医学界新聞

書評

2021.05.24 週刊医学界新聞(通常号):第3421号より

《評者》 立教大社会学部教授・社会学

 本書は,質的研究法の1つであるM-GTAについて体系的に説明したものである。GTA(グラウンデッド・セオリー・アプローチ)は,1960年代北米における社会学の質的研究方法論の興隆の中で,B. GlaserやA. Straussらによって考案された。著者は,そのオリジナルGTAから受け取った発想を,領域科学を超えて質的研究法が定着した現代の状況に沿うように,また対人援助領域における実践と近い場でなされる研究のために,洗練させてきた。本書は,「定本」と冠されたタイトルが示すように,この方法論を30年にわたって牽引してきた著者による決定版といってよい。

 この本で想定される主たる読者は,「初めて本格的な研究に取り組む人たち」である。例えば,看護学や社会福祉学の領域で修士論文を書く際に,実際にM-GTAを用いて質的研究を行おうとする学生にとっては,この本は必携の一冊である。また実は指導する側の教員にとっても,非常にありがたい書であることは間違いない。ただ,そうした本書の特徴については,多くの書評が予想されるので,残りの紙幅では,GTAとは異なる質的研究法(エスノメソドロジー)を専門とする評者が目を引かれた点について,紹介したい。

 本書の特徴の1つは,M-GTAを理解するためには,オリジナル版のGTAの評価が欠かせないという立場を取り,継承点と改善点を明示していることにある。理論生成を志向し「継続的比較分析」を行う,という基本的な構えを継承するとともに,初期のGTAがフィールドワークによる観察データを前提としていたのに対し,著者が自覚的にインタビューデータの分析のための方法としてコーディングの方法を体系化してきたことは,目を引いた。本邦におけるM-GTAの定着が,こうした洗練によって促進されてきたことは疑いない。

 本書のもう1つの特徴は,他の質的研究法に対する対話の道を開いている,ということだ。意味解釈の重要性を強調し「研究者を方法論化」するという主張は,表現や力点の違いはあれ,多くの質的研究法に訴求する論点だと思う。こうした共通点とともに,著者が強調するM-GTAの特徴は,その他の研究法との差異をもわかりやすく提示している。中でも評者の目を引いたのは,M-GTAが行うプロセスの分析は,「非時間的」なものだという主張である。M-GTAの目的が,現象の持つプロセス性を,現象の時間的順序から切り離して理論化することだとよくわかる表現である。

 評者がこれらの論点に目を引かれるのは,これらの点においてはGTAとは対極にある質的研究法,つまりコーディングを行わず,現象それ自身の時間的構成を明らかにしようとするエスノメソドロジーの考え方に依拠しているからでもある。その上で,評者がこれらの論点から多くを学ぶことができたように,本書は,M-GTAのみならず,質的研究を行う全ての人にとって,読めば必ず何かが得られる著作である。その意味でも,領域科学を超えて定着した現代の質的研究方法論における必読の書といってよいだろう。

《評者》 東京医歯大教授・臨床医学教育開発学

 本DVDを視聴して,摂食嚥下障害分野の第一人者であるそれぞれの編者の話を,本人の目の前で聞いているような感覚を持った。全編が実践的動画を含む講義形式でコンパクトにまとめられており,日常の摂食嚥下障害で直面する疾患・症候についての基本的事項から,治療・リハビリテーション・対処法まで,内容がストーリー性を持ってまとめられている。摂食嚥下障害は原因疾患や障害部位によってパターンが異なり,その対応については病態のメカニズムや個人の摂食嚥下障害の特徴の理解が重要となってくる。本DVDでは疾患の病態から嚥下障害のメカニズムについて特にわかりやすく図表を使って解説されており,その鑑別のヒントや臨床上のTipsも多く示されている。

 本DVDの内容は,摂食嚥下障害の頻度として最も高い脳血管障害については球麻痺と偽性球麻痺に分けて詳説されており,またパーキンソン病をはじめとする神経難病やサルコペニアについての最新の内容も盛り込まれている。さらに,小児疾患による嚥下障害,頭頸部手術後の嚥下障害など,普段はあまり指導されることのない(日常臨床ではしばしば経験されるが,その内容を指導してくれるエキスパートがいない)分野もカバーしている。

 ビデオ教材の利点として,難解な部分や嚥下造影検査結果などを繰り返しあるいはスローで再生でき,理解が深まることがある。本DVDには,時間をかけて咀嚼すべき内容や図表を見ながらじっくり理解する内容,繰り返し診るべき検査所見や手技が盛り込まれており,一度のビデオの再生時間以上の時間をかけてじっくりと見るべきものとなっている。また,本DVDの特徴として,嚥下造影などの検査所見だけでなく,摂食嚥下障害への治療・リハビリテーション手技が動画としてわかりやすく編集されている点がある。手技を習得するに当たって重要な点は,正しい手技を見ること,実際の手技場面を見ることの2点があるが,本DVDではこの2つが同時に満たされており,この意味でもぜいたくなつくりとなっている。画像的にも,本DVDの画はクリアであり,誤嚥の瞬間などもわかりやすく示されている。各施設での摂食嚥下障害の実臨床に明日から応用できるようになっている。

 本DVDは基礎的事項からわかりやすくまとめられており,医療者の教育教材としても有用である。内容的に卒前教育から卒後教育,認定医療者教育にも十分に活用できる。摂食嚥下障害の基礎~応用までの教科書として,各病院だけでなく医療系大学などの教育機関でも常備しておきたい教材である。

《評者》 岡山大大学院教授・循環器内科学

 私の専門分野は心エコー図法である。以前,病院で心エコー図検査をしていた時,謎解きのような快感を覚えたことが何回もあった。漫然とルーチンの断面を記録しているだけではどんな疾患かわからない。疾患に特徴的な心エコー所見を覚えていた,あるいは画面上のわずかなヒントに気付くことで正解にたどり着くことができた,このような経験である。そのような心エコー図検査ならではの快感を再現しているのが本書である。まさしく“ドリル”である。

 単なる正解を求めるクイズ本ではない。本書の特徴は心エコー画像から所見を読ませること,それ自体がクイズである。付録の動画をしっかりと見ないとなかなか正解できない。所見を読み,数値データも参考にしながら,どのような心疾患,どのような病態であるか考えていく,まさに心エコー図検査のプロセスそのものである。「1章 小手調べの20症例!」は誰でも知っているはずの典型的な症例であり,自分のレベルを知ることができる。次の「2章 いよいよ本番の30症例!」は実力試験である。心エコー診断にたどり着くことも大事だが,ぜひ解説を読み込んでいただきたい。各症例の最後にあるLearning Pointを覚えるだけでも十分に勉強になる(本書の末尾には各症例のLearning Pointをまとめたものも掲載されている)。

 たくさんある心疾患の中からなぜこの50症例? という疑問があるかもしれない。そのセレクションにこそ編集者である泉知里先生の臨床経験が生かされている。天理よろづ相談所病院,国立循環器病研究センターで多くの臨床例を最前線で経験した目で選ばれた症例である。ということは,これらの疾患をしっかりと診断することができれば病院での心エコー図診断には十分である。この割り切りこそが本書のもう一つの特徴である。

 そして,臨床検査技師ももちろんチーム医療の一員である。執筆陣に両施設の医師とともに臨床検査技師が名前を連ねているのがとても良い。最後に診断するのは医師,ということで所見のみで診断を避ける臨床検査技師も少なくないが,ぜひ自信を持って心疾患を診断し,病態を評価してほしい。若手医師にとっても,臨床検査技師にとっても,本書は心エコーを“学ぶ”ための最適な実践ドリルであるといえる。

《評者》 愛知医大特任教授・小児科学

 中部病院がハワイ大と提携して米国式のレジデント教育を行ってきたことは有名であるが,その歴史は古く,半世紀以上の年数を刻んでいる。今でこそ,卒前・卒後の医学教育の重要性が声高に唱えられ,医学教育の専任教員が各大学に在籍するが,中部病院では全国の医学部・医科大学が卒後教育に目を向けるはるか昔から系統的なレジデント教育が行われてきた

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