事例で学ぶくすりの落とし穴
[第10回] 経口がん分子標的治療薬の薬物相互作用
連載 岩田 円夏,池田 龍二,柳田 俊彦(監修)
2021.04.26 週刊医学界新聞(看護号):第3418号より
内服薬は食間,食前,食直前,食直後,食後のように用法が定められているものがあります。今回は,吸収過程における薬物相互作用に着目し,経口のがん分子標的治療薬の事例を通して,食事が薬剤に与える影響を考えたいと思います。
58歳女性,喫煙歴なしのAさん。3年前にEGFR遺伝子変異陽性の右肺腺がんと診断され,切除術を施行されました。今年再発を認めたため,入院加療下にて以下の用法でエルロチニブ(タルセバ®錠)による治療が開始となりました。
タルセバ®錠150 mg 1錠
1×朝食後2時間以降
その後Aさんは退院となり,仕事にも復帰しました。今回,外来受診されたAさんより,「朝食の2時間後は職場にいるため薬を服用しにくく,忙しさから忘れてしまうこともある。朝食直後に服用してはだめなのでしょうか?」と質問がありました。
押さえておきたい基礎知識
一般的に内服薬は,血中への吸収(Absorption),血中から体内の各組織や部位への分布(Distribution),代謝(Metabolism),体外への排泄(Excretion)という段階をたどります。この過程を薬の体内動態(ADME)といいます。内服薬は食道から胃に運ばれた後,一定時間滞留し胃液によって溶かされます。その後,十二指腸に運ばれ,肝臓からの胆汁,膵臓からの膵液,腸からの腸液によって溶かされた後,大部分は消化管粘膜を通過し吸収されます1)。
この吸収過程で起こる相互作用としては,難溶性複合体の形成や吸着,小腸上皮細胞に発現するCYP3A4やP-糖タンパク質による阻害・誘導,消化管の運動性の変化などがあります。また,食事の摂取により薬物の溶解性に変化が生じ,吸収が阻害され血中濃度が低下したり,吸収が促進され血中濃度が上昇したりする場合もあります。
消化管内の食事に影響を与える経口のがん分子標的治療薬には,冒頭の事例で用いられたエルロチニブなどが挙げられます(表1)。では,なぜ経口のがん分子標的治療薬の中には薬物相互作用の影響を受けるものがあるのでしょうか。その理由を紹介します。

エルロチニブを食後(高脂肪,高カロリー食)に経口投与した場合,空腹時投与と比較して,AUC(血中濃度―時間曲線下面積)がほぼ2倍に増加したという報告があります2)。このため食後に投与した場合,エルロチニブの血中濃度が上昇し,副作用が強く発現する可能性があります。影響を回避するためにも,食事の1時間前から食後2時間までの間の服用は避ける必要があります。
また,ソラフェニブ(ネクサバール®錠)は,高脂肪食(約900~1000 kcal,脂肪含量50~60%)摂取直後に服用した場合,空腹時投与と比較してAUCが29%低下したことが報告されています3)。作用を減弱させないためにも,高脂肪食摂取時には食事の1時間前から食後2時間までの間を避けて服用する必要があります。
Aさんの話をさらに聞いたところ,数日前に胃のもたれを感じ,ドラッグストアで一般用医薬品のファモチジン錠10 mg(ガスター10®)を購入し,服用していたことがわかりました。購入時,薬剤師より「現在服用している薬はありませんか」と聞かれたそうですが,エルロチニブの服用については伝えていなかったようです。
こんなところに落とし穴
プロトンポンプ阻害薬(PPI)やH2受容体拮抗薬(H2RA)といった胃酸分泌抑制薬を服用した場合,胃内のpHが上昇します。こうした消化管内のpH変動は,吸収過程において薬物の溶解性に影響を与えるものがあり,特に経口のがん分子標的治療薬の中には,pH依存的な......
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