医学界新聞

対談・座談会 鈴木 基,磯部 哲

2022.02.07 週刊医学界新聞(通常号):第3456号より

3456_01_00.jpg

 2020年初頭からのコロナ禍では,新型コロナウイルス感染症(以下,新型コロナ)対策と,法が保障する社会活動とのバランスについて議論が続く。例えば,新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下,特措法)が規定する緊急事態宣言とまん延防止等重点措置(以下,重点措置)(表1)による外出・営業自粛要請が挙げられる。これらは新型コロナの拡大防止に寄与したとの意見がある一方で,人権制約の是非が議論になった。

 では感染症対策は,法が保障する社会活動や人権とどう折り合って実施されるべきなのか。政府の会議体などで新型コロナ対策に取り組む感染症疫学者と行政法学者の対話から,めざす方向を探る。

(2021年12月19日Web収録)

鈴木 コロナ禍が2年以上にわたり,医療体制だけでなく社会活動にも大きな影響を及ぼしています。私は厚労省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードで流行状況の分析,政府の基本的対処方針分科会で緊急事態宣言や重点措置の発出・適用時期の検討などに携わり,いかに社会活動を維持しながら有効な感染症対策を講じるのかを考え続けてきました。行政法・医事法を専門とする磯部先生は,法遵守の観点から新型コロナ対応に取り組まれてきましたね。

磯部 はい。医療や生命倫理における行政の権限行使をどう法的に規律するかを専門テーマとする私は,新型コロナ対応では政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の臨時構成員などを務めています。行政活動は法に基づき法に従うべきとする「法治主義」が蔑ろにされていないか,法執行の手続きが適正かなどに危機感を抱き,政府の新型コロナ対応を注視しています。本日は法的観点を踏まえて,感染症対策と社会活動の均衡をどうめざすべきかについて話し合えればと思います。

3456_01_01.jpg
表1 緊急事態宣言とまん延防止等重点措置の違い

鈴木 「誰かが感染することが,他の誰かにとっての健康リスクになる」。他の疾病と感染症が大きく異なる点です。感染症まん延の際には人が活動する全ての場所にリスクが潜在するため,広範な感染症対策を講じる必要があります。しかし社会活動全体に制限を課すとなれば,法的見地からも検討が求められるはずです。感染症対策はどこに注意して実施されるべきでしょうか。

磯部 感染症対策を徹底することが人権の制約につながり,さまざまなリスクが生じ得る点です。外出や営業の自粛要請・命令などの感染症対策を講じて人々の社会活動を広範に制限することで,日本国憲法が国民に保障する移動の自由や営業の自由などの人権が制約されます。また,休業や失職をはじめとする経済的ダメージによる生活困窮やメンタルヘルスの悪化など,新たなリスクも生じ得ます。政府はあらゆるリスクを考慮に入れて取捨選択を行い,人々が納得して受容できる感染症対策を実施するべきでしょう。

鈴木 感染症対策と人権保障の兼ね合いを整理いただきありがとうございます。新型コロナのリスク因子は不明点が多く,外出制限や都市封鎖の賛否も議論されるなど対策も手探りの状況です。すでに広範な活動制限が2020年から続いていますが,残念ながら当面は,新型コロナによる疾病負荷と対策に伴う種々の負荷を共に受容しながら試行錯誤するしかないでしょう。

磯部 行政法の立場からも,長期的な展望を持って新型コロナ対策を効果的に実施しながら社会活動とのバランスを取るのが必要不可欠です。鈴木先生はそのために何が重要だと考えますか。

鈴木 感染症対策と社会活動をトレードオフの関係にしている,「根幹部分」の課題解消の努力を社会全体で続けることです。具体的には,新たな治療薬・ワクチンの導入や,社会活動の制限によって人々が受ける経済的ダメージへの手厚い経済的補償・精神的ケア,感染者が不当に扱われない配慮などが求められるでしょう。

磯部 なるほど。先ほど鈴木先生がおっしゃった,新型コロナにおけるリスク因子の特定も重要ですね。コロナ禍が始まって2年以上が経過し,新型コロナの潜伏期間や特徴などの知見が積み重なりつつある現在なら,「Aのリスクに対処するには,Bの準備や対策が有効なので,Cなどの人権制限や行動制限が必要である」という,より実態に即したきめ細かい対策が可能になるのではないでしょうか。

鈴木 ええ。さらに言えば,社会でその合意を形成するのも重要です。専門家がリスクや対策の効果のエビデンスを示した上で,政府が透明性を持って感染症対策の意義を人々に伝えて信頼を得るのが不可欠と言えるでしょう。

鈴木 しかしウイルスの変異や感染拡大などの「現実」の動きが早過ぎて,「理想」とのギャップが埋まらない。これもコロナ禍の特徴です。これまで講じられた行動制限とその法的根拠について,ご紹介いただけますか。

磯部 日本では基本的に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下,感染症法)と特措法の枠組みで新型コロナに対応してきました。感染症法が感染症患者の入院措置を規定して公衆衛生の向上と増進を図る「平時の法律」であるのに対して,特措法は広く一般市民を対象に感染拡大を防止するために感染症対策を行う「有事の法律」です。新型コロナ対策では,特措法で規定された緊急事態宣言(第32条)と重点措置(第31条の4)が繰り返し発出・適用(表2)され,一般市民や飲食店に対する外出自粛や営業自粛などの行動制限が実施されました。行動制限を許容するには,当該措置の有効性が示されていることが求められます。社会活動の制限を課せられている人々や飲食店などが措置に従う上で,検証結果を重視するのは当然だからです。また,効果検証は今後の施策を考える上で欠かせません。これらの措置は感染対策上,どのような効果を発揮したのでしょう。

3456_01_02.jpg
表2 全国における緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置の適用状況(2022 年1 月現在)

鈴木 国立感染症研究所では,2021年4月以降に発出・適用された緊急事態宣言(3回目)と重点措置が新型コロナの流行動態に及ぼした効果の検証を,複数の大学と共同で行いました1)。検証の結果,重点措置の対象となった16都道府県のうち6県で,緊急事態宣言では対象となった10都道府県のうち9都道府県で実効再生産数が1を下回りました。それぞれ平均的な実効再生産数の相対的減少は2~19%,26~39%と推定されています。また地域差はあれど,いずれの措置においても,新規感染者数の減少も示唆されました。しかし,これらの措置の効果について再現性や因果関係を評価するのは難しく,解釈には注意が必要です。

磯部 その理由を教えてもらえますか。

鈴木 措置による対象の変化を特定できず,観察データから因果関係を確立できないためです。緊急事態宣言や重点措置は一般市民に外出自粛を,飲食店には営業自粛を要請する一連の施策の組み合わせです。対象となるのは,例えば東京都では1400万もの人々です。つまり,どの施策によって,誰が,いつから,どのように行動を変容させたかが分析できないのです。少なくとも現在入手可能な観察データからは,措置と流行の因果関係に迫るのは不可能に近いと言えます。

磯部 限界があるとはいえ,緊急事態宣言や重点措置によって実効再生産数や新規感染者数が減少するという定量的な数値が提示されたのは,大きな意味を持つと思います。

鈴木 ええ。しかし先述の通り社会全体に幅広く講じられた対策の効果について因果関係を示すのは大変難しく,加えて人々の行動把握に資する詳細なデータを収集することは個人のプライバシーなどの倫理的問題を孕みます。この難問をどう解決するか。今後私たちが考えなければならない大きな課題です。

磯部 2009年の新型インフルエンザ(以下,新型インフル)のパンデミックを受けて12年に特措法が制定され,翌年には感染拡大段階に応じた政府行動計画が策定されました2)。これは,新型コロナの初動対応において大きな基盤になったと思います。しかし特措法は本来,新型インフルに対応する法律です。特措法の枠組みでどこまで新型コロナに対応できたかは,改めて検証すべきでしょう。鈴木先生は特措法の射程をどう考えますか。

鈴木 特措法が制定されていたことは大いに評価すべきだと思います。一方,同法では新型コロナに十分に対応できなかった点もありました。新型コロナは潜伏期間が約5日3)註1)と季節性インフルより長く,二次感染の多くが発症前に起こるなど,特措法が想定する新型インフルとは異なる特徴を持っています。また,新型インフルではプレパンデミックワクチン(註2)の備えがあり,国内のワクチン製造体制も整備されていました。

 さらに言えば,特措法制定時には緊急事態宣言の複数回にわたる発出は想定されていなかったのではないでしょうか。感染拡大時に緊急事態宣言を1回発出し,その間にパンデミックワクチンを製造して流行を抑え込むシナリオだったと思います。

磯部 同感です。1回きりの短期間の発出であれば,経済的ダメージは限定的だったでしょう。しかしコロナ禍では感染拡大の「波」がたびたび発生し,抑制のために緊急事態宣言と重点措置が何度も発出・適用されました。長期間にわたる営業自粛などを余儀なくされた飲食店の経済的ダメージは計り知れません。今後も新型コロナの対応が継続することを見据えて,より妥当性を持った法制度の在り方を議論する必要があると考えています。

 議論に際しての検討事項の1つに,法のスタンスが挙げられます。現在,特措法では基本的に強制ではなく自粛を要請する「お願いベース」(註3)で人々に行動変容を求めています。「お願い」を受けて,多くの一般市民や飲食店などが自粛の要請に従っています。自粛要請が行動変容に結び付く背景はどこにあるのでしょうか。

鈴木 「周りが従っているのだから,自分も従わなければならない」という共同体的な同調圧力が働いたのではないでしょうか。結果,個人よりも社会全体の利益を考えた行動が自発的に取られ,感染者数の抑制につながったのだと思います。

磯部 もちろん感染者数が低水準でセーブされているのは,望ましい状況です。しかし同調圧力に基づく自粛は,諸事情から要請に従うのが難しい少数者に対する差別や偏見につながりかねない点に注意が必要です。日本国憲法が保障する少数者の人権が同調圧力で侵害されていないかは,よく注視するべきでしょう。

鈴木 先ほど効果検証で見たように,2021年4月時点では緊急事態宣言や重点措置の発出・適用による効果が示され,同調圧力に基づく自粛要請は機能していると言えます。しかし回数を重ねるたびに機能が低下しているのが多くの人の実感でしょう。人流や接触の減少など感染症対策に「お願いベース」でどこまで実効性を持たせられるかは,政府の基本的対処方針分科会でも議論になっていました。罰則を含めた行動制限のような,従来より個人の権利をさらに制限する手段の導入について,磯部先生はどう考えますか。

磯部 確かに選択肢の1つではあります。しかし活用できる場面は相当限定的でしょう。感染している人もしていない人も十把一絡げに行動制限を課す都市封鎖などは,規制目的達成に対する過剰な手段と見なされる可能性が高いためです。これらが本当に必要なのか,必要だとしてもどの場面に対してなら活用できるのか,熟議を尽くさなければなりません。

鈴木 どこまでの自由の制限なら公衆衛生のために許容されるかは,感染症の専門家だけではなく,法的見地など人文科学・社会科学分野の研究者を含めた幅広い検討が欠かせませんね。

磯部 さらに言えば,取り得る手段の是非を含めて今後の社会の方向性を見据えた国民全体の議論が必要です。感染症対策は社会における全ての人に対して影響を及ぼすためです。

鈴木 同感です。新型コロナ収束後も,新興感染症はいずれまた出現します。今後,議論のための土壌整備には何が求められるのでしょうか。

磯部 社会の一人ひとりが感染症対策を「自分ごと」としてとらえることです。その上でマスク着用や手指消毒などの個人による実践だけでなく,人々が行政と連携する“公私協働”も重要だと考えています。好事例として,新宿歌舞伎町などの「夜の街」による自主的な感染対策の取り組みが挙げられます。ホストクラブなどの事業主が,従業員らの生活を守るために新宿区長など行政と対話を行いながら,率先して感染症対策を実施しました。行政も臨機応変かつ迅速に協力してコミュニケーションを取り,行政と事業主が信頼関係を構築できたのです。

鈴木 先進的な取り組みですね。人々が自律的に感染症対策を行い,行政がそれを積極的に協力・支援する。それは私たちがめざすべき社会の基礎を成すとも言えるでしょう。

磯部 冒頭で鈴木先生がおっしゃった,感染症対策と社会活動をトレードオフの関係にしている「根幹部分」を解消する方策にもつながりますね。

 このアプローチをはじめとして,コロナ禍で見いだされた教訓を検証して議論の出発点とすることは,次なる新興感染症に備えるために必要不可欠な“宿題”です。

鈴木 そう思います。パンデミックの先にある社会を見据え,全ての人々が主体的に参加する議論こそが,今求められているのです。

(了)


註1:第6波で流行しているオミクロン株については,3日ほどとされている4)
註2:新型インフルエンザウイルスが発生する前の段階で,鳥―ヒト感染の患者または鳥から分離されたウイルスから製造・備蓄されるワクチン。新型インフルエンザ発生後にはこれを基にパンデミックワクチンを製造する。
註3:2021年法改正に伴い,特措法には罰則が盛り込まれたものの,原則は要請に基づく「お願いベース」を維持している。

1)国立感染症研究所.まん延防止等重点措置と緊急事態宣言が新型コロナウイルス感染症の流行動態に及ぼした効果に関する定量的評価(暫定版).2021.
2)内閣官房.新型インフルエンザ等対策政府行動計画.2013.
3)厚労省.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き・第6.1版.2021.
4)国立感染症研究所.SARS-CoV-2の変異株B.1.1.529系統(オミクロン株)の潜伏期間の推定:暫定報告.2021.

3456_01_03.jpg

国立感染症研究所感染症疫学センター長

1996年東北大医学部卒。博士(医学)。長崎大国際連携研究戦略本部ベトナム拠点プロジェクト・ニャチャン分室特任助教,同大熱帯医学研究所臨床感染症学分野准教授などを経て2019年より現職。専門は感染症疫学。03年以降,国境なき医師団のミッションとして海外のフィールド活動にたびたび従事。16~20年にかけて,国境なき医師団日本の理事を務めた。

3456_01_04.jpg

慶應義塾大学法科大学院教授

1995年慶大法学部法律学科卒。博士(法学)。獨協大法学部准教授などを経て2013年より現職。専門は行政法と医事法。12年より日本医事法学会理事。法務省司法試験考査委員,厚労省医薬品等行政評価・監視委員会委員長などを歴任。行政法・医事法の観点から多くの論考を発表している。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook