医療・健康ソフトウエアを取り巻く課題
寄稿 黒田 知宏
2021.09.06 週刊医学界新聞(通常号):第3435号より
一部調査1)で先進国全体のスマートフォン所有率が75%を超えたとの報告があるように,スマートフォンなどの情報機器が広く普及している今日,それらを用いた医療・健康ソフトウエアが急速に普及しつつある。医療・健康ソフトウエアは,ソフトウエア単体で機能するものと,何らかのデバイスと組み合わせて利用されるものとに大別され,加えて,日常の健康増進活動支援などを主目的にしたもの(非医療機器)と,診断・治療などを主目的としたもの(医療機器)とに分けられる。このうち特に,ソフトウエア単体で機能する診断・治療などを主目的にしたものはSaMD(Software as a Medical Device)と呼ばれる。例えば,近年話題になったApple Watchの心電図アプリは,Apple Watchという医療機器ではないデバイスと組み合わせて利用される「家庭用心電計プログラム」という医療機器に分類されるソフトウエア(医療機器プログラム)である。医療・健康ソフトウエアの普及によって,生活空間でさまざまな計測・診断・介入が可能になり,より医療が身近なものになると期待されている。
薬機法とソフトウエア開発
一般的に革新的なソフトウエアは,一人の天才が創り出し,レーティングサイトで評価され,ダウンロード(販売)の形で流通する。ソフトウエア産業には「工場」が必要ないことから,資金は「天才」を探し出すことに投入されるなど,工業製品とは全く異なる産業構造で市場に供給されている。
一方,本邦で医療機器を律する「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)の下では,医療機器プログラムは工業製品と全く同じ規制の下に置かれ,製造や品質管理,流通において一定の規制を受ける。したがって,通常のソフトウエアと同じ要領で開発・流通したソフトウエアが医療機器に該当していれば,本邦の規制を犯すこととなる。医療機器に該当するか否かは,厚生労働省などから一定の判断基準が示されているものの,その判定は必ずしも簡単ではない。例えば,ある時点では医療機器に該当しなかったソフトウエアが,機能向上を繰り返す中で医療機器に該当するようになる場合もあるからだ。これでは,革新的な医療・健康ソフトウエアが生まれる素地となる,万人が自由闊達にソフトウエア開発を行う状況にはなり得ない。大学のような研究・開発の現場では,これは特に重大な課題となる。
筆者らは,この課題を打開すべく,ソフトウエアの医療機器該当性判断を行うサービスを,京都大学の100%子会社である京大オリジナル株式会社から提供することとした。KAHSI(Kyoto Advanced Health Software Initiatives)と名付けたこの事業では,京都府健康福祉部薬務課等の支援を受けつつソフトウエアの医療機器該当性の判断を行う。医療機器に該当するものについては医療機器製造販売事業者と開発者を結び,該当しないものについては該当しないことを示すマーク等を提供することを旨としている。ソフトウエア開発者,利用者の双方が安心して流通・利用できる体制を整備することで,医療・健康ソフトウエアの利用を促進するとともに,ソフトウエア開発を活発化させ,革新的なソフトウエアの発掘につなげられればと考えている。
OSS・フリーウエアの課題
ただし,KAHSIプロジェクトの実施によって全ての課題が解決されるわけではない。医療機器に該当するソフトウエアの中には,医療機器の規制に沿わない形で既に広く流通しているものも少なくないからだ。
例えば,fMRIの情報処理に広く使われるFSL(FMRIB Software Library)2)は,英オックスフォード大学Functional Magnetic Resonance Imaging of the Brain Laboratory(FMRIB Laboratory)が提供するフリーウエア(無料のソフトウエア)である。このソフトウエアは,オープンソースのソフトウエアについて定めたライセンスの一つであるGPL(GNU Public License)v2の下で配布されている。GPLは,プログラムの所有者に,プログラムの実行,改変(ソースコードの閲覧と編集),再配布を許可するライセンスである。企業がFSLを自らの製品に組み入れた途端,該当製品の全てのソースコードを開示し,購入者に改変と再配布を許可しなければならなくなる。さ...
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黒田 知宏(くろだ・ともひろ)氏 京都大学医学部附属病院医療情報企画部長・教授
1994年京大工学部情報工学科卒。博士(工学)。2001年京大病院講師,03年同院医療情報部副部長(兼任)。07年阪大大学院基礎工学研究科准教授,09年京大病院准教授,13年より現職。福祉情報学,医療情報学,ウェアラブル・コンピューティング等の研究に従事する。
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