医学界新聞

研究データの品質管理で不正を防ぐ?(前編)

寄稿 飯室 聡

2021.11.29 週刊医学界新聞(通常号):第3447号より

 「研究不正をあらためて取り上げるのはなぜ?」という疑問の声が聞こえてきそうなタイトルである。まずは本稿の趣旨を明確にしよう。全2回にわたって「研究不正」とは何かを見直し「不正」にわれわれ研究者はどう向き合うべきかを考察するのが目的である。前編となる今回は,散見される「研究不正」について筆者が感じていることを踏まえ,「研究不正」とはどのようなものかを論じる。後編となる次回では,筆者が研究代表者を務めるAMED研究公正・法務部の事業と,JST/RISTEXの事業における議論を踏まえて,「研究不正」の発生機序という観点からデータ管理の基本的な考え方について検討する。

 研究不正事案がメディアを賑わせている。2020年以降に限定しても,論文に恣意的なデータ操作が認められたとして複数の大学から論文撤回の報告書が提出されている。10年ほど前のディオバン事件は,2018年の臨床研究法成立へとつながった。研究に対する疑義は,アカデミアの基礎研究や臨床研究の不正に対してだけではない。産業界のデータ不正も同様に多く報道されている。

 筆者は臨床研究支援,特にデータ管理を専門とする。不正事案を見て常に抱く感想は(不正を事前に防止できなかった点はいったん脇に置いて),事案が発生した際に行う検証になぜ多大な時間がかかるのか,なぜすぐに報告書が作成されないのか,である。

 臨床研究では,監査証跡(データ収集システムにいつ,誰が,どのデータを入力・変更したかの履歴が時系列に記録され消去されないこと)と種々の文書記録により,疑義事項につながる経過をたどることができる。アカデミアの臨床試験に企業治験ほどの監査証跡がないとしても,プロトコルやデータ定義書,解析用データ,解析プログラム等の記録が残っていれば,疑義について,いつ,誰の,どのような操作のために発生したのかの追跡はある程度可能である。

 監査証跡という言葉になじみのない基礎研究の不正事案でも,いつ,誰が,どのような実験を行い,どういうデータが得られ,それをどのように加工して論文にまとめたのかなどについて,その経過をたどったり原因を特定したりすることにどれほどの困難性があるのかと常々疑問に感じていた。しかし不正についての報告書を読んで,現実にはそれが非常に困難であると理解できた。端的には,「データの追跡可能性を担保する」という考え方が研究者に十分に身についていないのである。「データの追跡可能性の担保」とは,視点を変えれば「研究に突き付けられた疑義に対してデータを追跡して疑義を晴らすための最低限の対応ができること」であると同時に,「データの追跡を通じて研究の品質が向上する可能性があること」を意味する。これは臨床試験でも基礎研究でも同様である。

 研究不正に対して研究費配分機関,アカデミア研究機関,研究者のそれぞれが積極的に取り組むようになって十数年がたつ。文科省が2006年に作成したガイドラインでは,研究不正は3つの不正,すなわち「捏造(Fabrication)」「改ざん(Falsification)」「盗用(Plagiarism)」に分類され定義されている(1)。これらはイニシャルを取って「FFP」と呼ばれる。研究倫理や不正への対応の観点から,文科省による「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(2014年)や,内閣府による「研究不正行為への実効性ある対応に向けて」(2014年)が作成された。各研究機関での取り組みや学会のプログラムにおける研究倫理教育の充実には目を見張るものがある。にもかかわらず研究への疑義は今でも寄せられ,その疑義に適切に対応できる研究者は多くない。

3447_03_01.jpg
 研究活動における研究不正の分類(文献1より作成)

 それはなぜか? 理由の一つとして,ガイドライン等によって研究不正についての知識的・倫理的教育内容や罰則が明示されてはいるものの,実際のデータ管理は個々のラボに任されている点が挙げられる。ガイドライン等でデータ管理の考え方が示されることなく,研究者は規範がないままにラボのデータ管理を実施せざるを得ない。そして,そもそも研究者が対処すべき不正とは何か,またなぜ不正が起こってしまうのかの教育がなされていない。ここに研究者が疑義に対して適切に対応できない真の原因がある。

 先述の通りFFPの内容は明確に定義されており,それらを教育する機会は用意されている。しかし研究者が向き合うべき研究不正の原因はFFPだけなのだろうか。実はそうではない。ラボにおける活動では,誠実な研究活動とFFPの間に種々のレベルの「好ましくない研究活動(Questionable Research Practice:QRP)」があると考えられている(2)。具体的に言えば,重要な研究データを一定期間保管しないことや研究記録の不適切な管理,研究成果の不誠実な発表などが挙げられる2)。広くとらえれば,うっかりミスや良かれと思ってやった行為などもQRPに含めてもいいかもしれない。

3447_03_02.jpg
  ラボの活動におけるQRPの位置付け(文献2より作成)

 故意に不正を行おうとする研究者は,ほんの一握りのはずである。であれば,多くの研究者にとって対処すべき不正は,FFPよりむしろQRPだろう。したがってFFPのみではなく,FFPとQRPを併せて対処を論じていく必要がある。ここで留意すべきは,FFPは「根拠とともに『故意ではない』と示すことができれば,研究不正とは認定されない」点である1)。これは「誠実な研究活動の範疇を逸脱したが,FFPではなくQRPであった」という提示を研究者に要求するものと言える。裏を返せば,疑義を突き付けられた時にFFPではない根拠を示せなければ,「不正」と認定される可能性があるということである。

 それでは,「FFPではない根拠」はどうすれば提示できるのか。それは簡単に言えば,記録を残してデータの追跡可能性を担保することだ。具体的には先述したように,いつ,誰が,どのような実験を行い,どういうデータが得られ,それをどのように加工して論文に用いられたのか,その経過をさかのぼれるようにすることである。言葉にすれば単純だが,実はそれほど容易ではない。研究者にとっては当たり前だが,一つの実験を行えばデータは山のように発生する。ポジティブなデータだけでなくネガティブなデータもある。そして実験条件やデータの取捨選択の過程,解析過程,結果の採否の条件など,データを説明するためのデータ(メタデータ)が無限に発生する。実験計画書や報告書,ラボミーティングの記録,論文作成過程なども記録の対象となる。その中で,どの情報をどのような記録として残すのか。それは自分たちで(正確には研究のステークホルダーが集まって)判断して決定していかなくてはならない。この判断を下すため,研究者にはラボ全体および個別の実験における研究プロセスを明確にする実力が必要である。

 前編では,研究への疑義に対して研究者が適切に対応できない原因を,いわゆる研究不正と実際に対処すべき不正との「乖離」に求めた。すなわち,研究者はFFPのみではなく,FFPとQRPに対処する必要があるということである。次の課題は「なぜ研究者はFFPとQRPに対して適切に対処できないのか」である。それを検討する上でまず考えるべきは,FFPとQRPの発生機序と言える。発生機序とそこから見えてくるデータ管理の基本的な考え方を,後編で検討する。


1)文科省.研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて―研究活動の不正行為に関する特別委員会報告書.2006.
2)日本学術振興会.科学の健全な発展のために―誠実な科学者の心得.2015.

3447_03_03.jpg

国際医療福祉大学未来研究支援センター 副センター長/同大大学院医学研究科公衆衛生学専攻教授

1995年東大医学部保健学科卒,99年同大医学部医学科卒。博士(医学)。同大病院などで研修後,同院臨床研究支援センター助教,東京女子医大先端生命医科学研究所准教授などを経て,2019年より現職。20年より国際医療福祉大大学院教授,21年より同大研究倫理支援室室長を兼任。