医学界新聞

最期の瞬間まで特養で暮らす

対談・座談会 伊東 美緒,池崎 澄江,木村 哲之

2021.08.30 週刊医学界新聞(看護号):第3434号より

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 介護分野をめぐる状況が現在,大きく変化している。2000年と比較して2019年では要介護・要支援認定者が3.0倍,在宅・施設サービス利用者は3.3倍にまで増加した1)。施設のうち現在最も入所者数が多いのが介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム・以下,特養)()だ。

 さらに地域包括ケアシステムが推進される近年,高齢者が住み慣れた場で最期まで過ごすための支援も進められている。入所者にとって「第2の家」である特養では,他の高齢者向け施設に先駆けて施設内看取りが実践されてきた。結果,特養を含む「老人ホーム」(註1)での死亡者数は急速に拡大し,この10年間で約3.2倍となった2)

 急性期の病院へ一時的に入院となる特養入所者も今後増えていく中で,病院看護職がその実態を知る意義は大きい。高齢者を支える場で求められる看護職の使命とは何か。看護研究者および施設長として特養にかかわる3氏が議論する。

池崎 高齢者向け施設での看取りについて実地調査などを行っている私は,福祉や施設の関係者とお会いする機会が多く,今日木村先生とお話しするのを楽しみにしていました。ケアハウスや特養などさまざまな施設の施設長を経験されてきた木村先生から,数ある高齢者向け施設の中で特養がどのような位置付けか,お話しください。

木村 特養は,1963年に老人福祉法に基づいて創設された福祉施設です。当時は,主に身寄りがない高齢者のための施設でした。その後介護保険制度が開始された2000年を機に,介護保険施設の1つとして位置付けられました。介護保険施設には,特養の他に介護療養型医療施設と介護老人保健施設,2018年からは介護医療院も含まれます()。これらは元が医療機関なのに対し,特養は創設当初から終身利用が可能な居住施設であることが特徴です。

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 高齢者向け施設における介護老人福祉施設(特養)の位置付け(2021年8月時点)

池崎 特養は,施設数や入所者数も増加の一途をたどっています。

木村 ええ。多様な施設形態の中でも入所者数が約62万人3)と最大です。最期まで入所し続けられる生活施設である点,医療外付け型のため利用費が安価である点などから需要が高く,大都市部では1000人以上の待機者を抱える施設も存在します。一方で,過疎地域においては高齢者の数そのものが減少しているなど,二極化の傾向も見られます。

池崎 入所者数の増加に伴い,特養に勤務する看護職の数も増加傾向にあります。日看協の調査4)によると,2019年時点で9年前の約1.3倍に当たる4万2950人の看護職が特養に就業しています。しかしこれは看護職全体の約2.7%に過ぎず,特養看護職はまだまだ少数派です。病院看護職の中には,特養でどのような看護が行われているか,実態をよく知らない方も多いのではないでしょうか。そこで本日は,特養の特性に沿って,求められる看護の形を紹介したいと思います。

池崎 かねてより全国の高齢者向け施設・病院で認知症ケアを中心に観察調査を行っている伊東先生から見て,特養が病院と大きく異なる点とは何ですか?

伊東 人員配置基準とそれに伴う看護職と他職種との関係性,および求められる看護職の役割が異なります。

池崎 病院と特養では人員配置にどのような違いがあるのか,お聞かせください。

伊東 看護職は病院ではマジョリティですが,特養においてはマイノリティです。中規模以下の施設では,出勤する看護職が1人という状況も珍しくありません。80人以上の入所者を抱える大規模な施設であれば同じ時間帯に2~3人の看護職が勤務する場合もありますが,いずれにせよ職員の大半を占めるのは介護職。さらに看護職の配置義務がない夜間は,介護職から電話を受けて対応するオンコール体制を取る施設がほとんどです5)

池崎 独立性を持って仕事をすることが求められるのですね。

伊東 ええ。配置を義務化された唯一の常勤医療職として,健康状態を含めたアセスメントを行います。さらに,介護職,リハビリ職,栄養士,歯科衛生士,生活相談員,そして施設長などあらゆる職種と幅広くコミュニケーションを取ることも大切です。

池崎 中でも重要なのが,介護職とのコミュニケーションでしょう。個々の入所者の生活をよく知る介護職からの情報は,看護職がアセスメントする上で欠かせないからです。木村先生が施設長として期待する看護職―介護職の関係性とはどのようなものですか?

木村 二人三脚で協力し合う間柄です。特養では,褥瘡予防や誤嚥予防など入所者の日常的な心身のケアを看護職と介護職とが一緒に行います。業務に重なる部分が大きいため,チームとなってケアを行うことが大切なのです。しかし職能の違いからか,現場ではこの両者の間に溝ができやすいようです。

池崎 理想の関係性に近付くためには,どうすればいいのでしょうか。

伊東 病院での体制を看護職―介護職間に適用しないことです。病院では,“医師の指示に基づいて診療の補助を行う”ため,看護職は医師に報告し,指示を得ます。しかし特養において看護職は介護職に指示を出す存在ではありません。介護職から日々の生活ケアにおける情報を得て,その情報をケアの方針に反映させ,多職種で共有し,実践につなげる必要があります。

池崎 伊東先生は,どのような特養看護職の在り方が理想だと考えますか?

伊東 「縁の下の力持ち」です。認知症ケアや看取りのスキルが高い特養看護職は,自分たちの看護を「普段は表に出ない存在」と語ります。平時は介護職と二人三脚で入所者の生活を支え,緊急時となれば医療職としての力を発揮する特養看護職こそが,他職種と良好なパートナー関係を築く上での理想像といえるでしょう。

池崎 次に,特養で求められる看護職の役割とはどのようなものですか。

伊東 入所者の意思に基づいたプランを立てて,生活に沿った看護を提供する役割です。特に,急性期の病院においては治療を念頭に置いて看護が行われます。治療方針を優先して,時には患者に我慢を強いる。対して特養では,何かを治す,機能を改善するというよりも,日々の生活における苦痛を可能な限り減らし,ポジティブな感情を生み出す支えが求められます。

木村 病院の事情に詳しくない私も,伊東先生のお話を聞いて合点がいきました。というのも,特養の看護職は,急性期の病院やクリニックでの長い経験を経て現職に就く方が少なくありません。転職してきたばかりの看護職が業務の違いに困惑している姿をよく目にしていたからです。

池崎 すると,特養ならではの看護の在り方に適応するにはどのような転換が必要でしょう。

伊東 入所者の生活の自由を保つ視点を持つことが大切です。例えば,栄養バランスの偏った食事が続いているのに,ある程度元気に過ごす高齢者に対して,バランスよく摂取することを課す看護職。もちろん栄養バランスが良いに越したことはありません。しかし人生の最後の段階においては食にせよ清潔にせよ,「こうであるべき」という指導の視点からは一歩引いて,本人の楽しみを優先し,生活の質を高める方針が重視されます。

木村 治療のための看護と,生活を支えるための看護とでは,実務的にも大きな差があるはずです。特養では,医療に準拠して強制し過ぎるのではなく,入所者一人ひとりの人生に沿ってオーダーメイドの看護を提供していただけるとうれしいです。

池崎 特養は「終の棲家」として,入所者の最期を迎えるお手伝いを行うのも大きな特徴です。入所時から本人・家族に看取りについて説明し,意思確認を行います。施設内看取りは,多職種の職員が高齢者の最後の希望を家族と共にかなえる場面であり,日常生活の延長線上にある支援です。施設における職員同士の関係性と日ごろ行っている生活主体の看護の両方が問われます。施設内看取りを行うに当たって特養ではどのような取り組みが行われていますか?

木村 看取り介護加算(註2)の開始以降,多くの施設で看護職や介護職を対象とした看取りの研修・マニュアルが整備されています。施設内看取りの面で,特養は他の高齢者向け施設のロールモデル的存在です。

 ところが最近,特養での看取りの在り方が変化しつつあります。

池崎 どういった変化でしょう。

木村 入所者と職員との関係性が構築されるより前に看取りとなるケースが増えています。

池崎 それは,高齢化に伴う政策の変更が影響しているのでしょうか?

木村 はい。特養は要介護3~5の方が入所者全体の9割以上を占めます3)。入所者の要介護度に応じて報酬加算が得られる影響3)もあり,最近では要介護4~5の方が特に優先的に入所する傾向があります。そのため以前は10年以上在所する方が珍しくなかったのに対し,最近では入所から1~2年でお別れとなるケースも増えました。

伊東 時間をかけて入所者との関係を構築したり,時に体調・機能の回復を共に喜び合ったりする瞬間は,やりがいを感じられる場面でもあります。その機会がほとんどないまま入所者の死に接する機会が続くと,職員の不全感が募りやすくなります。

池崎 限られた時間の中で,施設内での看取りをより良いものとするために,看護職には何ができるのでしょう。

伊東 医師との事前の情報共有です。老衰の看取りは予測が難しいため,非常勤の医師は24時間いつ呼ばれるのかわからない状況です。負担が大きく,看取り対応を行わない医師もいます。看護職が事前に医師と打ち合わせを行い,日々の状態報告,本人・家族に説明する場のセッティング,日中・夜間の急変時・ご逝去時の対応方法などを細かく決めておくことで医師の負担を減らし,良い看取りへとつながります。

池崎 職員の不全感を払しょくするためには,看取り後の家族や職員のグリーフケアの面でも看護職による働き掛けが大切になりそうです。入所者の死に立ち会う介護職の中には,家族のように涙を流す方も多くいるからです。木村先生の施設では看取り後にどのような取り組みを行っていますか?

木村 デスカンファレンスを開いています。メンバーは看護職・介護職を含む,入所者を担当した全ての多職種です。今回の看取りについて1人ずつ振り返りを行ってもらいます。入所者・家族の思いに寄り添うことができたと互いに認め合い,労い合い,共感することを通して,次のケアに対する意欲を高めています。

伊東 素晴らしい取り組みですね。私が訪問したある施設では,職員の休憩室のテーブルに「○○様のお看取り」と書いた画用紙を置き,入所者との思い出や自身の思いを各職員が書き込み,看取りを振り返る場を設けていました。「最期に手を握り返してくれた」「もう少しできることがあったのではないかと思う」など,職員は自由に書き込む。心残りがあるケースでも,他の職員の意見を通じて「悩んでいるのは自分だけでなかった」と知ることができ,この課題を持って次の看取りに臨むことができます。場合によってご家族にも見せると,喜んでいただけることがあります。

池崎 病院での勤務経験のある看護職は特に,臨死期のケアを他職種より多く経験しています。冷静に死と向き合える看護職は,看取り・グリーフケアの場を引っ張る心強い存在です。

 人生の最後に入所者本人がしたいことや,家族が入所者にしてあげたいことを,安楽かつ確実に実施できる環境を整えることは,看取りケアの個別性の観点から見ても大切です。

池崎 特養看護職は,日々のケアから看取りまで非常に幅広い業務を担っています。木村先生が施設長として抱く特養看護職への期待をお話しください。

木村 長い人生の終末に近い数年間,入所者に家族のように寄り添うのが特養の職員です。看護職には,生活施設における数少ない医療職として,健康上の不安を抱える現場の「精神的な柱」となってもらいたいです。

池崎 加えて,今や急性期の病院でも患者の大半は高齢者が占めます。中には特養から一時的に入院する方もいます。伊東先生が,高齢者と接する病院看護職に伝えたいことは何ですか。

伊東 入院中だけでなく,患者の退院後の生活も見据えて「苦痛と生活上の不便を可能な限り減らすために,自分たちに今何ができるか」を考えていただきたいです。胃ろうをはじめとする生命維持のための処置が本当にその人の苦痛と不便の軽減につながるのか,食べられるだけ食べて最期を迎えるという選択肢はないのかについて考え,医師に問い掛ける看護職が増えれば,高齢者・超高齢者の最期が変わります。

池崎 高齢化が進むと,老いて亡くなりゆく,いわば「生活の延長上での看取り」と向き合う機会は一層増えます。特養看護職の実践を通じて,高齢者の最期の支え方について改めて考えていただき,地域の医療・介護機関で共有してもらえれば幸いです。

 

(了)


註1:特養,有料老人ホーム,養護老人ホーム,軽費老人ホームを指す。
註2:2006年に新設された介護報酬。医師が終末期にあると判断した入所者について,医師・看護職・介護職・ケアマネジャー・生活相談員等が共同して,本人または家族等の同意を得ながら看取り介護を行った場合に加算される。

1)厚労省.介護分野をめぐる状況について.2020.
2)厚労省.人口動態調査(2019)上巻5-5表 死亡の場所別にみた年次別死亡数.2020.
3)厚労省.介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム).2020.
4)日看協.令和2年 看護関係統計資料集――就業者数(4)看護師,准看護師(年次別・就業場所別).2020.
5)三菱UFJリサーチ&コンサルティング.介護老人福祉施設における看取りのあり方に関する調査研究事業報告書.2019.

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群馬大学大学院 准教授 老年看護学

1995年千葉大看護学部卒。2008年東京医歯大大学院博士課程修了。保健師,博士(看護学)。東京都健康長寿医療センター研究所研究員などを経て,19年より現職。専門は認知症ケア。共著に『ユマニチュードと看護』(医学書院)。

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千葉大学大学院 教授 健康増進看護学

1995年東大医学部保健学科卒。看護師としての勤務ののち,2003年同大大学院博士課程修了。保健師,博士(医学)。慶大医学部医療政策・管理学助教を経て,12年より千葉大に勤務。21年3月より現職。専門は医療管理学・老年看護学。

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特別養護老人ホーム 双葉陽だまり館 施設長

1990年茨城大教育学部卒。中学美術教諭として8年間勤務後,98年に社会福祉法人めぐみの会に転職。ケアハウスや特養の施設長,法人本部長等を経て,2021年5月より現職。17年~21年5月全国老施協副会長,17年より茨城県老施協会長。

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