医学界新聞

書評

2022.01.24 週刊医学界新聞(看護号):第3454号より

《評者》 エルム女性クリニック院長

 周産期にかかわる医療職の方々は,この書評を読むまでもなく,もう既に2021年3月に発行されるのを待ちわびて購入された方が多いと思います。満を持しての日本語訳版の発刊と言っても良いでしょう。原語版(英語)が2018年に発表されてから3年目にしてようやくでしたが,ボリュームの多い原語版だったので,読み切るのにも時間を要し,大きな話題になることも少ないままでこの3年が経過していました。私も今回,日本語版を読むに当たり,まずは原語版を一度読み通してみました。

 25年前の原語版タイトルは「Care in Normal Birth:a practical guide(正常分娩ケア:実践ガイド)」ですが,今回の分娩期ケアガイドラインを一通り読むことで,「ポジティブ」「出産体験」という用語を新たに用いた目的は,このガイドラインを通して貫かれていることに気が付くと思います。

 出産にかかわるガイドラインは,私たち,すなわち主に「異常妊娠や分娩」が守備範囲である医師がかかわっていることが大部分です。医師主導の場合だと,どうしても背後には「見落としを減らす」「医療訴訟を減らす」「ハイリスクへの対応」「医療介入による予後の改善」という,一部過剰な検査や処置に向かうことでの予後の改善,という幻想に歯止めがかけられず,研究のエンドポイントも,多くの正常分娩に対してよりも,むしろ異常分娩に対するエンドポイントを設定した研究に主体が置かれてしまいがちです。しかし,多くの出産は,本来,生理的なものであり,しかも介入により,むしろ正常経過から逸脱してしまったりする場面が多くなることが,以前から指摘されていました。異常妊娠・分娩から見た経過は,確かに正常からの逸脱を発見することが重要ですが,しかし,医療行為によって,その逸脱が大きくなることに,実は多くの医師は気が付いていないということがあります。

 ちょうど,日本での産婦人科医師中心の日本産科婦人科学会の周産期委員会で,それまで分娩経過の評価を古典的なFriedman曲線から,Zhangらの定義に変更する提案がされましたが,これによって経過が異常とされた「生理的な分娩経過」の方の多くが帝王切開にならずに済むことが期待されます。

 本書でも触れられていますが,分娩監視装置(胎児心拍数モニタリング)などを継続的に使うことによる弊害は,多くの胎児心拍数モニタリングの教科書には全くと言っていいほど触れられていません。胎内の胎児の状態を唯一明らかにしてくれる情報(幻想)である胎児心拍数をモニタリングすることで,胎児の状態がre-assuring(安心できる状態)であることが安全に分娩できることの必須条件なのです。これによって生まれる児の予後が改善するであろう(幻想)という目的で,ほぼ全ての分娩で行われている検査法ですが,主に医師は,分娩時に装着されていなければ安心できない“non-reassuring doctor”に陥ってしまうのです。産科医療保障制度の再発防止に関する報告書にしても,さらには,助産実践能力習熟段階(CLoCMiP®)の講習・評価においても,この胎児心拍数モニタリングの異常所見の高い山脈を登頂することが求められている現状では,古式ゆかしきトラウべ聴診器を持ち出すことなど,医師や看護管理職の方たちの前では,とてもできそうにない行為となってしまっているのです。

 私も,学生さんや産婦さんに説明するときには,お産は百人百様,どのお産が正常というよりも,どのお産も個人差があるのが普通で,気を付けなければならないけれど,自然の仕組みをしっかりと守ってお産するのが正解です,と言っています。

 ガイドラインの中には,必ずしもどんな産婦さんでも当てはまることが書かれているわけでもありません。ですから,法律のような第〇条,という条文ではないはずです。WHO/UNICEFの「母乳育児がうまくいく10のステップ」もステップという名称に訳したのと同様に,今回の訳書には,初版のガイドラインのように56条というタイトルは不向きであり,56の推奨項目,として訳されているのは大きな前進です。

 また,現在,エビデンスの中には,まだ検討が不足している部分が多いまま取り残されてしまっているものもあります。例えば,今回の改訂で産痛緩和のことが積極的に取り入れられていますが,もう一人(あるいは複数)の生命,被観察者である新生児への影響や,母乳への影響,授乳への影響などの点は検討されていません。新生児への影響などがエビデンスとしても明らかになった場合は,また別の結論になっていく可能性もあります。また,子宮口が全開大になってからの経過が非常に長くなると,産後の弛緩出血のリスクが非常に高まります。それらのことについても触れられていないというのは,普段から出産や新生児,母乳育児を見ている立場から言えば,物足りなさも感じます。

 ガイドラインを読む時には,まとめられた推奨項目だけを読むのではなく,むしろ,編集をした委員たちの注釈部分を特に深く,そして参考文献を読むべきです。そのことによって,新たな臨床的疑問も湧き出てきます。その疑問を周産期に携わる若い世代の方々が,今後どのようにエビデンスを発見していくのか,普段から一人ひとりの産婦に向き合い,そして,産婦がポジティブな出産体験を得るために,自分たちができることを工夫するという繰り返し,臨床応用することが最も大事なことと言えるでしょう。

 最後にこの推奨項目は,さまざまなリスクのある妊娠や異常分娩においても,ある程度の参考とはなりますが,当てはまる部分は限られたものであることに留意しなければなりません。当然,リスクや異常を早期に発見されて正常分娩の対応と同じようにポジティブな出産体験に結び付けるという工夫も可能です。しかし,リスクを早期に発見し,そして異常を早期に発見することは,このガイドラインを守るために最も重要な役割にもなります。そこには,普段から出産に寄り添う医療職の正しい医学知識と多くの経験が必要とされます。どんなに優秀な人工知能を持ったコンピュータが現れようとも,その役割にとって代わることは不可能なのです。


《評者》 東大大学院教授・老年看護・創傷看護学

 本書『現場で使える クリニカルパス実践テキスト 第2版』では,クリニカルパス(以下,パス)の持つ意義を最大限引き出しながら,活用するための基本的ノウハウから実例を踏まえたヒントまで,実践ポイントがふんだんに盛り込まれている。初版と比べるとパスの組織づくりや運用の実例などの内容がさらに充実しており,これからパスを学びたい人はもちろんのこと,すでにパスにかかわっている医療職にもぜひ手にとっていただきたい一冊である。

 パスで重要な点は“患者中心”のアウトカム達成にある。最近入院した友人が見せてくれた入院時の説明の中に,患者用パスが含まれていた。友人は,退院後の予定をあれこれと話し,手術に対する大きな期待を語ってくれた。その話を聞きながら,パスは不安の除去ばかりでなく将来への希望をつなぐ大切な手引きであることを実感した。医療者にとってパスは,最適効率で患者目標を達成し,在院日数短縮をめざすために非常に合理的な方法であることは違いない。ただ,われわれが忘れていけないことを著者らは何度も強調している。誰のためのパスなのか,業務の効率性を優先するのでなく,あらためて患者中心のパスであるという極めて大事なマインドを思い出させてくれる。

 20年以上も前,褥瘡ケアのパスをつくる企画を担当していたことを思い出した。何をゴールにパスをつくるのか,その時ほど悩んだことはない。褥瘡治癒をゴールとするなら,その期間はもちろん重症度で異なり,その基礎疾患で大きく異なる。また,治癒には少なくとも半年単位で考える必要があり,入院中の患者はパスでは解決できない状況にあった。この20年間の大きな変化は,病院中心の治す医療から治し支える医療へと,地域に住み続ける療養者支援に大きく舵を切ったことにある。つまり地域包括ケアシステムの導入により,療養場所が病院から,施設,在宅などへと変わっていく。さらには長期にわたってフォローアップが必要であることを常に想定した医療体制が必要となる。だからこそ,チームの共通理解のもとに,地域連携クリニカルパスの実装が求められる。この2版には初版では詳しく触れていなかった連携パスの組織づくりや実装部分がフォーカスされている。

 この書を参考に,電子化パスを踏まえて,褥瘡クリニカルパスの作成を関連学会に再度提案しようと思う。

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