医学界新聞

STEAM教育で見つける

対談・座談会 木村 健太,小倉 加奈子

2022.02.14 週刊医学界新聞(レジデント号):第3457号より

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木村氏が勤務する広尾学園中学校・高等学校内のサイエンスラボにて撮影。
生徒たちは,写真奥のクリーンベンチを使ってiPS細胞の培養などの研究を日々行う。

大学入試の季節がやってきました。皆さんが高校生までに学習した内容は今,どう生きていますか? 「臨床や研究に役立っているのは英語くらい」だなんて,思ってはいませんか。医学とは一見縁遠い学問にも,日々の診療に生きる知恵があります。そのような学問の垣根を越えた学びの意義を教えてくれるのがSTEAM教育(MEMO)です。本紙では,中学校・高等学校でSTEAM教育を実践する教師の木村氏と,「医学はあらゆる学問と融合できる」として中高生に医学の面白さを伝える病理医の小倉氏との対談を企画。STEAM教育の意義や,医学教育で導入する際のヒントが語られました。

小倉 木村先生と初めてお話ししたのは,今からもう7年前になりますか。当時発足したばかりのNPO法人「病理診断の総合力を向上させる会」の活動の一環で,中高生向けに病理診断を体験してもらうセミナーを開催したいと考え,広尾学園に電話で問い合わせたのが始まりでした。

木村 気付けばもう長いお付き合いですね。小倉先生は大学教員でありながら,なぜ中高生を対象に活動を始めたのですか?

小倉 病理医の人材不足をどうにか解消したくて,そのためには病理診断に対する社会の認知度を上げなければならないと思ったからです。これからの社会を担う中高生にアプローチするのが最も効果的だと考えました。ところが数々の中学校・高等学校にいざ連絡を取るも,どこもすぐに断られてしまいました。

木村 確かに,学外の方から企画のご提案があってもすぐには対応できない学校が多いかもしれません。

小倉 それで途方に暮れていたところ,当時中学受験を控えていた息子と共に参加した御校の学校説明会がとても面白かったことを思い出したのです。脳科学者のMarylka Yoe氏やGoogle社・元CEOのEric Schmidt氏など,各分野の国際的第一人者を呼んで講義をしたり,生徒に研究活動を促し成果を国際学会で発表できる機会を設けたり,自由度の高い教育に感銘を受けました。「広尾学園なら,私たちの企画を受け入れてくれるかも!」と考え,連絡を差し上げた次第です。

木村 話を聞いた時に「これを実現しない手はない」と思いました。本校は約100年の歴史を持ちますが,つい10年ほど前は定員数の3分の1ほどしか生徒が在籍せず,廃校の危機に瀕していました。分子発生学の研究やIT分野での起業にかかわっていた私が一心発起,教師の道を歩むことを決めた頃,本校は学校改革の真っ只中でした。そこで私は,とにかく生徒が学ぶことを楽しいと感じられる環境をつくろうと提案したのです。本校では世界最先端の研究など学問の“本物”に触れられることを大切にしてきました。結果,今では1学年計240人の募集人員に対して3000人を超える受験者が集まるようになりました。小倉先生のご提案もまさに病理学の“本物”を提供してくださるものだったので,すぐに実現へと計画を進め,以降毎年開催していただいています。

小倉 セミナーの打ち合わせの際に印象的だったのが,「相手が高校生だからとレベルを下げずに,実臨床のありのままを生徒に見せてください」と木村先生がおっしゃったことです。そこで私は病理診断のセミナーだけでなく,有志の生徒さんを当院にお招きして外科手術を見学してもらう機会も設けました。他にも御校では,総合診療医である鈴木富雄先生(大阪医科薬科大学病院)のご協力の下,へき地に住む実際の患者さんの自宅にホームステイする「地域医療セミナー」も開催しているそうですね。なぜ木村先生はとことん“本物”にこだわるのですか?

木村 理由は2つあります。1つは,学問や職業の本質を理解した上で進路を選択してほしいからです。例えば多くの中高生にとって医学はなじみがなく,医療職の業務内容はイメージしにくいものです。将来像をつかめないまま医学部へ進学すると,不幸な思いをすることもあるでしょう。進路のミスマッチを防ぐためにも,先達の抱えるジレンマや苦労も含め,ありのままを知った上で将来設計をしてほしいと願っています。

小倉 医師は治療を通じて患者の人生を共に背負います。人間という存在への根本的な興味関心がなければ務まらない職業なのに,「理系科目が得意だから」と安易に進路先として選択される現状に私も問題意識を持っていました。もう1つの理由は何ですか。

木村 主体的に,興味を持った分野を突き詰めてほしいからです。現在の主な教育は「積み上げ型」です。各単元を学ぶ順序が一律に定められていて,基礎をクリアした子しか応用や活用にチャレンジできません。今学んでいる内容が将来的にどのような価値を生み,社会課題の解決にどうつながるのか。その意義を伝えたり共に考えたりせずに,教える側の都合に沿って指導するだけでは,生徒は学ぶことを嫌いになってしまいます。

小倉 学校の授業は,当初の授業計画からの脱線を良しとしない傾向がありますよね。教科書には課題とその答え,答えにたどり着くまでの思考方法までもが一義的に明示されていて,生徒の視野を狭めてしまうと思います。

木村 小倉先生のセミナーでは最低限の講義を基に,課題設定から解決まで全て生徒に任せていますよね。さまざまな問いを生徒が自ら生み出し,セミナー終了のチャイムが鳴った後も学びの手を止めようとしない――この状態こそ理想の授業の形であり,学びのあるべき姿です。

小倉 御校でのセミナーで以前,乳癌の病理診断を扱いましたね。乳腺外科医も交えて,検査から診断,治療方針までを生徒さんたちとディスカッションしました(写真)。治療方針は患者さんの経済状況や家庭環境なども考慮して決定するため,議論は多岐にわたります。難しいテーマにもかかわらず,皆関心を持って取り組んでくれたのが印象的でした。

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写真 小倉氏が広尾学園で主導する乳癌診断体験セミナーの様子。生徒たちはスライド標本を観察しながら,病理診断書を作成している。

木村 興味深いのが,セミナーを通して芽生える生徒の興味関心が必ずしも医学に限らないことです。高額療養費制度の話題から行政や法律分野に,あるいは検査機器の話題から工学に関心を抱く子もいます。このような学問領域にとらわれない教育は「STEAM教育」と呼ばれ,今まさに日本の教育業界全体への導入が進められています。

小倉 木村先生は現在,行政機関が主導する審議会やプログラムに委員として複数参画されています。国を挙げて教育の変革が進められている中で,STEAM教育はどのような位置付けにあるのでしょうか。

木村 初等中等~高等教育を中心に,これから導入すべき新たな教育の在り方の1つとされています(図12)。昨今の日本の研究力低下などに鑑みて2021年に内閣府で閣議決定された「第6期科学技術・イノベーション基本計画」では,教育・人材育成を一層強化する方針が定められました。本計画には文科省と経産省の双方が参画しており,多様な特性,意欲を持つ子供たち全員に対する効果的な教育体制についての検討が行われています。中でも経産省では,STEAM教育の実現に向けた環境整備として,企業や研究機関が制作したデジタルコンテンツを誰でも無料で閲覧できるプラットフォーム「STEAMライブラリー」事業を進めています。本事業には,小倉先生もコンテンツを提供してくださっていますね。

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図1  子どもたちの多様性を考慮した新たな教育体制(文献2より)

小倉 ええ。中高生~一般向けの学際的な教育コンテンツ「おしゃべり病理医のMEdit Lab」を提案しています。「医学×バイオ」「医学×歴史」など,学校教育でなじみのある学問分野や教科と組み合わせることで,医学を身近に感じてもらい,「学び方を学んでもらう」のがねらいです。

木村 日常生活で生じる問題や社会課題は学校教育で学ぶ知識につながっている。STEAM教育はこのことに気付いてもらう仕掛けづくりでもあるのです。小倉先生がまさに医学の分野で実践されていることですね。教材をつくる中で何か発見はありましたか?

小倉 医学はあらゆる学問と融合できる点です。例えばウイルスの感染経路や人体の免疫機構の仕組みからSNSにおける情報の伝播とその社会課題へ,病名の歴史から差別の問題や唯名論といった倫理・哲学の話題へと,医学を起点に幅広い分野と接続が可能なのです。学校で学ぶ教科・科目から医学に,あるいは医学から他分野に興味の枝葉を広げる手伝いを,教材を通じて実現したいと思っています。

木村 STEAM教育の最大の特徴は,「積み上げ型」ではなく「循環型」の学習ができることです(図23)。「循環型」とは,授業や書籍,Webから知識を得る「知る」工程と,研究やディスカッションを通じて新たな価値を「創る」工程を繰り返す学びです。医学から身近な教科・科目,さらに社会課題へと学びの範囲を拡大していく。このように,自分なりの「学びのストーリー」を構築できれば,生徒たちはそれぞれ主体的に学び続けられます。自分が「ワクワク」するものを起点に,興味を深く掘り下げて他分野にまで拡げる。ヒトの数だけ学びの入り口があるのがSTEAM教育の面白さです。

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図2  学習の循環型モデル(文献3より)

小倉 医学教育にもかかわる立場として私は,STEAM教育を大学医学部にも導入したいと考えています。幅広い分野の教養を身につけ,他科の知識も自分の専門科に活用する。多様な価値観を持った人々に寄り添うためにも,これからの医療人に求められる力です。

木村 そうですね。日々の診療で接する患者さんの人生には,心理学や哲学,宗教学,経済学などさまざまな学問が密接に結び付いていると思います。STEAM教育を医学部で実践する意義は大きいでしょう。具体的な構想はありますか?

小倉 例えば医学部の講義の中で,新型コロナウイルス感染症のパンデミックの話題を取り上げたとします。感染症学や免疫学の専門的な知識とともに,カミュの小説『ペスト』を取り上げてパンデミック時の人間の感情や行動様式を文学から学んだり,統計的手法でどのような政治的な介入が必要か社会学的に考えたりする。学生は医学の知識だけでなく,医療を提供する先で生まれる社会的な問題まで考察する力を身につけられます。

木村 面白いですね。文系/理系の枠を越えた学びであるのはもちろん,ミクロとマクロ,過去・現在・未来それぞれに視点を移しながら,多様な観点や考え方が学べるプログラムだと思います。特に「STEAM」のA(Art)の要素で感性を育めるのが本質的です。しかし現状,STEAM教育を大学に導入する気運は社会的にまだ醸成されていませんよね。どうすれば導入できるでしょうか?

小倉 まずはSTEAM教育の意義を知ってもらうことです。そのための取り組みとして,順天堂大学のアドミッションセンターではSTEAM研究会を発足し,活動をスタートする予定です。先述の「おしゃべり病理医のMEdit Lab」を用いたセミナーや,中学・高校の先生方や医師が混じって医学教育の在り方を考えるワークショップなどを通じてSTEAM教育を体験してもらいます。木村先生にも研究会に来ていただいて,医学部ではまだ認知度が高くないSTEAM教育の意義をぜひ話してもらいたいです。

木村 もちろんです。STEAM教育で大切なのは楽しむこと。われわれ教員も,生徒や学生と一緒にワクワクしながら楽しく取り組んでいきましょう!

小倉 私,「ついで」という言葉が好きなんです。「それ,私に関係ないし」じゃなくて「ついでにやっておこう」って。自分の専門外の分野でも,チャレンジすると思いがけない共通点を見出して別の場面で役立つことがあります。学習の中で「ついで」を連鎖させるSTEAM教育は,人生を豊かにする力も秘めているのではないでしょうか。

木村 同感です。私自身,起業に携わった経験が学校再建時やコースの立ち上げ時の経営的な観点に,研究を行っていたバックグラウンドが教育にそれぞれ生きており,全ての経験が今につながっています。STEAM教育の考え方は,人生全体にも意義を見いだせるものなのです。皆さんが感じる「ワクワク」を軸に,自分だけの学びのストーリーを見つけてほしいですね。

(了)

MEMO STEAM教育とは

 Science,Technology,Engineering,Art,Mathematicsの5つの領域を中心に,分野横断的な指導を行う教育概念。文系/理系の枠を越えた学びを通じて,「課題を自ら見つける力」「物事を多面的にとらえ解決する力」「新しい価値を創造する力」を身につけることをめざす。

 20世紀に米国で生まれたSTEM教育の概念が前身である。これにArt(芸術,リベラルアーツ)の要素を加えた「STEAM教育」は,研究者・教育者のGeorgette Yakman氏によって2006年に提唱された。日本では主に中高生の学校の授業に対する満足度の向上などのため,教育業界全体への導入が進んでいる1)。内閣府がめざす新たな社会「Society 5.0」実現に向けた教育・人材育成法の1つとしても期待される。


1)文科省.STEAM教育等の教科等横断的な学習の推進について.2021.
2)内閣府.総合科学技術・イノベーション会議.2021.
3)経産省.経済産業省「未来の教室」プロジェクト.2021.

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広尾学園中学校・高等学校 医進・サイエンスコース 統括長

2003年北里大理学部卒,05年同大大学院修士課程修了(理学)。IT分野での起業にかかわった後,09年より広尾学園中学校・高等学校で教師を務める。同学園評議員。11年度に新設された同学園医進・サイエンスコースの立ち上げから運営までをマネジメントする。医師や研究者等の育成を目的とした同コースから,20年度(卒業生73人)は50人の医学部合格者を輩出。一般社団法人STEAM-JAPAN理事,内閣府総合科学技術・イノベーション会議委員,経産省産業構造審議会商務情報分科会委員,同省未来人材会議委員,同省「未来の教室」STEAM検討ワーキンググループ委員,JSTジュニアドクター育成塾推進委員,東京都科学の甲子園運営委員等も担い,多方面から教育改革に携わる。

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順天堂大学医学部附属練馬病院 病理診断科 先任准教授

2002年順大医学部卒,06年同大大学院博士課程修了(医学)。18年より現職。順大練馬病院臨床研修センター副センター長,臨床検査科長。NPO法人「病理診断の総合力を向上させる会」のプロジェクトリーダーおよび理事を務める。編集工学者の松岡正剛氏が校長を務める情報編集の学校「イシス編集学校」において編集講座の指導陣を歴任。同社と共同開発した「おしゃべり病理医のMEdit Lab」が,経産省「未来の教室」主導のSTEAMライブラリー(20~21年度)に採択される。著書に『おしゃべり病理医のカラダと病気の図鑑』(CCCメディアハウス)など。

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