宮坂道夫氏『対話と承認のケア』が第15回日本医学哲学・倫理学会 学会賞受賞
取材記事
2022.03.21 週刊医学界新聞(通常号):第3462号より
宮坂道夫氏(新潟大)の『対話と承認のケア――ナラティヴが生み出す世界』(医学書院)が,第15回日本医学哲学・倫理学会 学会賞を受賞した。同賞は,日本医学哲学・倫理学会の目的および進歩に寄与する顕著な研究に贈られる。受賞を記念して,同学会主催による「臨床ケア哲学・倫理学セミナー」が2月28日,Web配信形式で開催された。本セミナーで宮坂氏は,受賞作のタイトルになぞらえた講演を通じて本書の内容を振り返るとともに,今後の展望を語った。
個別性が高い課題を解決する手法としてのナラティヴ・アプローチ
宮坂氏は講演冒頭,「文学作品の探求として物語の構造や形式を明らかにすることに端を発した物語論が,現実世界の分析に多大な影響を与えている」と述べた。その中で,人間の認識とは独立して物事が存在すると考える実在論から,人間の認識によって物事が存在すると見なす構築論への転回が,さまざまな分野で進んだと紹介した。この流れはヘルスケア領域において,ナラティヴ・ベイスド・メディスン(NBM)につながったと説明。また疾病が本質的に人間の認識と独立して存在している点に注目し,ヘルスケア領域では実在論に基づくエビデンス・ベイスド・メディスン(EBM)と,構築論に基づくNBMが並立すると分析した。
続いてEBMとNBMによるケアの違いを説明した氏は,EBMは共通の課題を抱えた患者に標準化されたケアを提供するのに対して,NBMは個別の課題を抱えた患者に個別化されたケアを提供するものと両者の位置付けを示した。ヘルスケアの関心領域は①臓器や細胞などで行われる身体機能の課題,②ライフスタイルなど生活機能の課題,③誕生から死に至るまでの人生史の課題,の3つにわたるとする見解を示し,①に近接するほどにケアの共通性が,③に近接するほどに個別性が高まるとした。そしてNBMに基づいて治療を行うナラティヴ・アプローチは,個別性が高い課題を解決する手法であると解説した。
患者と共に対話に取り組み,弱さを共有する医療者のかかわりがケアとなる
実践者である医療者に期待されるナラティヴ・アプローチには,さらに3つの分類があるとし,①他者のナラティヴを読み解く解釈的ナラティヴ・アプローチ,②対立する複数のナラティヴを合意形成に導く調停的ナラティヴ・アプローチ,③他者のナラティヴに立ち入って物語に積極的な意味を見いだす介入的ナラティヴ・アプローチの考えを提示した。医療者は,①では患者の人生史を傾聴し再構成すること,②では患者が安心して発言できる対話空間を実現すること,③では患者が自己のナラティヴに積極的意味を見いだせるように支援することが重要だとした。
最後に,ナラティヴ・アプローチがケアにつながる理由として,対話実践への協働の姿勢と弱さの共有の2つを挙げた。前者では医療者と患者が対話実践を信頼して共に取り組む姿勢がケアの源泉になっており,後者では医療者が患者同様にいずれ死する弱い存在であるために適切な聞き手になれるのではないかと考察。これらの仮説検証については今後の氏の研究課題としたいと述べ,講演を締めくくった。
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