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『トップジャーナルに学ぶ センスのいい科学英語論文の書き方』より

連載 ジャン・E・プレゲンズ・著,岩永敏彦・執筆協力

2021.12.17

 読み手を惹きつける,センスのいい英文を書くためのコツはあるのでしょうか?
 長年多くの大学でサイエンス・ライティングを教え,英文校閲にも携わるジャン・E・プレゲンズ氏が,新著『トップジャーナルに学ぶ センスのいい科学英語論文の書き方』で,読者の目を引く論文の書き方について,一流誌の最新論文を引用しながら解説します。「医学界新聞プラス」では本書のうち,論文の質を高める上で欠かせない「ロジック」「アウトライン」「フック」の3つのポイントを3回にわたり紹介します。

Point

  • ・Discussionにおいて絶対的な記述に対して慎重になるときは「It appears / seems / suggests」が便利.
    ・議論が感情ではなくロジックに基づくものであることを示すために,Discussionでは主観的な形容詞を避ける.
    ・科学論文では “イタチ語”を避ける.

 論文の考察 Discussionは,説明的な書き方を求めているし,議論を好むところです.議論はロジック logic(論理,論理学的思考)を必要としますが,それには2つの手法,つまり演繹法と帰納法があります.

演繹法は前提が大切

 1つは演繹法 deductiveで,議論の基礎となる主な根拠(前提)から始めて結論を導くものです.わかりやすくいえば,「××だから,○○である」という論理を数珠つなぎにしていき,結論を引き出す方法です(図5-1). 

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図 5-1 正しい演繹法のロジック

 私は大学で文学を専攻していたのですが,演繹法のロジックの正しい使い方と間違った使い方を示すのに,とてもよい文学作品があるので,みなさんに紹介します. 正しい使い方の例は,トルストイ Lev Nikolayevich Tolstoyの『イワン・イリイチの死 The Death of Ivan Ilyich』に登場します.主人公であるイワン・イリイチは,自分が病気の末期状態であることを悟ります.このとき彼は,論理学で勉強したことを思い出します. 

The syllogism he had learned from Kiesewetter's Logic: “Caius is a man, men are mortal, therefore Caius is mortal,” had always seemed to him correct as applied to Caius, but certainly not as applied to himself.

昔キーゼヴェッターの論理学でこんな三段論法を習った. 「カエサルは人間である.人間は必ず死ぬ.したがってカエサルはいつか死ぬ」彼にはこの三段論法がカエサルに関する限り正しいと思ったが,自分に関してはどうもそう思えなかった.

トルストイ『イワン・イリイチの死』

 間違った使い方は,フランスの劇作家ウジェーヌ・イヨネスコ Eugene Ionescoの『犀 The Rhinoceros』という作品に出てきます(注1).

注1 イヨネスコによる Rhinoceros Act One(抜粋)は,Derek Prouseにより英語に翻訳され,Penguin社から 1962年に発行された. 

LOGICIAN [to the Old Gentleman]:Here is an example of a syllogism. The cat has four paws. Isidore and Fricot both have four paws. Therefore Isidore and Fricot are cats.
OLD GENTLEMAN [to the Logician]:My dog has got four paws. 
LOGICIAN [to the Old Gentleman]:Then it's a cat.

LOGICIAN:三段論法の一例を示そう.猫は 4本足である.Isidoreと Fricotのどちらも 4本の足がある.したがって,Isidoreと Fricotは猫である. 
OLD GENTLEMAN:ウチの犬は 4本の足があるぞ.
LOGICIAN:なら,そいつは猫だってことだ.

ウジェーヌ・イヨネスコ『犀』

 私たちはこれがユーモラスであることはわかります.なぜなら本質的な間違いを見るからです(図5-2). 

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図 5-2 間違った演繹法のロジック

 演繹法における重要な点は,それが作る前提です.もし「All X are Y.」が完全な意味で真実でなければ,図5-1は成り立ちません.

 これが,科学論文の考察が絶対的な記述を使うことに非常に慎重になることの理由です.そこで「It appears / seems / suggests」のようなフレーズがよく使われます.前提が崩れるかもしれない弱点については,著者は「the question remains」や「further research is needed to show / determine」などのフレーズでもって,読者に知らせなければなりません.

帰納法は統計が大切

 ロジックの 2番目のタイプは,帰納的 inductive論理です.演繹法とは対照的に,多くの観察事項(事実)から類似点をまとめ上げることで,結論を引き出すという論法です(図5-3).

図5-3.png
図 5-3 正しい帰納法のロジック

 この場合,例外がありえることは危険です.研究にはしばしば多数のサンプルが必要となるからです.ケーススタディは非常に興味深いのですが,それはたった 1つの例でしかありません.統計学的証拠がなければ,それは証拠を出したことにはなりません(図5-4).

図5-4.png
図 5-4 間違った帰納法のロジック

 そして統計そのものが怪しい場合があることをわれわれはよく知っています.アメリカのユーモア作家であるマーク・トウェイン Mark Twainの有名な言葉を思い出してください(注2).

 There are three kinds of lies: lies, damned lies, and statistics.
嘘には 3種類ある.それは「嘘」,「大嘘」,そして「統計」である.

マーク・トウェイン

注2 トウェインの格言として有名だが,実は彼自身の発した言葉ではない.トウェインは,イギリスの首相にもなった小説家ベンジャミン・ディズレーリ Benjamin Disraeliの言葉として紹介している(ただし,実際はディズレーリの言ではないとする説もある). 

ロジカルな論文にするコツ

 自分が執筆するときはもちろんですが,他者の論文を読むときも,その論文が正しいロジックに基づいているかをつねに意識しなくてはなりません.
 最後にロジカルな論文にするコツを 3つ紹介します.

1)議論は感情ではなく,根拠とロジックに基づいています.Discussionの部分では amazingや outstandingなどの主観的な形容詞を頻繁に使うべきではありません.

2)科学論文では,いわゆる「weasel words(イタチのような言葉)」を避けるべきです.イタチは捕まえたり手なづけたりすることが難しい動物であると考えられています.それらはわれわれの手から容易にすり抜けてしまいます.often,most,usuallyのような言葉がイタチ語で,曖昧で議論を結びつける決定的な証拠とはなりえないものです.

3)われわれは2,30年前には存在しなかった流行りのバズワード(注3)や時宜を得たトピックスを目にします.私はそれらに意味があるかないかを問題にしているのではありません.私はただ,流行りにのろうとして結論ありきで研究を始めたり,証拠を探したりすることを注意しているだけです.あなたが他の人の論文を読むときにするように,つねに自分自身の研究を振り返って書いてください――そう,批判的に.

注3 一般人を感心させたり,注目を集めたりするのに使われる専門用語やキーワードで,特定の領域で頻繁に登場するが,実際は定義があいまいなことも多い.

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目を引く論文を書くには,コツがいる!

<内容紹介>長年にわたり多くの大学でサイエンス・ライティングを教えてきた著者が,満を持してまとめる科学英語論文の極意。一流誌に採用された論文は,ライティングも一流である。センスの良い英文は,実験結果に高い説得力と魅力を与えてくれる。本書には,英語の文章構成論,場面に合う単語選び,シグナルワードやフックの活用など,論文の質を高めるコツが満載。エディターの目を引く論文で,ワンランク上のジャーナルへの掲載を目指せ!

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