医学界新聞

夏休み読書特集

寄稿 川上 英良,權 寧博,髙尾 昌樹,北 和也,山本 舜悟,林 寛之

2021.08.09 週刊医学界新聞(レジデント号):第3432号より

3432_0101.png

 慌ただしい毎日を送る医学生・研修医の皆さんの中には,「休日の漫画タイムが癒やし!」という方も多いのではないでしょうか。漫画は娯楽の域を超え,研究分野を決める手掛かりや仕事をする上での心の戒めを見つけるきっかけにもなり得ます。

 本紙では,漫画愛好家かつ医学の第一線で活躍する方々から,お薦めの漫画を3冊ずつご紹介いただきました。「医学の父」と呼ばれるヒポクラテスも,現代に生きていたら漫画から医師の矜持を学んでいたかも(?)。ぜひ,夏のステイホームのお供を探す参考にしてください!

3432_0102.jpg

 現在AI・機械学習を用いた医科学研究を行っている私は,2001年の大学入学当時からAIに興味を持っていました。これは,漫画をはじめとするSFに大きな影響を受けています。SFはエンターテインメントであると同時に,未来の世界を思い描く手掛かりだと思います。ここでは,そんなSF漫画を3作品紹介します。

①事故に巻き込まれて失った腕にナノマシンを移植された主人公が,世界を陰で支配する秘密結社と戦うSF漫画。ナノマシンをはじめサイボーグや遺伝子改変といったさまざまな技術が次々に登場したり,秘密結社を支配しているのが開発者を取り込んだAIだったりとSF要素の見本市のような作品。私がちょうど高校生の時に連載されており,相当影響を受けています。SF要素以外にも,自宅の押入れからおもむろに機関銃を取り出す主婦とか,サイボーグを素手でなぎ倒すサラリーマンとか,個性的な登場人物も魅力です。

3432_0103.jpg

②タイムリープ能力を持つ主人公が現在と過去を行き来して,幼少期に起きた連続誘拐殺人事件を阻止するSFサスペンス漫画。周到で狡猾な真犯人との一進一退の駆け引きが緻密に描かれており,手に汗を握ります。

 タイムリープものは未来の記憶を持った主人公が過去に戻るということで,何かとご都合主義に陥りがちですが,本書は綿密なプロットによってサスペンスとしても完成度が高いです。昭和後期へのタイムリープということもあり,自分自身が幼少期に感じた探検や秘密基地のワクワク感を思い出しました。

③異世界からの侵略者と戦う防衛組織を描いたSFアクション漫画。『週刊少年ジャンプ』連載のアクション漫画は強さのインフレが起こりがちですが,本書は「トリガー」と呼ばれる武器の特性や登場人物ごとの特殊能力を組み合わせて一見格上の相手を攻略するといった頭脳戦が秀逸。異世界から侵略が行われる背景や防衛組織ができた経緯などが非常に丁寧に描かれており,派手さはないもののジワジワと魅力が出てくる作品です。キャッチコピーは「遅効性SF」。

 「人間が想像できることは,人間が必ず実現できる」とは,SF作家・ジュール・ヴェルヌの名言です。これらの作品を読みつつ未来の社会に思いを馳せるのも一興かと思います。


3432_0104.jpg

 最近の医学生は,私の頃よりも授業や国家試験対策などで忙しそうで,気の毒に感じることさえあります。スマホが登場し,読書時間も減っていると想像します。今回私が紹介するのは漫画ですが,最近の学生の漫画を読む時間は,私たちの頃と比べて変わっているのでしょうか。漫画を読む習慣というのは,個人差が大きいので把握しにくいかもしれませんね。

①②私が医学生の頃は,『ブラック・ジャック』を読んで医者になった先輩や仲間が少なからずおりました。最近の医学部の面接で,『Dr.コトー診療所』や『医龍』などを読んで医者になることを決めたと,志望動機を語る学生はそれほど多くないはずです。当時の受験生が,面接で『ブラック・ジャック』を医師志望動機に挙げることに躊躇せず,面接官もそれに納得するという芸術作品級の扱いを受けていたという点でも,手塚治虫が稀代の漫画家だったことを物語っています。ちなみに,私自身は『火の鳥』のほうが印象に残っており,『ブラック・ジャック』に心酔するという経験はしておりませんが,手塚作品の文芸性を知ることができるという点で,ここでは『アドルフに告ぐ』という作品を紹介したいと思います。

 主人公は,第二次世界大戦時下に,神戸に住む2人のアドルフという名の少年たちです。2人はそれぞれ,ゲルマン民族とユダヤ人として生まれ,時代に翻弄されて行く様を手塚治虫がドラマタッチに描いております。作品を読み進めるうちに,ふと気付くと漫画を読んでいるのか,小説を読んでいるのか,映画を観ているのか,頭の中で混乱を来す感覚を経験します。そこに,漫画を芸術の域に高めた,手塚治虫の高いポテンシャルを感じることができます。本書で手塚は,戦争時下での人々の狂気と人間の愚かさを描き出しています。また,この物語は史実に基づいて展開されております。歴史の結末を既に知る読み手に,登場人物たちが出口のない閉塞感のなかで必死にもがき続ける様を見せることで,戦争の不条理や時代の空気感がより強調されるという効果を生み出しています。

③物事をカウントダウンの視点から見ると,物語の情景は全く違って見えます。最近,『100日後に死ぬワニ』という漫画が話題になりましたが,「死まであと○日」との表記があると,平凡な日常の情景の見え方も変化します。

 死を終わりとして考えると,人生そのものはカウントダウンで進んでいきます。私も年齢のせいか,最近はカウントダウン目線で物事を見るようになってきて,若い時とは考え方の根本が変わってきました。医学生や研修医の皆さんは,若いのでカウントアップの目線で日常を見ているのではないでしょうか。どちらが良いかという話ではありませんが,カウントアップの方が大きな情熱や成長のチャンスが生まれやすく,若い時はそれで良いのだと思います。カウントアップのほうが,カウントダウンよりも時間が長く感じられることを証明した研究もあるそうです1)

 さて,最近の学生や研修医は,安定志向や研究意欲の低下,海外留学希望者の激減など,自身の進路選択がカウントダウン目線で現実的過ぎるとの意見をよく耳にします。取り巻く制度設計にも少しは原因がありそうですが,皆さんのお考えはいかがでしょうか。

1)高橋怜央,他.カウント方向が時間評価へ及ぼす影響.日心理会発表論集.2014;78:650.


3432_0105.jpg

①知らない人がいるとは思えないけれど,お若い先生は読んだことがないかもしれませんね。デビュー当初の作者のペンネームは,『がきデカ』の作者「山上たつひこ」さんに似た,「山止たつひこ」でした。1976年から連載が始まって,2016年まで連載が続いたので,私に例えると小学校5年生から,医師26年目までです。小学校で友達から借りて読んだのが最初でした。今読んでみると,当時,どんなことが流行っていたのかがよくわかります。作中に出てくるアイデアが,その後実現したことも多く,本当にすごい漫画です。絵の細部もさまざまなこだわりがあって,読むたびに新たな発見があります。いろいろ余裕があった時代です。お仕事に疲れた時にぜひ読んで明日への活力を。

②学生,研修医の方,ぜひ読んでください。四国の山間の風土病にまつわるお話です。1970年に発表された本作を私が読んだのは医学部6年生の時(1989年)でした。当時は単純に医学にかかわる内容が面白かったことを記憶していますが,今回,あらためて読み直してみると,随分異なった印象を持ちました。大学医局,医師の保身など,なんかよくある話のような気もして(笑)。作中に出てくるカシン・ベック病という風土病が,いまだに解明されていないことも驚きました。

 読み直しているうちに,1984年の精神神経学雑誌に徳島のアルツハイマー病の大家系の論文1)があったことを思い出して読んでみました。発病地域の村の状況なども書かれており,「X年Y月」で始まる最近の症例報告とは違って,状況が目に浮かぶようですね。

③将来開業しようと思っている皆さん,ぜひ読んでください。これから医師という職業はますます厳しくなるんだろうなと思える,面白いけれど,ちょっと怖くなるような漫画です。私は,第1巻を知り合いの開業医からもらって読んだのですが(残りの巻は買いました),その先生に言わせると,開業の大変さは漫画の通りだとか。

 大森一樹監督の映画『ヒポクラテスたち』のシーンで,外科医役の原田芳雄が手術見学でバテたポリクリの学生たちに「君たちには知識もない,技術もない,経験もない,あるのはなんだ? 体力だけだろ」と怒るシーンがあります。最近は少ないかもしれませんが,ぜひ,厳しい先輩を見つけて,医師としての最初の4年間は気合いで仕事をしてください。きっと多くのものが得られると思います。

1)土井章良,他.男性一卵性双生児に同時発症したAlzheimer病――家系調査と全臨床経過.精神誌.1984;86(6):417-47


3432_0106.JPG

①毎月の限られた小遣いをなんとかやり繰りしつつ,日常を楽しく生きる様を描いた作品。内容は節約読本の枠に留まらない。日常,普通,平凡の中に実はちりばめられている“幸せ”を気付かせてくれる。

 魅力的な登場人物とその小遣い額,節約スキルおよび彼らの価値観が紹介される。月額1万5千円,ステーション・バーの男である村田氏が語る「子供の頃なんであんなに楽しくておいしかったか……“制限”されてたからだよ……」は,制限の多いコロナ禍を生きる僕たちへのメッセージとも解釈できる。実際,幸せって些細な全てに紛れていて,美しい花鳥風月はごく身近に存在するもんだと,肌で感じる1年であった。ヒット作連発中のJUMP COMICSも良いのだが,42歳中年の僕にはこういうのがちょうど刺さるんです。

 余談だが,コロナ禍に入ってからうちの妻が本書と『賭博黙示録カイジ』のスピンオフ的漫画『1日外出録ハンチョウ』だけを読んでいるのは偶然か,はたまた必然なのか……。

3432_0107.jpg

②巨大隕石の衝突から地球を守るため,地球防衛軍一の狙撃手であるスガ隊長は出撃した。しかし重要な局面で集中力を欠いたスガは隕石を打ち損ね,多数の犠牲者を出すことに。落ちた隕石は「ワイルドマウンテン」と称され,防衛軍を引退したスガはその場で町づくりを行う――。

 力の抜けた絵とギャグ,エッジの効いた下ネタ,しかしながら割とリアルな人間ドラマが良い塩梅で調和しつつ物語は展開する。愛らしいルックスとは裏腹に,煩悩と妄想で脳内が満たされたエキセントリックな主人公スガちゃん。言行不一致で本当にどうしようもないやつかと思いきや,物語が進むにつれ,その優しく純粋な人となりに強く惹かれることに。不条理だらけの世の中で,スガちゃんのように優しく生きていけたなら……。『HUNTER×HUNTER』ばりに想像の斜め上をいく伏線張りとその回収,そして衝撃のラスト。ホント何度も読んじゃう。

 余談だが,この漫画,感染症医の忽那賢志氏に教えてもらった。漫画や音楽,サブカル的な興味が合う人に偶然出会えることって,医師になってからはめっきり少なくなったように思うのだけれど,僕は幸運にも出会えた。皆さんはどうですか?

③で,3冊目。前野,井沢ら卓球部のメンバーを中心としたギャグ漫画。久々に読んでみると,隅々に'90年代の味がしてただただ甘酸っぱい。最終13巻末の渋谷陽一氏のコメント「(略)グランジな味わいをもったマンガだった。一種,投げやりなニヒリズムと乾いた笑い,それがとっても'90年代していた」は言い得て妙である。

 令和の時代には許されない表現も見られ,医師であることと「稲中大好き!」との親和性は高いとは言えず,紹介することを一瞬ためらった。だが,この“digital tattoo”を甘んじて受け入れたい。好きなものは好きと言いたいのだ。こんな時代なんだもの。

 余談だが,3冊目は当初,松本大洋の『ピンポン』にしようと思った。蝉の鳴く夏の日に読む『ピンポン』と『スラムダンク』は格別で,毎夏必ず読んでいる。でも今回はゆるい作品を並べたくて,同じ卓球部が舞台である本書を思い出した。疲れて帰る日が多い今日この頃。そんな夜には,ゆるい漫画を何も考えずに読むのがちょうど良い。こんな時代なんだもの。


3432_0108.jpg

 『ジョジョの奇妙な冒険』は,ジョースター一族と宿敵ディオ(とその周辺)たちが100年以上繰り広げる戦いを描いた漫画で,「人間讃歌」が作品全体のテーマになっています。主人公の意志は次世代へと受け継がれ,主人公や舞台が変わるたびに「Part○(第○部)」と進み,一周回ってパラレルワールドまで進み,約10年間続いた第8部が今月完結します。

①1986年(私が9歳の時)に第1部の連載が始まっていますが,当時から好きだったわけではありません。むしろ絵が怖くて読むのを避けていました。ここまでハマったのは,初期研修医の頃,ふとした拍子に第5部を読み直し,

という名も無き警官の言葉を目にした時からでした。

 研修医の頃は,懸命に治療をしても目の前の患者さんを助けられず,「自分が担当していなければこの人は助かったのではないか?」と,無力感に苛まれたりすることも少なくありませんでした。そんな時に目にしたこの言葉が心に沁み,遠回りになったとしても,少しずつ積み上げていくしかない,たとえ自分が達成できなくても誰かが意志を継いでくれればよいのだと前向きになることができました。その後第1部から遡って読むことになり,ドハマりしました。ハマり過ぎて上記の言葉を拙著の序文に引用したくらいです。

 第5部には他にも名台詞が多く,ブチャラティの「」は,中間管理職になった現在,心の戒めにしています。ブチャラティとプロシュート兄貴の攻防はジョジョシリーズの中でもベストバウトだと思います。

3432_0109.jpg

②後期研修医になると,何でもできるようになったような感覚に陥ることがあるかもしれませんが,それは錯覚だということを思い知らせてくれるのが,第1部のツェペリ男爵の「」という言葉です。「○○なんて怖くない」と思っていると思わぬ落とし穴にはまります。初心を忘れずに,恐怖と対峙し続けることが真の勇気につながると思います。

③私は,何科に進んでも最低限のことはできるようになりたいと思い,救急疾患の多い病院で初期研修を受けました。本当に良い仲間に恵まれ,あの2年間は自分にとってかけがえのない時間でした。今でも救急当直に入るのは恐ろしく,できればやりたくないですが,当直の時に研修医の頃着ていたスクラブを着ると,何となく勇気がわいてきます。第6部の「」というプランクトンの言葉は間違いないと思います。

 「二人の囚人が鉄格子の窓から空を眺めたとさ。一人は泥を見た。一人は星を見た」(『不滅の詩』フレデリック・ラングブリッジ)。皆さんはどちらを見たいですか?


3432_0110.jpg

①『ONE PIECE』は言わずと知れたギネス記録を打ち立てた漫画史上の金字塔,『週刊少年ジャンプ』の売り上げNo.1。長過ぎて自分が生きているうちに終わらないんじゃないかしら? 私と少年ジャンプとはよわい10歳からの長~い気心の知れた付き合いのため,お互い「ジャンピー」と「Hiro」と呼び合う仲とは……誰も知らない。

 『週刊少年ジャンプ』には『ONE PIECE』を筆頭に優秀な漫画が多く,『NARUTO』『スラムダンク』『Dr.スランプ アラレちゃん』『ドラゴンボール』『僕たちは勉強ができない』など名作を挙げたらキリがない。努力・友情・勝利を謳う『週刊少年ジャンプ』の『ONE PIECE』には人生に必要なものが全て含まれている。人生は必ずしも勝ち負けだけで語られるものではなく,さまざまなキャラの友人たちとの「旅」であることがわかる。ま,最終的には全て暴力で事を済ませてしまう少年誌の悲しい性があるけどネ(笑)。

 『ONE PIECE』を読まないと,人生の半分は損をしている。「火拳のエース」が赤犬に殺された第574話を読んだ早朝は茫然自失となり,朝のカンファランスで「火拳のエース,死んだぞ」とポツリ。医局員に「人でなし」「人非人」「人間のクズ」とどんなにののしられようとも,ネタバレをしないではいられなかった……人生,思うようにいかないことを教えてあげたのだ。

3432_0111.jpg

②JUMP COMICS以外に,ここは医療漫画として『Dr.コトー診療所』を挙げておく。他作品ではスーパーヒーロー的医師が登場しやすい。本書の五島健助は腕もいいが,何しろ人がいい。奇々怪々な疾患はそんなに遭遇するわけもなく,むしろコモンな疾患をさまざまな生活背景・性格の患者さんたちが抱えてやってくることが多い。そこを地域に根差してテーラーメイドに対応する五島健助は本当の良医だと感銘を受ける。

 ブラック・ジャックをめざして医師になった私は定番としてBJを挙げるべきかもしれないが,良医の本質を問うこの作品こそ医学生に読んでほしい。ちなみに拙著『ERの裏技』(CBR,2009)で紹介した「アイーンのおじさん肘内障整復法」が,医療監修の茨木保先生のお計らいで本書に採用されたのはうれしかった。

③1973年から6年間『週刊マーガレット』に連載された『つる姫じゃ~っ!』は私のギャグ漫画のルーツで,単行本も所蔵している。つる姫はカッパ禿のお姫様。不潔でがさつで自由で生き生きとした子どもらしいところが好き。周囲に迷惑をかけてばかりいるがどこか憎めない。全く毒気がなく心をほのぼのとさせてくれる名作。けらえいこの作品が同じ雰囲気を醸し出している(『あたしンち』より『セキララ』シリーズが好み)。

 世の中には他に『モンスター』『パイナップルARMY』『進撃の巨人』『キングダム』『はたらく細胞』『もやしもん』など名著が多い。「医者たるものNEJMと『週刊少年ジャンプ』はどちらも同様に速く読めるようにすべし」と常に言っている。どちらも人生にとって大切な文献なんだから,人生を無駄にしちゃいけないよ。

3432_0112.jpg
越前あい(福井大病院救急総合診療部公式キャラクター)
愛情・慈愛を表すハートと福井のカニの髪飾りがチャームポイント(https://u-fukuiqq.wixsite.com/qqaichan)。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook