医学界新聞

寄稿 田辺 有理子

2021.06.28 週刊医学界新聞(看護号):第3426号より

 今般の新型コロナウイルス感染症の感染拡大で,私たちの日常は大きく変わった。多くの医療者は,初期のアウトブレイクの頃から感染への恐怖に加えて孤立感や差別される感覚を持っている1)。また自粛生活や対応の長期化による,先行きが見えない不安などの心理的苦痛が重なっている。そこで今,ストレスや怒りのマネジメントが求められている。怒りは全ての人に備わる自然な感情であり,無理に封じるのは不健全だ。しかし怒って文句を言っても事態は改善しないし,怒りをぶつけられた人は憤りを感じ抵抗する。怒りは,なかなか厄介な感情である。

 看護師にとっても,怒りをはじめとする感情のマネジメントは不可欠である。例えば患者とのかかわりでは,患者から怒りや攻撃を受けることがあるため,対処技法として感情のマネジメント能力を身につけることは有用である。またチームのリーダーシップやメンバーシップ,組織や人材のマネジメントに対して活用することで2),コミュニケーションを工夫してチームの機能を整えられ,自分自身が働きやすい職場環境づくりにもつながる。

 アンガーマネジメントは,不要な怒りに振り回されず,必要な場面では上手に怒るためのトレーニングである。これは怒らないということではない。勢いにまかせて声を荒らげてから「言い過ぎた」と悔やむ,あるいは納得いかなかったのにこらえて「怒っておけばよかった」と悔やまないことをめざすものだ。

 怒りは,防衛の感情である。攻撃された,脅かされた,蔑ろにされたと感じた時に発動する。野生の動物なら本能的に戦いを挑むところだが,人間には理性や言葉があるので,攻撃や破壊的な方法で相手を傷つけずに怒ることができる。

 また,感情を選ぶのは自分だ。怒った時には,その人や出来事に焦点を当てようとしがちだが,同じ対象や出来事に対して怒る人もいれば怒らない人もいる。その対象や出来事が自分を怒らせているのではない。怒りの引き金は,自分の中にある価値観や期待などを司る「こうすべき」「べきでない」という “べき思考”にある。「べき」は,譲れない価値観や期待,欲求などを象徴する。ルールを守るべき,時間は守るべき,報告すべき,言い訳すべきでない,患者は/看護師は/医師は/組織はこうあるべき,などである。人は何らかの出来事に対峙すると,この「べき」に照らしてその出来事を意味付ける。自分の「べき」と異なる現実に対して怒りが生じる。

 怒りを火が燃える仕組みに例えてみよう。火は燃料に着火することで燃える。ここで火花を散らし着火を誘発するのが「べき」である。燃料はつらい,苦しい,悲しい,焦り,不安,疲労,睡眠不足,体調不良などのマイナスな感情や状態である。私たちは日々さまざまな出来事に遭遇して「べき」の火花が散る。しかしその時の燃料の量によって,燃え方は変わる。普段なら気にならないことでも,体調が優れない時や仕事に追われて焦っている時には,怒りが強くなる場合がある。つまり,怒りの火種と燃料は自分自身であり,心身の状態が影響するのである。

 無駄に怒らないためのポイントが2つある。1つ目は,着火する回数を減らすこと。自分が持っている「べき」を知り,こだわりすぎないことである。2つ目は,燃料を減らすこと。火花が散っても燃料がなければ燃えない。悩みを相談する,焦っていたら一度立ち止まる,疲れていれば休む,リフレッシュする。怒りの燃料になるマイナスな感情や状態を減らすための心身のケアが大切である。

 怒ること自体は自然な反応だが,怒り方が偏っているなら改善の余地がある。3つの傾向を2)でまとめた。

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 3つの怒り方の傾向

 ①小さなことでも激しい怒りのスイッチが入り,一度火がつくと強く怒る人は,「白か黒か」と両極端に考えがちである。感情には強弱の幅があることを意識し,自分の感情を把握すると良いだろう。②しょっちゅう怒って不満や愚痴が多い人は,怒ることと怒らないことのメリハリを付けることが大切だ。相手のプラス面にも目を向けることで,相手にも自分にも寛容になれる。③過去の出来事をいつまでも怒り続ける人は,気持ちの切り替えを練習する。頭の中で怒りが渦巻く時には,気分転換が重要だ。

 攻撃的な言動で怒りを発散することは控えたい。「自分が怒るのは当然だ」と思ったとしても,それは攻撃を正当化する理由にはならない。他にも物を乱暴に扱ったり壊したり,自分自身を攻撃したりする人もいる。攻撃ではなく自分の感情や相手への要望を言葉で伝えることが肝要である。

 怒る時は,勢いに任せて不適切な言動にならないように気を付ける。まずは理性を取り戻し,怒るか怒らないかを見極めて,行動を選ぶ。そのためには,以下の3ステップで適切な対処を心掛けることが望ましい。

1)衝動のコントロール

 感情にまかせた反射的な言動が,適切な医療を妨げたり,患者の不信を招いたり,職場の人間関係を悪化させたりすることにつながる。その場の勢いで感情を不適切に表出しないためには,ほんの数秒間だけ反射的な言動をせずにやり過ごす。数秒間で怒りが消失するわけではないが,冷静に次の言葉を選び,対応できるようになる。

2)思考のコントロール

 冷静さを取り戻したら,その事象を見極め,怒る必要があるか否かの線引きをする。怒った時に「相手にどうしてほしかったのか」と考えると,出来事やその時の思考を整理しやすい。価値観は人それぞれで,その程度や優先順位を全て一致させることはできない。見方を変えると,自分と考え方が異なる場合でも,怒るほどでもないことがある。その時は少し許容範囲を広げて「そのように考える人もいるのだな」と思えると,気持ちが楽になる。

 とはいえ全てを許容すれば良いというわけではない。安全や倫理観など譲れない価値観が触発されれば,怒る選択もある。「せめてこうしてほしい」と線引きすると,許せる範囲が明確になる。怒りの下に隠れている感情と思考を整理してニーズが明確になれば,行動は導き出される。

3)行動のコントロール

 怒るというと,声を荒らげて攻撃するイメージを持つ人がいると思う。強引に押せば一時的に相手は従うかもしれないが,そのような人からはいずれ皆離れていく。怒るという行動の選択は,長期的に見て自分と相手双方にとって健康的であることが求められる。感情的になるのではなく,感情を言葉で表現することが大切だ。良好なコミュニケーションのために必要なのは,我慢ではなく配慮である。

 行動を選ぶ基準として「その状況が変えられるか否か」が挙げられる。変えられる時は,相手に何をどうしてほしいのか具体的な行動をリクエストする。変えられない時は,その現実を受け入れた上で自分が取れる行動を選ぶ。このように行動をコントロールし,選択することが重要だ。

 今,医療現場は過酷な現実に直面している。これまで当然だったことが通用せず,変化を余儀なくされている。先行きが見えずに疲弊する医療者も多いだろう。しかし答えの出ない不確実な状況という変えられない現実を受け入れることは,諦めではない。受け入れた上で,今自分にできる行動を主体的に選択することが大切だ。自分を見てねぎらってくれる人がいれば,もう一踏ん張りできる。管理者がねぎらいの声を掛けてくれれば良いが,もしそうでないなら,自分で自分をねぎらおう。もし周りの人がイライラしながら働いているなら,皆に「私たちはよくがんばっている」と声を掛けてみよう。

 他者の言動に怒ったり落ち込んだりすると,その誰かに振り回されているように感じるかもしれない。しかし自分の感情や行動は自分で選び,決めることができる。アンガーマネジメントは,それをコントロールする方策である。


1)PLoS ONE. 2021[PMID:33428676]
2)田辺有理子.ナースのためのアンガーマネジメント――怒りに支配されない自分をつくる7つの視点.メヂカルフレンド社;2018.

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横浜市立大学医学部看護学科 講師

北里大大学院看護学研究科修士課程修了。北里大東病院,岩手県立大助教を経て,2013年より現職。精神看護専門看護師,保健師,精神保健福祉士,公認心理師,日本アンガーマネジメント協会ファシリテーター。看護師のメンタルヘルスや医療現場の暴言・暴力の問題などにアンガーマネジメントを活用した研修を実施している。

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