医学界新聞

取材記事

2022.02.21 週刊医学界新聞(通常号):第3458号より

《評者》 淀川キリスト教病院緩和医療内科・ホスピス

 2018年にAdvance Care Planning(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)の愛称が人生会議となり,11月30日がいい看取りの日として「人生会議の日」と制定された。それ以降,急性期医療の現場ではACPが,救急医療や集中治療の諸問題を解決するはやり言葉として使われるようになっている。

 一方で,揺れ動く気持ちや予想できない医療上の出来事,また西洋文化とは異なるわが国独自の家族関係や自己決定権の考え方において,ACPを行うことによって得られる効果,医療現場における有用性については,明確なエビデンスがないような状況である。ACPによって得られる効果や何に対して有用なのかも,よくわかってはいない。そもそもACPは,その人の価値観やその人らしさを尊重するという医療の在り方の実践を示しているものであり,何かの効果指標で評価し,効果があった,エビデンスがあると議論するようなものではないのかもしれない。

 そのような中,看護という視点から,人間を深く洞察し,常に興味深い視点を私たち医療者に投げ掛け続けてこられた宮子あずささんが,ACPについての思いを書籍にまとめられたので紹介してみたい。

 まず,「はじめに」での言葉に引き寄せられる。「助からないのはわかっているけど,どうしても死にたくない」「よくならないのはわかっているけど,なんとかならないものか」「優しく世話をしたいけど,親への積年の恨みが捨てられない」「いろいろやってあげたいけど,私にも家庭がある」「人の手を借りてでも生きたい」……そのような言葉が溢れている整わない現場に対して宮子さんは,「『人生会議』とも言い換えられるACPを,『シネシネ会議』にしてはならない。不謹慎な表現かもしれないが,そんな気持ちが今とても強く湧いている」と述べている。事前意思確認書だけでは十分な終末期ケアは提供できないと,米国の調査で明確に示されることによって誕生したはずのACPが,急性期病院では単にDNAR(Do Not Attempt Resuscitation)を獲得することによって,無駄な延命治療を差し控える手技になっていることに深い不安感を感じざるを得ないことは,私も共感するところである。

 本文においては,ACPについての個人的な思い,ACPを理解する上での「死ぬ」ということの基礎知識,ACPの実際についての提言に章立てて,豊富な経験に基づくたくさんの事例を通して考えることができるように構成されている。

 そして,「おわりに」には看護という仕事を自分の生き方として背負い,人に温かく寄り添う宮子さんらしい決意を垣間見ることができる。

偶然で多くが決まってしまう人間のはかなさみたいなものを,苦笑しながら受け入れていく。それが,私が臨床で取ると決めた態度である。
本当に残念なことだけれども,コロナ禍といわれる現状も,私たちの死に方を決める偶然のひとつである。私たちはさまざまな意思決定を求められる一方で,選びようのない大きな力で翻弄されている。
偶然が左右するからこそ,その都度自分が行った選択をたどれることが大事なのだと思う。
 その選択の軌跡を残すために,ACPは有効なツールである。ただし,予想通りにはならないかもしれない,という留保は常に必要だと強調したい。

いかに死が近づいている人であっても,その人が生きようとする気持ちを支えるのが看護であるとの信念を,私は忘れたくない。

 ACPを現場で実践する場合は,ある意味「きれいにまとめない」覚悟が必要なのかもしれない。ぜひご一読をお薦めしたい一冊である。


《評者》 宝塚リハビリテーション病院

 皆さんは「装具難民」という言葉をご存じでしょうか? 下肢装具を使用している地域在住の脳卒中後症例において,装具作成後のフォロー体制が不十分であるために,装具の修理,作り替えに難渋したり不適合な装具を使い続けてしまったりする,といった状況を指した言葉です。装具は安定した立位・歩行動作を行うために欠かせない道具ですが,使う環境や身体状況に応じて最適なものが使用されなければ,むしろ身体に悪い影響を及ぼす可能性があります。

 不適合なものを使うリスク,という意味での「装具難民」は決して地域在住者のみの問題ではありません。近年,脳卒中のリハビリテーションでは,急性期からより積極的に下肢装具を用いた立位・歩行トレーニングを行う機会が増えています。このため脳卒中の診療に携わるセラピストは急性期・回復期・生活期,どのステージを担当していても,症例の身体状況や歩行能力に応じて適切な装具を選定し,使用できる能力が求められます。

 それほど重要な道具であるにもかかわらず,私たちは「脳卒中の装具」についてどの程度の知識を持ち,適切な判断を行えているでしょうか? 私は回復期病棟に勤務していますが,若手セラピストの多くから装具についてどのように勉強すればよいのか,何から手をつければよいのかわからない,といった声をよく聞きます。そのため,装具に関する教育は卒後教育の最重要課題となっています。

 また,装具はトレーニング場面だけではなく生活全般で使うものですから,その知識の大切さは,リハビリテーション関連職種に限ったものではありません。看護・介護スタッフやケアマネジャーまで多くの職種が知っておくことで,より多くの装具難民を救うことができるようになります。

 本書は装具を使った診療場面のみならず,装具を使って生活する中で生じると思われる事象を含めた57項目について,Q&A形式で非常にわかりやすく解説しています。このため,読者は気になっている項目から読み始めることで,すぐに目の前の問題を解決するためのヒントを得ることができます。また書籍全体を見ると,脳卒中の病態,歩行の特徴から始まり,装具の種類,装具を用いた運動療法,多職種連携など,装具に関する実践的知識がバランス良く構成されています。このため単純なQ&A本ではなく,これから装具について体系的に学びたい(学び直したい)という方にとっても,最初の一冊としてお薦めできます。

 本書のタイトル『脳卒中の装具のミカタ』の「ミカタ」はあえてカタカナで表記されています。これは読者に装具の見かた,診かたを提示し,装具が臨床の味方となることを願っているそうです。脳卒中の装具にかかわる多職種の皆さまのお手元に置いていただき,装具を「味方」にしていただければと思います。

※蛇足ですがこの書籍,表紙の手触りがものすごく良いので,書店で見掛けたらまずは手に取って触ってみることをお勧めします。


《評者》 宮崎大准教授・眼科学

 われわれは,外界からの情報を手に入れる手段(おそらく最も有効な)の一つとして,視覚を用いている。眼科医はその視覚の異常を扱う職業である。その中で,視力低下,視野欠損など,眼球から網膜,視神経を経て後頭葉視皮質に至る,いわゆる視覚路の病変を診断,治療管理することには長けている。しかし,本特集で扱われているのは,視覚路以外の視覚外路とでも言うべきものの生理作用である。ブルーライトやバイオレットライトに反応し,概日リズムや眼軸長の伸長,うつ病など精神状態にまで影響を及ぼす作用が,網膜神経節細胞(以下,RGC)から生じることが基礎研究から臨床に至るまで紹介されている。眼には視覚情報を大脳に伝える以外にも多くの生理的役割があり,その広大さには驚かされる。眼は心の窓とも言われるが,まさにその通りで,外界からの視覚情報の中に,形態覚や色覚のみでなく,ひとの心象に影響を与える非視覚性の情報を“みている”と言えよう。

 逆に眼は,脳の構造変化ではとらえにくい,神経変性疾患のアルツハイマー病や,パーキンソン病の早期発症の手掛かりになるかもしれない研究も進められているようである。RGCとその軸索である網膜神経線維は,中枢神経の一つであり,唯一肉眼で観察できる中枢神経である。RGCには大型のM型と小型のP型があることが知られており,アルツハイマー病では緑内障と同様にM型の経路が障害されやすいのではないかと言われていた。最新の網膜解析装置,OCTやOCTAを用いて,神経変性疾患の早期診断に挑戦している研究も紹介されており,その可能性の高さも考慮すると大変興味深い。「眼は神経変性病変の窓」と言われる日が来るかもしれない。

 また,われわれは,涙が適切に分泌されないと,物をはっきりと見ることができないばかりか,羞明,異物感,疼痛,眼精疲労,不快感など,さまざまな困った愁訴に悩まされる。その涙の分泌の機序が,上唾液核などに言及して神経解剖学的に解説されている。その複雑さにあらためて驚くとともに,ドライアイと間違われる眼瞼痙攣や片頭痛,visual snow症候群などで生じる羞明,不快感のメカニズムが次第に判明してくるにつれ,その根底は,メラノプシン含有RGCから視床下部-上唾液核に至る経路にあり,全く関係のなさそうなドライアイとそれらの疾患の愁訴が結び付いてくることは神秘的でさえある。

 二次元のテレビの画面でも,動き出せば途端に三次元に見えてくる。このように動きと立体視は密接な関係にある。これらは,先ほど述べたRGCのM型の経路に関連していると言われている。本誌では,こうした三次元世界を作り出す脳の領域について,その研究内容と最新の結果,知見が述べられており,両眼視差と運動視差が統合されている領域が見事に表れている。また,運動残効という現象も,研究などを通してその状態や生ずる機序について述べられており,大変興味深かった。脳機能解剖部位としては,動きと立体視に関連するMT野が最も考えられるとされているらしい。実際は止まっているものが“動いて見える”のがポイントである。神経眼科では,MT野は,感覚と運動の橋渡しをする場所として認識されている。教育上,なかなか学生や研修医には理解しにくい概念であるが,このような生理現象を体験させることで,その部位が動きの“感覚”に関与していることを実感すると理解しやすいかもしれない。

 それに続く錯視のメカニズムのあと,最後に陽性視覚症状,幻視についてそのさまざまな原因,疾患とその特徴,病因が述べられている。このような視覚の不思議,多彩さ,眼から脳,脳から眼への視覚情報伝達,脳の視覚情報処理の多彩さを前もって知らされれば,このような不思議な陽性視覚症状が現れても何ら不思議でない感覚になり,すっと内容に入り込むことができる。よく考えられた構成で,大変刺激され,勉強になった。


《評者》 東京工科大准教授・リハビリテーション学

 本書は,日本理学療法士協会の主導により,約1400人の関係者の下,5年以上の歳月を費やして作成された,まさに「集大成」とも言える一冊である。日頃の業務に加え,本書の作成に尽力された皆さまへ心から敬意を評したい。

 なぜ,理学療法士協会が全リソースを投入してまでガイドラインを作成する必要性があったのか。その答えは,半田一登前会長の序文にある。つまり,半田前会長が中央社会保険医療協議会(中医協)へ出席した際,「ガイドラインのない治療法は報酬の対象となり得ない」「各学会にガイドラインの作成を求めていく」「今後は費用効果による判定も導入していく」といった議論があったことが述べられており,ガイドラインの作成は待ったなしの状況であったと推察される。

 社会保障費の財源を考えるとガイドラインの作成は至極当然のことと言えるが,その作成過程においては多くのジレンマがあったのではないだろうか。ガイドラインの作成は,理学療法士の信念とは少し離れたところで作業が進められる。効果のある治療法が特定される一方で,すでに頒布されている治療法が否定されたり,根拠に乏しいことがわかったりと,全てが比較にさらされる。実際,本書の多くのクリニカルクエスチョン(CQ)で,エビデンスの脆弱性についても正確に記されており,ステートメントという独自の推奨方法も少なくない。それでもガイドラインを出版し,国民や中医協の期待に答えていくという理学療法士協会の強い意志や誠実な姿勢は,多くの医療者関係者が見習うべきであることは言うまでもない。

 これまで臨床場面において,エビデンスに基づく医療(EBM)が十分に普及してこなかった要因として,時間がない,どう実践すれば良いかよくわからない,という2点が挙げられるが,本書はこれらを解消してくれるであろう。各疾患や領域におけるCQに対して,推奨,推奨の強さ,エビデンスの強さが端的にわかりやすく説明されているだけでなく,レイアウトも非常に見やすく統一感がある。「臨床の隙間時間に,既存のエビデンスをサッとスクリーニングしておきたい」「EBMとかよくわからないけど取り入れてみたい」という臨床家のニーズを,しっかり満たしてくれるだろう。

 今後,本書が起点となって理学療法の臨床や研究の水準が格段に前進することは間違いないが,さらに本書を手本に,われわれ作業療法士のような周囲の医療職においても,EBMの普及が進むかもしれない。5年後のリハビリテーション業界がどうなっているか楽しみである。そのくらいのインパクトをもたらしてくれる一冊である。

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