医学界新聞


若手が語るフィジシャンサイエンティストの魅力

対談・座談会 後藤 慎平,豊原 敬文,野村 征太郎

2021.09.06 週刊医学界新聞(通常号):第3435号より

3435_0100.jpg

 基礎研究は,自身の発見が臨床に応用されることで多くの患者の役に立てる可能性を秘めています。こうしたやりがいを求め基礎研究の道を視野に入れながらも,臨床現場で直接患者さんと接する中で得られるやりがいも諦めきれず,進路選択に悩む若手医師も多いのではないでしょうか。そんな時に考えたいのがフィジシャンサイエンティストとしての道です。

 若きフィジシャンサイエンティストとして活躍を続ける後藤慎平氏,豊原敬文氏,野村征太郎氏(それぞれの代表的研究はMEMO)の3氏が,自身の体験を振り返りながら,後輩医師の背中を押すべく臨床と基礎研究の両立について議論しました。

後藤 私たち3人の出会いは聖路加国際病院での臨床研修でした。現在,豊原先生は東北大学で腎臓,野村先生は東京大学で循環器,そして私は京都大学で呼吸器と,所属や専門領域は異なるものの,みなiPS細胞に関する研究に携わっています。

 出会った当時は100%臨床に注力していた私たちが,今ではフィジシャンサイエンティストとして臨床を続けながら基礎研究にも精を出しています。それぞれに基礎研究に興味を持った時期があるでしょう。まずは豊原先生から伺えますか。

豊原 私は医学部在学時から基礎研究に興味を持っていました。当時,東北大学腎・高血圧・内分泌学の分野で教授を務められていた伊藤貞嘉先生や,現在もご指導いただいている阿部高明先生の下で基礎研究に触れ,得られた知見が臨床に応用されることで多くの人を救えると教えていただいたためです。ただ,学生時代から研究を始めていたわけではありませんでした。

後藤 私も学生時から基礎研究に興味を持ち,細胞接着の研究で著名な月田承一郎先生の研究室へ通い詰めていました。そうした日々を過ごす中で基礎研究への思いがより一層強まり,年次が上がり臨床医学を学ぶ過程で基礎研究が臨床にどう役立つかを意識するようになりました。一方で実習後には臨床医としての道も視野に入り,進路に悩みました。

野村 お二人が学生の頃から基礎研究に興味をお持ちだったとは今日初めて知りました。後藤先生は進路をどのように決めたのですか。

後藤 将来の進路に関する悩みを月田先生に率直に相談したのが決め手となりました。すると,「これからは,基礎研究の基となるアイデアにも臨床の視点が大事になる」とアドバイスをいただき,まずは臨床医としてのスキルを磨くべく聖路加国際病院で臨床研修を受けました。患者と接する中で研究につながりそうな気付きを得られ,基礎研究への意欲が増し大学院に進学したのです。

豊原 よくわかります。医師として患者を治療することには私も魅力を感じていたため,卒業後は臨床と研究の双方を行いたいと考えていました。

野村 学生の頃は基礎研究にかかわることを全く考えていなかった点で,私はお二人と異なります。6年次にはキャリア選択に悩み,さまざまな先生に相談しました。中でも当時千葉大学にいらっしゃった小室一成先生が親身にお話を聞いてくださり,まずは臨床をきちんと学ぶべきだと聖路加国際病院での臨床研修を勧められました。

豊原 学生時代に基礎研究への勧誘をされたわけではなかったのですね。

野村 ええ。研修中,小室先生に循環器領域の研究の現状や展望も併せて伺う中で,基礎研究を通して患者さんを救いたいという思いが芽生えました。

後藤 臨床を経て基礎研究に携わってみて,野村先生は両者の関係をどのようにとらえていますか。

野村 臨床と基礎研究は頭の使い方が似ていると思います。臨床では患者の症状や身体所見,画像を含む検査所見などから何が起きているかを考え鑑別を絞ります。一方基礎研究では,疾患が細胞や分子,遺伝子にどのような変化を起こしているかに着目する点で相違はあります。とは言え手元にあるデータを基に仮説を立て,ロジカルに検証していくプロセスは臨床と同様です。

豊原 なるほど。私は両者で頭の使い方が異なると感じていました。臨床の場合は失敗が絶対に許されないものの,基礎研究の場合はむしろ失敗から何かが見つかることも多く,自由な発想が必要です。臨床と基礎研究の両立を始めた当初は,あまりの違いに頭がクラクラする時があったほどです。

野村 おっしゃる通りです。臨床では,先人たちが築き上げてきた知識に則り,明確なゴールをめざして治療を行います。他方,基礎研究の場合は既出の知見では論文にならないため,大胆に仮説を立てることが重要です。その仮説を基に,今は見えずかつ本当にその道の先にあるかわからないゴールに向け,ひたすら走り続けるようなイメージでしょうか。

豊原 ああ! 確かにそういう感じがあるかもしれません。

野村 その仮説の多くが失敗に終わる中で,10回に1回くらいうまくいくことがある。そして「これは世界で自分だけが至った仮説じゃないか!?」と期待する。似た仮説は,実はたくさん立てられているのですけれど(笑)。

後藤 よくわかります。研究で得た知見を論文で発表できた時,「自分たちは最先端の研究をしている」と実感します。この時味わう知的探究心の満足感は何ものにも代えがたいです。

野村 つまり基礎研究では今まで見たことのない現象,世界初の知見を何とか得たいという思いがモチベーションになるのです。そういう一種の自己表現が基礎研究ならではの魅力だと思います。

後藤 これからフィジシャンサイエンティストをめざす読者には,私たちの現在の環境も参考になるでしょう。お2人は臨床と基礎研究の時間配分をどのようにしていますか。

豊原 状況次第でどうしても臨床に比重が偏りがちですけれど,半々を理想にしています。基礎研究で成果を上げるためには,一定の時間をかけることが欠かせないと考えているためです。

野村 私は現在外来を週2日行い,他の時間は基礎研究に充てています。それぞれの時間で頭を切り替え集中しているものの,臨床と研究の両立には双方の時間確保の面で困難が多いことも事実です。

後藤 それでも野村先生が臨床と基礎研究を両立する原動力は何ですか。

野村 基礎研究の成果が患者の予後を向上させ,役に立っているとの実感です。ベッドサイドで実際に治療に当たることで,基礎研究すなわちベンチサイドの貢献を強く感じます。

豊原 臨床でも基礎研究でも「患者さんのために貢献したい」との思いは共通ですよね。それがなければ,私はキャリアのどこかで挫折していたかもしれません。

後藤 同感です。私はiPS細胞を用いた希少疾患の研究のために研究協力の同意書をいただく患者さんから「この病気がこんなに苦しいことをみんなは知らない。同じ病気をしている人のためにも役立ちたい」との言葉を受け,責任の重さを感じました。研究に協力しないとその疾患が世間から注目されない危機感を,患者さんご自身が抱えているのです。研究で成果を出し,協力に報いなければと気が引き締まります。

豊原 臨床と基礎研究の両方に携わっていると,近年は基礎研究の知見が迅速に臨床応用されていることを実感できます。臨床と基礎研究それぞれの経験を他方に生かせれば,双方がより興味深く感じられモチベーションが高まります。ベッドサイドとベンチサイドの双方をつなげることがフィジシャンサイエンティストの理想の姿です。

後藤 さて多くの先生にお世話になり今があるわれわれも,いつしか後進から相談される立場になりました。若手が研究を続けるためのサポートも行わなければなりません。若手が研究を続けるためには何が必要なのでしょうか。

野村 いろいろな人と話すチャンスを自分から作ることです。自身の興味と近い研究を実践しているなど,「これは!」と思う人を見つけたら会いに行く。もしくはメールでもいいので連絡を取って,とにかく自分からつながることです。もちろん連絡を取ったからといって,相手と同じ分野に進む必要はありません。多方面に強いつながりができれば,研究者としての視野が広がります。

後藤 研究だけのつながりに限らず,私たちのように研修先が同じだったなど,偶然の出会いも大切にしてほしいですね。というのも,私自身たまたま学会や食事会で同席した先生に後日研究の助言をいただいたり,研究を進める上でキーパーソンとなる先生を次々と紹介いただいたり,会う前には想定し得なかった展開を経験しました。

豊原 これから基礎研究を始める人も,いずれ隘路,狭路,袋小路を歩むことでしょう。しかしそれらを乗り越えるときっと新しい発見があります。ぜひ自身の専門分野だけではない,人のつながりを大切にしながら乗り越えて,研究を続けてほしいです。

後藤 豊原先生は他に何が重要だと考えていますか。

豊原 1つは研究に専念できる環境です。以前米国に留学した際,研究者が安心して研究に取り組める環境整備が日本の課題と感じました。例えば,日本では研究費獲得のため煩雑な申請を研究者自身で行う必要があるのに対して,米国では専門のスタッフが行ってくれます。さらに著明な研究者は当然のようにベンチャー企業に在籍しており,研究を続ける上でのポスト確保にも事欠きません。

後藤 国内では大学で常勤の研究者としてポストを得ることが近年難しくなっています。後輩たちが研究を持続できる環境づくりも,われわれの役割でしょう。試みの一つとして,後輩の医師が主導する形で大学発ベンチャー,HiLungを昨年立ち上げました。呼吸器領域に特化し,ヒトiPS細胞技術を用いて創薬をめざしています。産学連携や産官学連携が進み,研究者の新たな雇用創出のきっかけになればよいと考えています。

豊原 素晴らしい取り組みですね。若手が自身の興味を大切にし,失敗を恐れず研究に取り組める環境づくりは今後の課題です。ベテランの先生方から若手までが一丸となって進めていくことが重要だと思います。

後藤 最後に,フィジシャンサイエンティストの道に進もうか悩んでいる若手に向け,メッセージをお願いします。

野村 「臨床を変えたいなら基礎研究をしましょう」と伝えたいです。臨床に出れば,患者さんのために治療をしてもうまくいかない現実に絶対に気付くはずです。基礎研究は,その時点の臨床に足りない要素を見つけ,今まで問題になっていたことを埋めるもの。臨床を大きく変え患者さんに還元することができます。これが基礎研究の魅力です。

豊原 関係が見えなかった点と点がいつの間にかつながって,異なる臓器や異なる分野,そして予想だにしない全く別の発見につながることも基礎研究の大きな魅力です。また,フィジシャんサイエンティストとしての人生も「万事塞翁が馬」です。その時々それぞれの場所で,幅広い視野を持ちながら興味のあることに一生懸命取り組んでいるとひらけてくる世界があると思います。ぜひ多くの方に臨床と併せて基礎研究も経験してほしいです。

後藤 もし進路選択や研究で迷った時にはぜひ誰かに相談してください。メンター的な立ち位置でかかわることは,相談を受ける側にとっても刺激になります。私たちがそうしていただいたように,多くの先生が助言をくれるはずです。もちろん私たちもいつでも協力します。

 また若手のうちは,最も大胆に進路選択ができる時期でしょう。自身の判断をしっかり検討し,後悔しないように最善と思える道のりを歩んでください。

 

(了)


後藤慎平氏:Multicellular modeling of ciliopathy by combining iPS cells and microfluidic airway-on-a-chip technology. Sci Transl Med. 2021;13(601):eabb1298.
難病の一つである線毛機能不全症候群は,多彩な遺伝子変異によって引き起こされることから診断が難しく,病態の解明も急務であった。後藤氏らはマイクロ流体気道チップとヒトiPS細胞から分化誘導した気道上皮シートを組み合わせ,生体内に近い状態で線毛機能不全症候群のモデル開発に成功。正確な診断や病態解明への貢献が期待される。

豊原敬文氏:Patient hiPSCs identify vascular smooth muscle arylacetamide deacetylase as protective against atherosclerosis. Cell Stem Cell. 2020;27(1):147-57.
糖尿病では動脈硬化など心血管疾患を生じやすい患者と生じにくい患者がいることが知られていたものの,この違いが生じるメカニズムは未解明であった。本研究では糖尿病患者由来のiPS細胞を用いて,動脈硬化抑制に小胞体内エステラーゼの遺伝子(AADAC)が関与していることを明らかにした。

野村征太郎氏:Cardiomyocyte gene programs encoding morphological and functional signatures in cardiac hypertrophy and failure. Nat Commun. 2018;9(1):4435.
これまで高血圧や大動脈弁狭窄症などの心筋細胞への圧負荷が心筋細胞の肥大化や不全化を誘導し心不全を起こす分子メカニズムは明らかでなかった。そこで心不全モデルマウスおよび心不全患者の心臓から心筋細胞を単離。シングルセル解析と機械学習を用い,心不全において心筋細胞が肥大化・不全化するメカニズムを解明した。

3435_0102.jpg

京都大学大学院医学研究科 呼吸器疾患創薬講座 特定准教授

2004年京大医学部卒。聖路加国際病院で初期研修,国立病院機構南京都病院勤務を経て,14年京大大学院博士課程修了。17年より現職。iPS細胞を用いて肺を作製することを目標に据え,現在は上皮細胞の役割に着目し呼吸器疾患の病態解明,創薬に向けた研究を進行中。

3435_0101.jpg

東北大学大学院医工学研究科 分子病態医工学分野 特定助教

2002年東北大医学部卒後,聖路加国際病院で研修。2009年同大大学院博士課程修了。虎の門病院腎センター,iPS細胞研究所を経て,米ハーバード大へ留学。19年より現職。現在はこれまでの研究と並行し,「ミトコンドリア先制医療」にも取り組む。加齢によるミトコンドリア機能低下を抑制し健康寿命を延伸することを目標に据える。

3435_0103.jpg

東京大学大学院医学系研究科 重症心不全治療薬開発講座 特任助教

2005年千葉大医学部卒。聖路加国際病院での研修,千葉大病院での勤務を経て13年同大大学院博士課程修了。同年より東大循環器内科。16年より現職。「病態の基礎を無視しない医療」をコンセプトに,iPS細胞やシングルセル解析,ゲノム編集などさまざまなツールを用いて循環器領域の研究を行う。