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書評
2021.11.29 週刊医学界新聞(通常号):第3447号より
《評者》 渡邉 博幸 木村病院院長
精神科シンプトマトロジーは滋味溢れる温かいシチューのよう
本書は,病者との丹念で真摯なやり取りによって,その苦悩に輪郭を与え,丁寧な支援の足掛かりとすることを長年大切に実践してきた治療者たちが,源流にさかのぼった「精神症状」の解説だけでなく,彼らの臨床の心構えや大切な視点も交えて,わかりやすく説き起こし,多くの医療にかかわる人たちと共有することを願って編まれています。
“症状学(シンプトマトロジー)”と聞いて,皆さんは何を連想しますか? 昔話で恐縮ですが,精神科では,週に1回,Terminologie(テルミノロギー)という研修医向けの講義がありました。用語のみならず,その説明文までドイツ語でしたので,翻訳するのに精一杯,もちろん,入局1か月ほどの青二才で,実際診療として経験していないものですから,訳してもちんぷんかんぷんで,その時の講義内容をよく覚えておりません。しかし,講義が終わると,先輩や同僚合わせて8人ぐらいで一緒に夕飯となるのですが,普段近寄りがたい先輩方がとても冗舌になり,さっきのいかめしくゴツゴツしたドイツ語の塊を砕いて,“十八番”の苦労話や自慢話を交えて話し出し,その楽しさやワクワクした感じだけが今なお心に残っています。
本書の構成は,全体の44%を占める総論と,あいうえお順に見開き1ページにまとめられた各論からなります。総論は,精神症状の理解,とらえ方,治療関係とのつながりなど,精神症状を扱うための重要な枠組みについて,非常に丁寧に語られています。各論は,人口に膾炙しているものの,ともすると言葉が独り歩きしてあやふやな使い方になりがちなもの,提唱者の意図を解せずに不確かなまま用いると患者や治療者自身に負の影響を与えかねないものも含めて厳選し,簡潔かつ具体的に解説しています。症状を治療的に扱う留意点や工夫にも丁寧に触れています。
本書には,どこを抜粋しても,“冷めた料理”のような記載はありません。反対に,編著者と病者との誠実な交流を通じて,その苦悩をとらえて,言葉として取り扱い得る形にすることにいかに専心しているのか,そして,その努力こそが対象を人として尊び,丁寧な支援をするための大前提であることを思い知ることになります。彼らの紡ぐ言葉の息遣いや心遣いを追体験する貴重な機会になるでしょう。
例えるならば,孤独な診療が終わって帰路に着く途中に,思わず唾をごくりと飲み込むような匂いで湯気立つシチューが用意されていて,「一緒に食べよう」と誘ってもらえたときの気持ちかもしれません。
1つの精神症状について,膝を合わせて口角泡を飛ばし,ああでもないこうでもないと,鍋を突付きながら語り合う光景は,もう何年も精神科の現場から失われてしまったかに見えます。ましてや今は,ノスタルジアなどと淡い言い様ではなく,現実として許されない状況に日本中の医療現場が晒されています。
そのような日常を負っても,1週間に1つずつでも味わい進められるよう,52個のテーマに絞って編んだ本書の構成に,読み手を誘う編者の温かな眼差しを感じるのです。
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