医学界新聞

寄稿 川口 昌彦

2022.04.11 週刊医学界新聞(レジデント号):第3465号より

 現在の初期臨床研修制度では,内科,外科,小児科,産婦人科,精神科,救急,地域医療が必修科目とされ,その中でも救急は12 週以上の研修が求められています。救急の研修のうち,4週を上限に麻酔科での研修を選択することも可能であり,麻酔科で研修する場合には,気管挿管を含む気道管理および呼吸管理,急性期の輸液・輸血療法,並びに血行動態管理法などの研修が規定されています1)。また,選択科目の研修として,麻酔科をさらに選んだ場合にどのような研修ができるのかも知っておくとよいでしょう。今回は,そんな初期臨床研修制度における麻酔科ローテート時のポイントについてご紹介します。

 救急の現場では,患者さんの状態が不安定で手技を早急に施行する必要がある場合や,手技の施行自体が困難な場合もあるなど,基本手技のトレーニングの場としては必ずしも最適とは言えません。一方,麻酔科研修では比較的安定した患者さんの対応が多く,じっくりと気管挿管,人工呼吸,末梢静脈路確保,動脈ライン確保,中心静脈路確保,腰椎穿刺などの手技を勉強できます。特に気管挿管は,さまざまな状況に対応するため,ビデオ喉頭鏡でも,通常の喉頭鏡でも実施できるようなトレーニングが重要であり,4週間の麻酔科研修中には30例以上の経験を積むことができるでしょう。また,質の高いマスク換気や人工呼吸器の使い方をマスターすることで,急変時の呼吸管理の基本も習得可能です。さらに,鎮静薬,鎮痛薬,昇圧薬,降圧薬などの薬剤投与の基本も勉強できます。薬剤の効果や副作用の知識を身につけることは臨床上有用であり,感染対策や投与薬の確認方法などの安全管理についても並行して学べます。これらは,今後の医師人生を歩む中で重要な糧となるでしょう。以下に麻酔科研修に臨む上で知っておきたい基礎知識を共有します。

◆超音波を使ってみよう!

 より安全かつ正確に中心静脈カテーテルや動脈ライン確保を行うため,超音波を使用する機会が増えています。しかし,中心静脈カテーテル挿入を超音波ガイド下で実施しても,手技が不適切であれば深く穿刺しすぎて気胸や動脈穿刺などの重篤な合併症を惹起する危険性があります。穿刺に当たっては,しっかりと知識を習得した上で,シミュレーターを用いて事前に練習しておくことを推奨します。シミュレーターがなくとも超音波とトレーニングゲル(コンニャクでも代替可)があれば,リアルタイムでの穿刺や針先の描出などを簡単に練習できますのでトライをしてみてください。

 全身麻酔がかかってからの超音波ガイド下動脈ライン確保は,基本手技修得のための第1ステップとして良い訓練になると思います。その後,末梢静脈路確保も超音波を用いて挿入できるよう研修することで,小児などの静脈確保困難例への対策にもつながります。

◆さまざまな挿入法で動脈ライン確保をしてみよう

 ①血行動態が不安定で連続的な血圧の監視が必要な場合,②集中治療室への入室など長時間の血圧管理が必要な場合,③頻回な動脈血ガス検査が必要な場合などで動脈ライン確保が行われます。周術期では,動脈ライン確保をする血管として約95%で橈骨動脈が選択され,合併症の発生率は1万人当たり2.7人と報告されています2)。挿入法としては,触知法/ランドマーク法,超音波ガイド法があります。高度肥満や血圧低下などで拍動が触知しにくい場合は,超音波ガイド法が特に有用です。超音波ガイド法では,触知法と比べ成功率や手技時間が短縮したとも報告されています3)。ただし,病院の備品の状況で直ちに超音波が使用できない場合もありますので,超音波を用いた方法と用いない方法の両方をマスターすることが,今後の診療にとって重要でしょう。

◆動的指標を輸液・循環管理に生かそう

 手術の際,輸液量が不足していると組織の低灌流による臓器障害を惹起し,反対に輸液量が過剰な場合には組織の浮腫や消化管機能の回復遅延などによる合併症を起こします。早期の患者回復のためには,適切な量の輸液を投与する“最適化”が重要で,目標志向型輸液療法(Goal-Directed Fluid Therapy:GDFT)が推奨されています。以前は,輸液管理の指標として中心静脈圧(Central Venous Pressure:CVP)などの静的指標が用いられることが多かったものの,精度が高くないため近年は,一回拍出量の呼吸性変動に基づくStroke Volume Variation(SVV)などの動的指標が用いられています。背景には動脈ラインの挿入により,一回拍出量(Stroke Volume:SV),心係数(Cardiac Index:CI)やSVVを計測できることがあり,GDFTの実践には有用です。具体的な周術期の輸液最適化に向けたプロトコール例を図1に示します4)。各指標のデータをもとに輸液量,昇圧薬,強心薬などの使用を選択します。ぜひ参考にしてみてください。

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図1 周術期での動的指標を使用した輸液・循環管理の一例(文献4をもとに筆者作成)
各指標を参考に輸液量,昇圧薬,強心薬を選択し,輸液最適化をめざします。

 輸液最適化に向けた輸液・循環管理に加え,さまざまなアプローチによる術後早期回復プロトコルERAS(Enhanced Recovery After Surgery)の実践も推奨されています(図25)。種々の介入により術後の早期回復を促進することで,合併症の軽減や入院期間の短縮が期待できるため,さまざまな手術でERASが試みられています。

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図2  ERAS:術後早期回復プロトコルによるアプローチ(文献5をもとに筆者作成)
周術期のさまざまな介入により術後の早期回復を促進することで,合併症軽減,入院期間の短縮などが期待されています。

 必修科目としての4週間で手術麻酔に関する基本的な研修を行った上で麻酔科をさらに選択すると,関連領域の基本的な手技や知識を学ぶことができます6)。麻酔科専門医取得に求められる領域として,集中治療,ペインクリニック,緩和医療などがあることから,当院では8週間の研修を選択した場合,5週間を手術麻酔とし,集中治療,ペインクリニック,緩和医療を1週間ずつ研修してもらっています。いずれの診療科に進む場合でも,重症患者における管理の基本,ペインクリニックや緩和医療の基本を学習することで,どのような状況で各部門にコンサルトしたらよいのかの判断基準にもなります。また麻薬を含めた疼痛管理などは,全ての医師が習得しておく必要があるでしょう。8週間以上の研修を選択される場合は,手術麻酔のサブスペシャルティとして,心臓血管麻酔,小児麻酔,産科麻酔,神経麻酔,区域麻酔などを経験することもできますし,関連領域をより深く勉強することも可能です。ぜひ麻酔科研修により,医師として必要な基本的な知識や技術を身につけていただければと思います。


1)厚労省.医師臨床研修指導ガイドライン――2020年度版.2020.
2)Anesthesiology. 2016[PMID:26640979]
3)Acad Emerg Med. 2006[PMID:17079789]
4)Br J Anaesth. 2016[PMID:28077530]
5)Clin Nutr. 2005[PMID:15896435]
6)川口昌彦(編).麻酔科レジデントマニュアル 第2版.医学書院;2022.

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奈良県立医科大学麻酔科学教室 教授

1988年奈良医大卒業後,同大麻酔科学教室入局。国循,大阪脳神経外科病院を経て,95年米カリフォルニア大サンディエゴ校麻酔科フェロー。2000年奈良医大麻酔科学教室講師,准教授を経て12年より現職。14年からは学長補佐を兼務する。編著に『麻酔科レジデントマニュアル 第2版』(医学書院)。

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