,教育目的の使用もあるようである。

 さて,手引きを公開したものの,作成したわれわれもこれが最終型だと考えているわけではない。まずは広く使っていただけるように普及させなければならないし,利用者からのフィードバックを収集の上,手引きの継続的な改善につなげることも必要である。また,作成を通じ,われわれもあらためて情報発信に関する課題に気が付いた。手引きの中でも課題としてまとめているが,これからは文章だけではなく動画,画像,ソーシャルメディアに関する手引きも必要だろう。この手引きが情報発信に対する研究者などの関心を促し,ひいては医学系研究への一般の人の理解を深めることにつながればと考えている。

「医学系研究をわかりやすく伝えるための手引き」はこちらよりご覧ください。


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東京大学未来ビジョン研究センター 特任准教授

1996年慶大卒。同大大学院修了後,民間シンクタンク,東大病院を経て,2007年米ハーバード大公衆衛生大学院フェロー。帰国後は千葉大病院客員准教授等を経て,18年より東大未来ビジョン研究センター特任准教授。「医学系研究をわかりやすく伝えるための手引き」作成の研究開発代表者を務める。

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