医学界新聞


映画『いのちの停車場』が描く「生き抜く力」

対談・座談会 成島 出,鶴岡 優子,新田 國夫

2021.05.24 週刊医学界新聞(通常号):第3421号より

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 在宅医療の特徴に,患者一人ひとりの「生きがいを重視すること」が挙げられる。それは時に患者に最大限の医療を提供したいと考える医療者の意思と合致せず,医療者はどう意思決定するべきか葛藤することもあるだろう。

 このたび,患者と共に悩む在宅医の姿を描く映画『いのちの停車場』(成島出監督)が公開された。本紙では成島監督,本作で在宅医療の監修・指導に当たった鶴岡氏,後援の日本在宅ケアアライアンスで理事長を務める新田氏による座談会を企画。在宅医療に対する期待やその先にある生と死,安楽死についての対話から,さまざまな「化学反応」が生まれた。

鶴岡 まずは成島監督から,『いのちの停車場』で在宅医療をテーマとして描いた背景をお聞かせください。

成島 そもそも私が在宅医療に関心を持ったきっかけは,85歳の父を間質性肺炎で亡くしたことです。父は生前,家で看取られることを強く希望していましたが,近隣では医療設備が十分ではなく,結局帰宅はかないませんでした。その後悔から,在宅医療をテーマにした映画を撮りたいと考え続けてきたのです。そして今回,さまざまなご縁もあって『いのちの停車場』の監督を務めることになりました。

鶴岡 多くの「医療もの」の映像作品が救急医療や病院という「動のドラマ」を描くのに対して,患者さんの生活に密着して医療を提供する在宅医療は「静のドラマ」と言えそうです。

成島 ええ。在宅医療では「最期まで生き抜こうとする患者さんをどう支えるか?」という考えを出発点として,静かながらも力強い物語が生まれているように感じています。

鶴岡 本作の舞台は「まほろば診療所」という小さな診療所です。吉永小百合さん演じるベテラン医師の主人公が,患者さんとその家族との出会いを通じて,在宅医として成長していく姿が丁寧に描かれています。また,広瀬すずさん演じる看護師と松坂桃李さん演じる医大卒業生は,それぞれ患者さんに寄り添い,かけがえのない存在になっていました。

成島 重々しくなりがちな「生と死」の物語を描く上で,この2人は太陽のように「生」を照らし出してくれる存在です。そして主人公と西田敏行さん演じる院長が作品全体を優しく包み込む。こうして在宅医療を通じて生きる力を生み出していく場が「まほろば診療所」なのです。

新田 個人的には,主人公に同行する看護師の活躍が印象に残っています。患者さん一人ひとりを深く理解して,それぞれに合ったケアを適切に提供する観察眼の鋭さに驚きました。

 実際の在宅医療でも同様のエピソードには事欠きません。30年ほど前,私が初めて患者さんを看取った時のことです。患者さんに心電図の電極を装着しようとしたところ,訪問看護師に「看取りの場面にそぐわない,そんなうるさい音の出る機械を装着しないでください」とたしなめられてしまいました。「人の死=心電図が止まること」だと思い込んでいた自分を恥じ,その心電図計は倉庫の奥にしまいました。

鶴岡 在宅医療は,看護師に限らずさまざまな職種と連携して成り立っています。例えばケアマネジャーやリハビリ職,介護職,福祉職など,登場人物が多いことが特徴です。本作ではあえて医師と看護師にフォーカスを絞り,最期の一瞬まで生き抜こうとする患者さんと家族とのドラマを描いています。

新田 時に「在宅医療=看取りの医療」と思われています。しかしそれは一側面でしかありません。在宅医療の本質は「治し,支えることで患者さんが生き抜く方法を模索すること」にあるのです。在宅医療の根底に流れる「生き方の模索」という哲学を,本作を通じて多くの人々に知ってもらえるとありがたいです。

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「まほろば診療所」医療スタッフが末期の膵臓がん患者を在宅で診る様子。医師と看護師だけでなく,家族もチームの一員である。

成島 本作の取材を重ねる中で,印象的な話を聞きました。ある先生が「病院医療は,あらかじめ定められた標準治療を実践する『基本問題』。在宅医療は,各家庭の流儀や価値観に寄り添った治療をケース・バイ・ケースで提供する『応用問題』」と語っていたのです。これにはうならされました。

鶴岡 病院医療でも患者さんの価値観を重んじる傾向は強くなっていますが,在宅医療ではより強く「患者さんの数だけ答えがある」ことを実感できます。そして答えを見つけるのは,医療者でなく患者さんなのです。

成島 病院医療と在宅医療,それぞれが持つ哲学の相違は,本作の重要なポイントです。主人公はもともと急性期病院に勤める救急医でしたが,ある事件をきっかけに在宅医になります。そのため最初は,急性期病院で重視してきた「命を救う医療」と,在宅医療が重視する「生を支える医療」の相違に悩み,戸惑います。

新田 病院医療を経験してから在宅医療に飛び込んだ点では,私も主人公と同様です。私は10年間ほど外科医として勤務した後,「急性期病院を退院した後の患者さんを診る必要がある」と感じて,1990年に診療所を開業し在宅医となりました。悩みながらも,多くの患者さんとの出会いを通じて在宅医療の考え方を次第に体得していきました。

鶴岡 今回,本作の患者さんとの「出会い」を通じて,私も在宅医療の在り方をあらためて考えさせられました。例えば,脊髄損傷による四肢麻痺を患うIT企業の社長さんが最先端医療を求めて主人公に言い放つ,「『在宅医療では無理』と決めつけるな!」というセリフです。

新田 現実的には,在宅医療では最先端機器を用いた治療の実施は簡単ではありません。しかしながらこのセリフは,本質的な問題提起だと感じました。

 これまで,在宅医自身が在宅医療を狭い枠でとらえていた側面があったかもしれない。在宅医療は無限の可能性があり,患者さんの多様な価値観を尊重しながら医療を提供していくオーダーメードなものであると,私たち在宅医が再認識する必要があるように感じました。

鶴岡 肝に銘じます。加えて現場では,「正しい医療を提供したい」医療者の思いと,「自分流の生き方を貫きたい」患者さんの思いが合わないことが日常的に起こります。この時,患者さんの生き方を医療的正しさから全否定してはいけない,というのは重要なテーマだと思います。本作では,きっぷの良い患者さんとタバコについて話すシーンがあります。医療者としては,もちろん禁煙してほしい。しかし意見をはっきり述べ,凛として自分の生き方を貫く患者さんの姿はすがすがしくもありました。

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肺がんに罹患しながらも好きな喫煙を続ける患者が,「医療の正しさ」を押し付けてくる,在宅医になったばかりの主人公に反発するシーン。

成島 この患者さんのモデルの1人は,俳優の勝新太郎さんです。勝さんは下咽頭がんを公表した記者会見の場でタバコをふかす,破天荒な人物でした。声帯切除の手術を拒否し,罹患から1年ほどして亡くなったのです。

 私自身も17年に小細胞肺がんに罹患しました。このがんは短期間で再発・増悪する症例が多く,予後不良です。私の場合は幸運にも手術で切除可能でしたが,この時もし切除できなかったとしたら……。本作の末期肺がん患者さんや勝さんのように,以降の治療を拒否する選択肢もあったかもしれないと考えてしまいます。

新田 私が担当した膵臓がんの患者さんとの印象的なエピソードをお話しします。私はこの患者さんと何度も話し合った上で,手術を勧め,患者さんも最終的には私の助言を受け入れました。しかしいざ開腹すると進行が早く,全切除はできなかったのです。今度は患者さん自身の意思で治療の中止を決定し,手術3日後には帰宅しました。医療者としての強い葛藤もありましたが,何回も対話を重ね,最終的には本人の意思を尊重し,最期まで在宅療養を支える決断をしたのです。

 在宅でお看取りをした後,ご家族から葬儀に呼んでもらいました。この患者さんは生前から,自身の葬儀の内容を全て考えていたのです。自宅には患者さんが生前に選んだ棺と1本の薔薇が用意されていました。患者さんが好きだったQUEENの楽曲を聴きながら,医療スタッフと患者さんのご家族も交えてワインを嗜みました。幸せなお別れの時間を過ごせたと思います。

鶴岡 まるで映画の一場面のようなお別れですね。在宅医療では,患者さんの価値観の多様性を受け入れること,共に悩み対話を続けること,患者さんが選んだ道を尊重し最期まで支援することが本当に大切なことだと再認識しました。

成島 在宅医療を通じて「生と死をめぐる物語」を描く本作では,話が進むにつれて隠れたテーマである安楽死の問題が顕在化してきます。主人公は疾病に倒れた父親から安楽死を依頼され,強い倫理的葛藤に苛まれます。

新田 本来患者さんの命を救うはずの医療者が,自らの手で安楽死を検討せざるを得ない場合に抱える苦悩は計り知れないでしょう。安楽死問題の前提には,重要なファクターである「痛み」の性質を考える必要があります。痛みには①身体的苦痛,②心理的苦痛,③社会的苦痛,④スピリチュアルな苦痛の4つの側面があり,これらが相互に関連しています。たとえ薬物療法で①を緩和したとしても,医療者には患者さんのその他の苦痛をどのくらい緩和できたかはわからないのです。

鶴岡 ①についても,「緩和可能な痛みに対して,自分はしっかりと対応ができているのか」と,日頃の姿勢を省みることになりました。

新田 医療者は患者さんが抱える痛みの原因を多面的かつ多層的に理解しなければ,安楽死の議論に立ち入るべきではないでしょう。さらに言えば,安楽死のような困難な問題を医師1人で判断することは,過度な心理的負担がかかり,危険だと感じています。

鶴岡 本作では主人公が父親の主治医になり,葛藤を1人で抱え込みます。主治医であり,親子でもあるが故の「苦悩」が浮き彫りになるのです。安楽死に限らず,重大な問題に直面した時,主治医は抱え込まず,チームスタッフと対話して共に考えることがとても大切だと思います。

新田 医療チームのリーダーとして気を張るのではなく。

鶴岡 はい。私も患者さんの困り事は抱え込まず,積極的に周囲のスタッフや連携先の病院の先生方に相談するように心掛けています。しかし個人的な悩みとなると難しいかもしれません。

成島 本作では主人公の抱く倫理的葛藤の大きさが,まほろば診療所の院長が主人公に「一緒に考えませんか」と問い掛けるシーンにつながっていきます。この問い掛けは,新田先生や鶴岡先生含め,さまざまな医療者の方の意見を伺いながら導きました。その意味でも,本作は医療界と映画界が対話を重ねて作り上げられたと言えます。

 映画という表現は時代の一歩先を行くべきだと考えています。本作のラストシーンは,数年後の日本社会でも大きな問題になってくるはずです。在宅医療や安楽死について特定の考えを押し付けるのではなく,観客の皆さんに「一緒に考えませんか」と優しく投げ掛けていければ嬉しいです。

鶴岡 本日はありがとうございました。映画というチャネルを通じて,在宅医療の哲学を多くの人々に知ってもらう機会をいただけたことを大変ありがたく思います。これからも患者さんと共に悩みながら,先輩や仲間と相談して対話を重ね,人々の期待に応える在宅医療をめざしたいです。

(了)

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『いのちの停車場』監督

1961年生まれ。初監督作『油断大敵』(2003年)以降,外科医の葛藤を描いた『孤高のメス』(2010年)や,日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめ10部門で受賞した『八日目の蝉』(2011年)など多数のヒット作を手掛ける。17年,小細胞肺がんに罹患。がんサバイバーとして,UICC(国際対がん連合)ワールドキャンサーデー2021のセッションにも登壇している。

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つるかめ診療所所長

1993年順大医学部卒。国保旭中央病院を経て,95年自治医大地域医療学に入局。96年藤沢町民病院などを経て,2001年より米ケース・ウェスタン・リザーブ大に留学。07年よりつるかめ診療所(栃木県下野市)で在宅医療を開始し現職。本作では在宅医療の監修・指導の他,出演もしている。11年より医療・介護・福祉専門職の多職種による勉強会「つるカフェ」を開催。

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日本在宅ケアアライアンス理事長

1967年早大第一商学部卒。79年帝京大医学部卒。帝京大病院第一外科・救急救命センターなどを経て,新田クリニックを開設。「在宅医療」の概念が明確になっていなかった頃から,在宅医療の推進に尽力する。92年医療法人社団つくし会設立後,理事長に就任。2015年より現職。全国在宅療養支援医協会会長,日本臨床倫理学会理事長など。

金沢の小さな診療所・「まほろば診療所」を舞台に,在宅医療を通じて生に寄り添う医療者と患者,そしてその家族たちが紡ぎ出す,いのちの物語が誕生した。主演は吉永小百合さん。これまで121本の映画に出演してきた吉永さんが,本作で自身初となる医師役に挑戦。同じく「まほろば」で勤務する医大卒業生役の松坂桃李さん,看護師役の広瀬すずさん,院長役の西田敏行さんら出演者が,作品にさらなる厚みを持たせる。原作は現役内科医・南杏子先生による同名小説。後援には日本医師会,日本在宅ケアアライアンス,東京都医師会をはじめとする多くの団体,推薦に日本在宅医療連合学会,全国在宅療養支援医協会が入るなど,多くの医療関係者が協力している。5月21日より公開(一部地域を除く)。

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『いのちの停車場』公式Webページhttps://teisha-ba.jp/

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