MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
書評
2021.03.29 週刊医学界新聞(通常号):第3414号より
《評者》 福井 次矢 聖路加国際病院院長
SDMを学び進める上での模範的な教科書
EBM(Evidence-based medicine:根拠に基づいた医療)という言葉が医療界で初めて提唱されたのが1992年。提唱者を個人的に知っていた私は,その直後から,わが国においてEBMの普及に努めてきた。そのような私にとって,心の重荷を下ろし,希望の灯と映ったのが,本書である。
理由は,次のとおりである。EBMとは「最も信頼できる研究成果(エビデンス)を知った上で,患者に特有の病状や意向・価値観(個別性),医師の経験や医療環境(状況)に配慮して医療を行うこと」であり,最も信頼できるエビデンスを踏まえる点に最大の特徴がある。今や,わが国においても,診療現場では当然のごとくエビデンスについての議論が正しく行われ,エビデンスに基づいた診療ガイドラインも普及し,医療の質が向上したことは疑いがないところである。ところが,私自身,当時新規性のあったエビデンスに注意を引き付けようとするあまり,「患者に特有の病状や意向・価値観に配慮する」という部分の実践手順を普及しようとする意欲には欠けていて,EBM普及の達成感とは裏腹に,何とも言えない心の重荷になっていたところである。
そのような私の心の重荷を下ろしてくれたのが,本書である。SDM(Shared decision making)とは,医療者と患者が医学的情報と患者の価値観,意向を共有し,共同で最善の決定を下す「共同意思決定」であり,腎臓病領域でSDMの普及をめざす腎臓病SDM推進協会の幹事を中心とした執筆陣の手に成るものである。したがって,SDMを進めるのに必要な理論と具体的な実践手法が,腎代替療法選択を例に,大変わかりやすく記述されている。
最初の5章が総論で,SDMの手順としてはMakoulとClaymanによる「基本の9要素」,米国のAHRQによる「SHAREアプローチ」,Elwynによる「3段階会話モデル(Three talk model)」などが紹介されている。医療にかかわる全ての人々には,この総論の部分をじっくり読んでおくよう強く勧めたい。
個人的には,3段階会話モデルのTeam talk(医師・医療者と患者のどちらかが一方的に決めるのではなく,一緒に考え,医療者は患者を支える立場であることを理解してもらう),Option talk(選択肢とそれらの内容・利点・リスクを説明し,患者の知識・理解度を確認しながら,決定を支援する),Decision talk(患者の意向・好みを明らかにして,選択肢のうちの1つに決定する)の3つのTalkさえしっかり頭に入れておけば,基本の9要素およびSHAREアプローチで説明されている詳細な項目は柔軟に活用できるように思う。
第6章には,患者と医師,看護師などとの会話の実例が7つ紹介されていて,うまくいった例だけでなく反省が必要であった例も含まれている。第7章以降は,SDMとサイコネフロロジー,チーム医療との関係,SDMの研修法,SDM実践の評価,SDM実践上の問題点などが個別に章立てされ,4つの付録(SDMの対象例,意思決定・会話ツール,「金のフレーズ」集,具体例としての聖路加国際病院の腎代替療法選択外来)とともに,多くの診療現場で有用な経験知,ツールとして活用されよう。
診療現場に密着したSDMの手順の紹介のみでなく,SDMの学び方にきめ細かく配慮した本書は,真のTextbook(模範的)である教科書となっていて,執筆のリーダーシップをとられた小松康宏先生をはじめ,26人の執筆者の皆さんに深く敬意を表するところである。
《評者》 稲垣 暢也 京大大学院教授・糖尿病・内分泌・栄養内科学/日本糖尿病学会常務理事/日本糖尿病協会理事
糖尿病における感染症診療の知見を症例提示も交え解説
2020年,新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)のパンデミックに襲われ,世界は一変した。そして,糖尿病がCOVID-19によって重症化しやすいという多くの報道がなされ,糖尿病患者は不安におびえている。しかし,そもそも糖尿病患者は,血糖コントロールが不良であれば,さまざまな感染症が重症化しやすいことは古くから知られており,COVID-19に限った話ではない。わが国における最近の10年間の調査によれば,感染症は糖尿病患者の死因の第2位なのだ。今回の新型コロナウイルス感染のパンデミックは,糖尿病と感染症の関係についてあらためてその重要性を見直す良い契機となった。
本書は,そのような時期に,糖尿病患者の感染症診療についてまとめられた,まさにタイムリーな待望の一冊である。
糖尿病患者は,COVID-19だけでなく,インフルエンザや市中肺炎,そして結核などの呼吸器感染症が重症化しやすいだけでなく,尿路感染症,皮膚感染症,胆嚢炎なども重症化しやすい。さらには足壊疽や歯周病にも留意する必要がある。本書は,糖尿病におけるこれらの感染症診療に関する最新の知見を,症例提示も交えながら,わかりやすく解説している。
糖尿病を診療する医師にとって最も重要なことは,患者のリスクを的確にとらえ,これらの感染症が重症化する前に,予防や早期に発見・治療することであって,編者の石井均先生が述べておられるように,日常診療の中で,細やかな観察や会話,患者が納得できる丁寧な説明や情報...
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