医学界新聞

寄稿 楳田 祐三

2021.05.17 週刊医学界新聞(レジデント号):第3420号より

 手術記録は手術症例の術中所見や手術手技についての公式記録です。そのため同僚医師や看護師といった医療チーム内での手術情報の共有,そして術前診断・病理診断にかかわる内科医や病理医へのfeed-backと,その意義は多岐にわたります。欧米諸国における手術記録は文章のみで構成されることが多いのに対して,日本では文章の記録に加え外科医自身が手術イラストを手掛けること(通称オペレコ)が一般的です。イラストは一見して,その手術の概要を把握することができます。また手術を深く理解していなければ要点を押さえたイラストは描けないこともあり,オペレコは自身の手術手技を振り返り,手術経験をスキルアップへとつなげる貴重な修練とも言えます1)

 しかしそんなオペレコも,近年は内視鏡手術の普及やシミュレーション画像の発達により,写真や画像の貼り付けで済ませることが多くなってきているのではないでしょうか。また研修医や若手外科医は日常業務に追われ,オペレコ作成に時間をかけにくいこともあるかもしれません。本稿では,そんな若手外科医の皆さんに,デジタルイラストレーション(デジタルイラスト)を活かしたオペレコのデジタル化について紹介します。

 従来筆者は,鉛筆で描いた下絵に色鉛筆で色塗りし,完成したイラストをスキャナーで取り込みPower Pointや電子カルテ上でコメントを記入するという作成の工程をとっていました。しかし下絵描きから色塗り・スキャナー取り込みという工程には手間と時間を要し,日常業務に追われる中での作業は容易ではありません。こうした問題を踏まえ,効率化を意識してiPad/Apple pencil/描画アプリによるデジタルイラストを取り入れました。筆者は,Adobe illustrator DrawとMediBang Paintを使用していますが,他にもCLIP STUDIO PAINTやProcreateなど多くの描画アプリがあります。使い方や画風に細かな違いはあるものの,デジタルイラストの基本コンセプトに大差はなく,それぞれの好みに合わせたものを用いるとよいでしょう2)

 それでは,アナログの手描きにはないデジタルならではの有用な機能を紹介してみたいと思います。

 手ぶれ補正やアンチエイリアス(線境界をドットレベルで補正),直線や円形の定規ツールを用いることで,正確で滑らかな線画が可能となります。色塗りツールでは,ベタ塗りだけでなくグラデーションやスプレーペンといった多彩な表現で彩れることも特筆すべき点です。細かな描画は画面を拡大することで,逆に大きな範囲には画面を縮小することで,正確にそして短時間で描画できます。また入力を「元に戻す」ことで,簡単に描き直しができます。

 レイヤー(英:layer)は,積み重なっている状態・階層を意味し,この機能を駆使することで 解剖構造の奥行きや前後関係の表現が容易になります。またレイヤー&トレース(重ね絵・なぞり絵)からイラストを改変し「別名保存」していくことで,連続する手術場面のイラストを簡単に量産でき,時間短縮につながります。下絵作成の時間がない場合は,術中写真や腹腔鏡画像,上級医の手本となるイラストをレイヤー下層に取り込んで,トレーシングして完成させることも有用です。

 教科書や雑誌で同じイラストが何度も登場しているのを目にしたことはないでしょうか。デジタルイラストでは「イラストパーツ」を自由に使い回すことで効率的にオペレコを作成できます。鋏や血管鉗子など頻用する手術器具をイラストパーツとしてストックしておけば,これらを自由に貼付して複雑なイラストを簡単に作画することも可能です。

 作成したイラストは,PNGやJPEGといった電子媒体となるので,オペレコのみならず,学会のスライドや論文のシェーマにも使用できます。こうした汎用性の高さも特筆すべき点です。

 デジタルイラストのテクニックを駆使した実際のオペレコを紹介します(3)

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 大腸癌多発肝転移に対する肝切除の1例(文献3より一部改変して転載)

 デジタルイラストでのオペレコ作成に習熟すれば,従来よりも短時間で効率的に,そして手術内容が“伝わる”効果的なオペレコを作成可能となります。働き方改革がうたわれる今日,外科医の労務負担の軽減は急務です。また現在,人類はCOVID-19の脅威にさらされ,新たな社会構造への変革を余儀なくされています。With/Afterコロナを見据えた「digital acceleration(デジタル化の推進)」は,私たち外科医にとっても重要な課題です。

 デジタルネイティブ世代とも言える若手の皆さんにとっては,デジタルイラストでのオペレコ作成は抵抗感なく取り組めるものであり,オペレコに向き合うことでもっと手術を“考える”ようになり,手術上達へとつながるでしょう。オペレコは世界に誇る日本の外科の伝統とも言えるものです。皆さんの手によって日本のオペレコが未来に向けて新たな進化を遂げ,外科学のますますの発展に寄与していくことを願ってやみません。


1)楳田祐三,他.手術教育における手術記録の活用法.手術.2021;75(1):43-53.
2)楳田祐三,他.“伝わる”肝胆膵外科手術記録――iPadを用いた効率的で効果的なイラスト作成法.日消外会誌.2020;53(1):105-15.
3)楳田祐三.伝わる!真似できる!手術記録の描き方・活かし方――デジタルイラストで描くオペレコ入門.金芳堂;2021.

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岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 消化器外科学 准教授

1999年鳥取大卒業後,岡山大医学部外科学第一講座へ入局。2008年同大大学院医歯学総合研究科博士課程修了,米ネブラスカ大メディカルセンター移植外科へ留学。11年岡山大病院臓器移植センター助教,18年同大肝胆膵外科講師を経て,21年より現職。第74回日本消化器外科学会総会特別企画「オペレコを極める」で大賞を受賞。

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