医学界新聞

寄稿 伊藤 正哉

2022.04.18 週刊医学界新聞(通常号):第3466号より

 これまで認知行動療法を代表とする心理介入では,特定の診断カテゴリに特化した(diagnostic specificな)開発と検証が行われてきました。臨床試験のために適格基準を定めてなるべく均質な対象群に限定した効果検証は,このアプローチに基づいて行われ,精神療法に対する実証的な支持を与えてきました。しかしそうして集積されたエビデンスは一般化できる程度を示す外的妥当性が低く,実臨床との大きなギャップがあります。なぜなら実臨床場面では,単一の診断に限定された精神的な問題を呈する患者は少なく,複数の診断を受け多様な症状を呈する人が多いためです。こうした研究と臨床の乖離を埋めるべく,2000年頃から国際疾病分類(ICD)などの伝統的な診断システムにとらわれない「診断を越えた(trans-diagnosticな)アプローチ」が注目を集めるようになりました。

 認知行動療法における「診断を越えたアプローチ」の方法を模索し長年研究を続けてきたのが,米ボストン大学不安関連症センター設立者のDavid H. Barlowらの研究グループです。Barlowらはこれまでの病因論や精神病理学の知見をまとめ,うつや不安,強迫などの困難を特徴とする精神疾患の背景には,感情調整プロセスの問題が共通して観察されるという理論を提示しました1)。この考えにのっとって開発されたのが,UP(Unified Protocol:感情障害に対する診断を越えた治療のための統一プロトコル)2)です。

 従来の認知行動療法では,それぞれの精神疾患の診断カテゴリに特化して認知行動的な介入が適用されてきました(図1)。これに対して,回避している刺激に向き合う曝露や柔軟かつ客観的な認知評価などの認知行動療法の諸原則が組み込まれているUPでは,「感情障害」という共通する病因に対して認知行動療法を幅広く適用することを目標とします(図1)。

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図1  各障害に対応した認知行動療法(左)と UP(右)
従来のアプローチでは,それぞれの精神疾患に対して異なる介入が行われていた。
統一プロトコルであるUPでは,精神疾患の背景にある共通病因の「感情障害」に着目し,より汎用性の高い認知行動療法を適用できる。

 これまで世界的には,各種の不安症(全般不安症,パニック症,社交不安症)やうつ病,強迫症,心的外傷後ストレス障害,慢性疼痛,過敏性腸症候群,摂食障害,境界性パーソナリティ障害など幅広い精神障害を対象としてUPの有効性が検証されてきました。UPの系統レビューは2019~21年で複数3,4)あり,全世界でUPの適応拡大が進んでいると言えます。

 ではこれまで,本邦におけるUPの研究はどのようになされてきたのでしょうか。2013~15年に,本邦での認知行動療法のエビデンスをまとめる厚労科研「認知行動療法等の精神療法の科学的エビデンスに基づいた標準治療の開発と普及に関する研究(研究代表者:大野裕)」がありました。その末席で班会議に参加した私は,当時の本邦では特に不安症(生涯有病割合8.1%5))に対する認知行動療法の科学検証が極めて限定されていると感じました。うつ病などの他の精神障害でも,不安は臨床的に重大な問題になり得ます。そして臨床的な不安に対する治療は,認知行動療法が最も得意とします。世界的には不安症に対する認知行動療法の有効性のエビデンスが集積され有効性が確立している一方で,国内ではその知見が十分に生かされておらず,必要とする人に届いていない状況があったのです。

 「特定の疾患にとらわれずに実施可能なUPを用いることで,不安症に対する認知行動療法をより多くの人々に届けられる可能性が高まるのではないか」。そう考えて2011年よりUPの臨床研究6)を始めていた私たちは,うつ病と不安症を対象とした認知行動療法の統一プロトコルの有効性を確認する研究を継続してきました。本研究6)では,うつ病や不安症を主診断とする国立精神・神経医療センターのNCNP病院の日本人外来患者104人を対象に,通常治療のみの群と通常治療にUPを加える群に分け,ランダム化比較試験を行いました。その結果,前者に比して後者では,GRID-ハミルトンうつ病評価尺度(GRID-HAMD)で評価されるうつ症状がより改善していることが示され(図2),不安や全般的な臨床重症度の改善にも有効でした。UPの中断割合は5.8%と低く,目立った有害事象も確認されないことから,安全性が認められました。本研究に参加した患者の半数以上には複数の精神疾患が併存しており,重篤なうつや不安を抱えていたことから,重篤な患者に対してもUPが有効である可能性を示唆していると言えます。

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図2  通常治療のみの群とUPを追加した群のうつ症状の経過(文献6より作成)
通常治療+UP群では通常治療のみの群よりもGRID-HAMDの点数が低く,うつ症状がより改善している。43週の追跡評価は通常治療+UP群のみに実施した。

 私たちは本研究を進めながら,不安とうつの統一プロトコルに関するセラピストガイドやワークブックなどの書籍2)を翻訳出版し,研修会を開催してきました。その中で,これまで900人以上の医療職や心理職に受講してもらい,その有用性について好意的な声を多数いただいています。今後はこうした研究知見と蓄積されたノウハウを生かして,UPで得られるメリットを必要とする患者に届ける社会実装をめざします。

 UPにはここまで述べてきたポイントにとどまらない発展可能性があります。例えば,診療所などの比較的小規模の機関にてグループ形式で精神療法を提供する際にもUPは活用できます。グループ療法を行う際には,幅広い臨床問題を持つ人を組み入れて実施できるからです。グループ形式のUPは海外ではランダム化比較試験によるエビデンス7)が報告されているものの,本邦では筆者らのチームによる予備的な検討にとどまっています。さらにUPは児童や青年を対象としてアレンジされたプロトコルでも有効性が報告されています。日本でも児童に対するグループ形式のUPと青年に対する個人形式のUPについての書籍(『子どものための感情探偵プログラムワークブック――つらい感情とうまくつきあう認知行動療法の統一プロトコル』,Jill Ehrenreich May,他著.藤里紘子,他監訳,福村出版,2020年)が出版され,筆者らのチームによる予備試験が報告されています8)。不安症やうつ病は児童期から成人初期に至る過程で発症することが多いため,予防や早期介入としてもUPが重要な役割を果たすと期待されます。

 精神療法では厳格な臨床試験で丁寧に安全性と有効性を検証することが不可欠である一方,大きなコストと時間がかかります。実施するセラピストの訓練や認知行動療法の質の維持も問題です。これらを打開するために筆者らは,学術領域「デジタル―人間融合による精神の超高精細ケア:多種・大量・精密データ戦略の構築」に取り組んでいます。現在,本学術領域の試金石として,これまで約10年間のUPの臨床試験で蓄積されたデータを活用し,音声や言葉から精神状態を識別したり治療アウトカムを予測したりする研究を進めています。この学術領域はすぐに臨床応用することを意図するものではなく,まだ見ぬ1歩,2歩先の未来に向け,情報技術を精神ケアに生かす学術的な基盤の構築をめざしています。


1)David H. Barlow. Anxiety and Its Disorders――The Nature and Treatment of Anxiety and Panic 1st ed. Guilford Press;1988.
2)David H. Barlow,他著.伊藤正哉,他訳.不安とうつの統一プロトコル―診断を越えた認知行動療法セラピストガイド.診断と治療社;2012.
3)Clin Psychol Rev. 2019[PMID:31271848]
4)Clin Psychol Rev. 2021[PMID:34098412]
5)Epidemiol Psychiatr Sci. 2016[PMID:26148821]
6)Ito M, et al. Efficacy of the unified protocol for transdiagnostic cognitive-behavioral treatment for depressive and anxiety disorders:a randomized controlled trial. Psychol Med. 2022:1-12.
7)Psychother Psychosom. 2022[PMID:34111874]
8)Front Psychol. 2021[PMID:34899471]

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国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター研修指導部部長

2003年筑波大第二学群人間学類心理学専攻卒。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員DC/PD,カナダヨーク大心理療法研究センター客員研究員などを経て12年より国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター研修指導部研修普及室室長。21年より現職。「必要とする人にエビデンスに基づくケアを届けられるよう,今後も研究を続けていきます」。

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