医学界新聞

寄稿 大熊 裕介,福田 博政,河野 隆志

2021.12.20 週刊医学界新聞(通常号):第3450号より

 2019年6月より保険診療でのがん遺伝子パネル検査が実装された。2021年10月時点で,がんゲノム医療中核拠点病院(12機関),がんゲノム医療拠点病院(33機関),がんゲノム医療連携病院(183機関)において,多くのがん種の患者にがんゲノムプロファイリング検査(Comprehensive Genomic Profiling:CGP)が実施されている。検査の手順は次に示す通り。

 まず,担当医は患者に十分な説明を行い同意を得る。その上で患者情報はがんゲノム情報管理センター(C-CAT)ポータルに登録をし,検体は臨床検査企業に提出。さらにこの時,データの学術研究や医薬品等の開発への利活用への可否についても患者に意思の確認をする。担当医・医療機関はその後,検査結果とともに,C-CATより受け取ったC-CAT調査結果を基にして,エキスパートパネル(専門家会議)を開催。適応外使用等のがん薬物療法ないしは試験治療が推奨される流れとなっている()。

 肺がんなどで実施されているような特定の薬剤投与にひもづいた限られた遺伝子を調べるコンパニオン診断検査と異なり,CGPを実施するためにはこれらのさまざまな手順を踏む必要がある。そのため,診療医や医療機関にとっては,検査アクセスに関して敷居を感じるかもしれない。

 がん遺伝子パネル検査では多くの遺伝子の情報が一度に得られることから,将来の治療開発や疾患の病態解明への利用も考えられる。米国ではこれまで専ら商業ベースで遺伝子情報が収集されていたものの,近年,米臨床腫瘍学会によるmCODE(minimal Common Oncology Data Elements)や,米癌学会によるGENIE(Genomics Evidence Neoplasia Information Exchange)といった臨床情報と検査結果の両情報の収集を行うプロジェクトを,学会主導で開始した。一方,本邦では米国の取り組みに先駆けて,いち早くC-CATがCGPによる遺伝子情報とがんの背景や治療,予後といった臨床データを収集しており,応用に向けて動き出そうとしている。

 C-CATは,国が推進するがん対策基本法に基づく第3期がん対策推進基本計画における重要課題の一つである,がんゲノム医療の新たな拠点として2018年に開設され,全国のゲノム医療の情報を集約・保管し,かつその情報を新たな医療の創出のために適切に利活用していく仕組みを構築してきた。C-CATはがん遺伝子パネル検査の結果と臨床データを集積するマスターデータベースである,がんゲノム情報レポジトリーと,変異の意義付けとひもづく治験や臨床試験の情報を集積した知識データベース(Cancer Knowledge DataBase:CKDB)を保有している。

 さらにC-CATには,臨床データ,検査結果とともに,検査で得られたゲノム元データ(BAMファイルなど)が集積されており,2021年10月末時点で,2万例以上のデータが蓄積されている(図1)。全国の登録症例の遺伝子変異や定期的にアップデートされる臨床試験・治験の情報は,匿名化の下,C-CATが提供する診療検索ポータルを介し,がんゲノム医療中核拠点,拠点,連携病院で閲覧できる。

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図1  C-CATに集積される遺伝子パネル検査データの月症例数の推移(2019年6月~21年10月,保険診療分)
がん遺伝子パネル検査が2019年6月に保険収載されて以降,C-CATには臨床データ,検査結果とともに,検査で得られたゲノム元データが集積され,2021年10月末時点で2万3768例のデータが集められている。

 C-CATへ自身のデータを登録することに同意した患者の99.7%は,学術研究や医薬品等の開発のためのデータ二次利活用にも同意をしている。そこでC-CATは,2021年10月より研究・開発を目的とした「利活用検索ポータル」をリリースした(図2)。企業やアカデミアは,情報利活用審査会の適正な審査下で,二次利活用に同意した患者の匿名化データをがん種,遺伝子変化,薬剤名,治療効果などで検索し,結果を閲覧できる。このポータルサイトの利用により,日本人のがんでは,特定の遺伝子変化がどのくらいの頻度で生じているか,遺伝子変化と病態や治療への応答性・有害事象(副作用)に結び付きがあるかなどを調べられる。また,特定の遺伝子変化を持つがんの患者数が把握可能となり,日本人に適した抗がん薬の臨床試験の計画や実施が促進されると考えられる。さらに,登録されている大規模データを用いた研究により,新しいがんの診断法や治療法の開発も期待されている。

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図2  利活用検索ポータルの概要(2021年10月運用開始)

 これらの取り組みはがん遺伝子パネル検査結果などの情報集約を背景として,早期承認制度,患者申出療養制度などを通じた薬剤到達効率の向上,新規治験・臨床試験立案を促進することで,結果的にはがん遺伝子パネル検査後の治験・臨床試験による治療選択を拡充させることを目的としている。さらには市販後調査,薬事申請,費用対効果分析など,国によるがん対策立案等の政策決定への利用も考えられる。

 保険診療下に行われるがん遺伝子パネル検査のデータや臨床情報は,将来への資産となるものであり,その集約・利活用を行う仕組みは社会的インフラとして重要である。DIKWピラミッドと呼ばれる階層があるように,データ(Data)の蓄積は,情報(Information)となり,解析を加えることで知識(Knowledge)がさらに洗練され,知(Wisdom)となる1)。患者・医療者・研究者・企業が参画,協働することにより,DIKWピラミッドが機能し,がんゲノム医療が発展していくことに大きな期待を持っている。


:推奨される治療薬剤が実際に投与される患者の割合は10%程度であり,推奨される治療薬を提示できないことも多くある。

1)Ackoff R. From Data to Wisdom. Journal of Applied Systems Analysis.1989;16:3-9.

国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター(C-CAT),国立がん研究センター中央病院呼吸器内科

国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター(C-CAT)

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