医学界新聞

FAQ

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

寄稿 三潴 忠道

2021.11.08 週刊医学界新聞(レジデント号):第3444号より

 医学教育分野別評価基準やWHO(世界保健機関)による疾病分類ICD-11にもその考え方が取り入れられている漢方医学。漢方薬は今では医療に欠かせない存在で,臨床医の8割以上が処方しているほどです。慢性的な症状への適用が注目されがちな漢方薬ですが,実はその効果を最も大きく発揮する場は急性期医療です。救急やプライマリ・ケアなどの現場でも大いに役立つ1)ため,研修医も日常診療で活用できます。また,心身を区別しない全人的視点を持つ漢方医学の考え方は,患者のQOL改善にも役立ちます。そこで本稿では,西洋医学と漢方医学の特性の違いとともに,初心者でも漢方薬を上手に活用するためのコツをご紹介します。

 西洋医学における診療では,身体の部位,臓器,細胞,遺伝子と細かく分析した上で,病原菌やウイルスを排除する薬剤(抗菌薬など)を用いるといった,生体にとって不都合なメカニズムを抑制あるいは遮断する治療方針を採ります。つまり西洋医学の薬の多くは,「抗」や「ブロック」といった対抗的な役割を果たします。

 一方の漢方診療では,全身的な生体の反応状況,すなわち患者の漢方医学的な病態(=しょう)を診断し,証に応じて生体反応を援助する漢方薬を選択します。例えば生体反応が盛んで熱産生も十分または過剰な病態(=陽証)では,生体に多少の負荷をかけてでも病因を排除する,あるいは過剰な反応を弱めて熱を冷ます漢方薬を用います。反対に,慢性的に生体機能が低下して熱の産生が不足し自他覚的に冷え症状が出現した状態(=陰証)では,生体を温めて機能を賦活する成分を含む漢方薬を用います。

 また,インフルエンザなど急性の感染症の初期で患者が発熱し悪寒を感じていれば,麻黄湯まおうとうのように熱産生を援助する薬を処方します。生体が体温を上昇させることで免疫能を高めようとしていると判断し,足りない熱の産生を補うためです。適切な処方薬を服用すれば悪寒が去った後に発汗し,早期に解熱へと向かいます。このように,漢方薬は患者の反応状況を考慮し,生体反応を介して生体の治癒能力を促進させるのです。

 さらに薬の成分にも違いがあります。西洋医学で用いる薬のほとんどが単一成分で構成されるのに対して,漢方薬を構成する生薬は植物を中心とした天然物ですから,それぞれが多くの有効成分を含有しています。さらに生薬を単独で用いることは少なく,複数を組み合わせた方剤(約束処方といえます)を用います。例えば麻黄湯は4種類,小柴胡湯しょうさいことう葛根湯かっこんとうは7種類の生薬から成ります(写真)。

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写真 葛根湯かっこんとうができるまで(『はじめての漢方診療十五話』より改変)
漢方薬は刻んだ生薬を調合して,煎じ,ろ過した液体(=湯液)である。漢方製剤(エキス剤)はこの液体を乾燥させた粉末で,原則,湯のみ半分程度の白湯に溶かして服用する。漢方内科の外来や入院病棟では漢方本来の生薬を用いた湯液診療を行うことが多い。

西洋医学は分析的で,個別の要素に対して一つひとつ対抗するアプローチが主流です。翻って漢方医学は病態の把握の仕方も使用する治療薬も総合的で,生体反応を援助する治療を行います(表1)。

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表1 西洋医学と漢方医学の比較

 漢方製剤(エキス剤)の半数以上は,古代からの経験を基にして約1800年前に中国の医師・官僚である張仲景によって書かれた『傷寒卒病論』に収載されています。薬の材料は植物を主とした天然物ですから2000年程度で大きな変化はなく,その組み合わせである漢方処方の成分や作用も大差ないでしょう。治療対象となる人間の構造も,この程度の期間ではほとんど変化がありません。つまり漢方薬による生体への効果も変化がないはずです。この間,人の命を養う食物に大きな変化がないのと同様です。人間の持つ生体反応を介して作用する漢方薬が,現代でも通用するのは当然だと思います。実際に各種の疾患や病態に対して,漢方製剤を中心とした漢方薬の有効性や作用機序が多数明らかにされています2)

 

この約2000年間で人体および漢方薬を構成する天然物は大きく変化していません。そのため生体反応を介した漢方治療の有効性は今でも変わらないはずです。


 漢方薬に興味を持ったら,まずは日常診療でよく出合う一般的な疾患や病態に処方を行い,成功体験を積んでみてください。特に急性熱性疾患の代表である風邪やインフルエンザ初期の漢方治療は効果発現が早いため実用的で,良い勉強になります。急性熱性疾患の初期には,熱感や実際の体温上昇が現れるより前に,程度の差こそあれ寒気が出現します。この時期を漢方では太陽病(陽証の第一期)といいます。寒気の有無が確認できれば,次は生体反応が充実している病態である実証か,そうではない虚証かに分類します。咽喉痛や咳嗽といった炎症症状や,自然発汗の有無で実証/虚証の鑑別が容易です(表2)。慣れれば橈骨動脈で観察する脈の緊張度も参考になります。

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表2 急性熱性疾患初期に適応する主な漢方処方と鑑別

 寒気の確認と実証/虚証の鑑別ができたら,実際に漢方薬を処方してみましょう。適切な漢方薬の服用により,一般的には15分以内に自覚症状の軽減を認めます。全く効果がなければ処方の再検討が必要です。この時のコツは,①製剤は熱湯でよく溶いて温かいうちに,②できれば空腹時に,③有効であれば急性期には服用間隔を詰めて(最短2時間)1日5~6回服用することです。漢方薬は本来即効性があり診断の正誤は15分程度で確認できるのですが,慢性疾患などの病態によっては効果発現までに時間がかかることもあります。詳細は拙著『はじめての漢方診療十五話 第2版[WEB動画付]』(医学書院)をご参照ください。

 また,各自の専門科にかかわる病態に頻用される漢方薬の使い方を入門書などで身につけることも漢方診療導入の糸口です。その時に注意すべきことは,その処方の適応が冷えを伴う病態(=陰証)か,熱性の病態や熱候があり冷えが乏しい病態(=陽証)かの適切な判断を下すことです。患者に陰証,つまり冷え(=寒)がある場合,冷やすと症状が悪化し,湯船などで温まると症状が軽くなります。陰証か陽証かの判断は漢方診療の基本です。

 その他,臨床では筋痙攣に芍薬甘草湯しゃくやくかんぞうとう,月経痛に当帰建中湯とうきけんちゅうとう等が頻用されますが,陰証ならさらに体を温め鎮痛効果のあるブシ末を加えて用いるなど工夫すると良いでしょう。

 いずれにしても,いきなり多くの漢方処方を使いこなそうとするより,まずは身近で使いやすい定番の処方3)を,陰証向きか陽証向きか,あるいは実証/虚証を意識して使い慣れることが大切です。

陰証/陽証,実証/虚証といった生体反応のパターンに留意しつつ,身近な病態に対応する漢方薬の使用目標(適応)を一つずつ身につけていくことが漢方診療の第一歩です。


漢方医学は臨床経験を根拠に理論構築がされてきた,EBMそのものだと思います。まずは身近な疾患でその効果を体験しながら系統的な入門書を参照してください。できれば漢方の臨床現場での実地研修をお勧めします。漢方診療では五感を重視していますが,現代の臨床現場で忘れられがちな診療の基本態度が生きています。漢方医学をマスターすれば,西洋医学と融和した,患者にやさしい医療が展開できるでしょう。


1)中永士師明.急性期漢方マニュアル.源草社;2019.
2)日本東洋医学会.構造化抄録および構造化抄録作成論文リスト.
3)三潴忠道(監).使ってみよう! こんな時に漢方薬.シービーアール;2008.

福島県立医科大学 会津医療センター漢方医学講座 教授

1978年千葉大医学部卒。82年富山医薬大(現・富山大)病院和漢診療部,92年飯塚病院漢方診療科部長。2013年より現職。近著に『はじめての漢方診療十五話 第2版[WEB動画付]』『はじめての漢方診療ノート 第2版』(いずれも医学書院)。

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