医学界新聞

寄稿 津田 泰伸

2021.03.22 週刊医学界新聞(看護号):第3413号より

 当院は2020年2月から新型コロナウイルス感染症(COVID-19)重症患者とその家族の対応に当たってきました。1年が経過した今も,COVID-19収束の目途は立っていません。この間,多くの医療機関が感染対策に苦心してきたことでしょう。そこで本稿では,感染対策による弊害として浮かび上がった①隔離・面会制限,②個人防護具(PPE)装着,③看取り,それぞれの課題に焦点を当て,克服すべく当院で取り組んでいる活動内容を紹介します。

 政府は2020年2月13日に「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」1)を打ち出しました。医療機関および高齢者施設等における施設内感染を徹底的に防止するため,感染疑いの入院患者に対して個室隔離と感染対策を行う他,「面会は,地域における発生状況等も踏まえ,患者,家族のQOLを考慮しつつ,緊急の場合を除き制限するなどの対応を検討すること」が記載されています。ウイルスの伝播を防ぎ,感染拡大を遅らせる物理的・社会的な距離(social distance)を取る必要性が示されました。

 多くの施設はこの方針に則り,患者を閉鎖病棟に隔離し面会制限を敷くことで感染対策を強化しています。確かに,これらは重要な対処方法であるものの,隔離や面会制限により患者や家族は社会とのつながりを途絶され,心理的に多くの悪影響をもたらされかねません。

 実際に,2009年の新型インフルエンザA(H1N1)パンデミック後には患者の心理的苦痛だけでなく,感染によって隔離された子どもの心的外傷後ストレススコアが4倍高くなり,その親の28%が心的外傷に関連する精神症状を有していました2)。筆者の経験でも,患者は回復過程で不安や気分の落ち込み,自責の念,ストレス,恐怖,欲求不満が引き起こされやすく,さらに就業への心配やスティグマ,社会的なつながりの喪失に伴い落胆する姿を目にしてきました。

 では,実際に強制隔離されたCOVID-19患者の孤立による心理的苦痛をどう緩和することができるのでしょうか。社会的距離がある中では,他者とのつながりを可能な限り維持するために電話やメール,SNSやビデオ会議等の活用が有用です。当院もCOVID-19患者の受け入れ当初からタブレットを用いた面会を導入してきました。比較的若い患者は自身のスマートフォンやタブレットを通して,自宅にいる家族と連絡を取り合うことが可能です。しかし,COVID-19重症患者の大半が60代以上で,中にはICTの活用が十分にできない人もいます。家族も濃厚接触者や軽症陽性となり,自宅での隔離を余儀なくされることが多く,家族へのケアも同時に必要になります。患者と家族,家族と医療者のコミュニケーションをICTの活用で頻回にとれるよう配慮するのはもちろんのこと,タブレット越しでは補えない空間と時間の共有といった,リアルなつながりを実感できるケアの提供に向けて,当院の挑戦は今も続いています。

 次に,PPE着用によって非言語的コミュニケーションが制限される弊害への対応策を紹介します。PPE装着は私たち医療従事者へのウイルス曝露を遮蔽してくれる半面,顔や表情は見えにくくなります。そこで,患者や家族との「顔の見える関係づくり」が課題となりました。

 閉鎖空間での孤独な療養生活でも,決して一人ではなく,医療者と一緒に病いに向き合っているとの実感を持ってもらえるよう,PPE越しのコミュニケーションをいかに行うか挑戦を始めました。そこで着目したのが米国のマグネットホスピタルを含む一部の病院で行われているPPE Portrait Project3)です。これは写真のように,使い捨ての自分の顔写真ステッカーやバッヂ(Portrait=肖像画)をPPEに装着する活動です。Portrait装着により,患者は医療者を識別しやすくなり,関係性が深まると同時にケアに対する受け入れが高まることが期待されます。

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写真 聖マリアンナ医大病院のスタッフが自身の顔写真をPPEに装着したPPE Portrait Projectの様子。

 当院ではPPE Portrait Project創始者Mary Beth Heffernan教授(米オクシデンタル大)とパートナーシップを結び,野口医学研究所の活動助成を受けて2020年11月より同プロジェクトの実装を開始しました。

 プロジェクトに参加した看護師がPortraitに対してどのような認識を持ったのか実装後3か月評価として調査したところ,6割以上がその効果と継続の必要性を感じていました。一方で下記のように,肯定的な感想だけでなく課題を示す内容も明らかになりました。今後は,使用方法を見直し患者への効果を検証していく予定です。

【肯定的な感想】
●顔が見えることで安心する,うれしい,ホッとすると言われ,患者に笑顔が見られた。
●患者とのコミュニケーションのきっかけとなった。
●スタッフ間でもコミュニケーションが取りやすかった。
●写真から会話が始まり,関係性を築くきっかけとなった。
●名前で呼んでもらえるようになった。

【課題を示す感想】
●(対重症患者での実装のため)患者の重症度が高く,挿管中や鎮静下の患者が多く,反応を確認することが難しかった。
●装着することが恥ずかしかった。

 課題の3点目はCOVID-19患者の看取りについてです。当院はこれまで200人以上のCOVID-19重症患者を受け入れてきました。回復して退院あるいは転院する方ばかりではなく,残念ながら亡くなる方も多数いました。ICUや救命救急センターでの死は珍しくありませんが,COVID-19患者の死は私たちがみてきたものとは大きく様相が異なりました4)

 いまだ治療法が確立されていないCOVID-19は突然の発症と急激な重症化により,死亡まであっという間に進むことがあります。これまでは死が差し迫る限られた時間の中でも,家族は患者のそばにいることが可能でした。しかし,今はそれがままなりません。タブレットの使用やガラス越しの看取りだけでなく,一度しかない最期の瞬間,「ありがとう」とお別れの言葉を直接掛け,愛する人に触れながら同じ時間と空間を共有できないかとの声がスタッフから上がりました。

 Australian and New Zealand Intensive Care Society(ANZICS)のCOVID-19ガイドライン5)によると,エンドオブライフ(終末期)では,家族の面会を考慮する必要があるとされています。先の政府の方針1)にある面会制限の条件には「患者,家族のQOLを考慮しつつ,緊急の場合を除き制限する」とあるように,QOLはQOD(Quality of Death)を包含するものでもあり,看取りは人生における最重要の場面と解釈可能でしょう。

 そこで当院では,終末期にあるCOVID-19患者の看取り時の直接面会について院内で議論を重ねました。家族の安全を最優先事項とし,面会を考慮する条件として,①家族の強い面会希望があり,②12歳以上かつ,N95マスクのフィッティングチェックに問題がない,③健康チェックリストに問題がない,④免疫抑制剤投与後や担癌患者でない,などを満たす方について病院管理部門と個別に検討するようにしています。さらに家族には看取りのケアに熟練した医療者が1人付き添い,家族2人までの面会を可能にする体制と説明同意文書を整えつつあります。医療者が面会者にPPEの適切な装着をガイドする必要があるため,現在シミュレーションを重ねています。触れる行為や直接の面会を担保することが,患者や家族にとって意義あるものになると期待されます。

 当院の挑戦は,患者に生じる孤立,そして取り残される家族への悲嘆ケアを考える中でスタッフから自然に湧き上がった「つながりを強化する」ための組織的な取り組みです。管理者をはじめ多くの関係者が議論を重ね進めてきましたが,感染管理上の安全性は検証途中です。現在,当院で開設している「新型コロナウイルス感染症後外来」やご遺族へのフォローアップケアでもさらに検証を重ねる考えです。

 なお,本稿の内容は他施設に同様の活動展開を推奨するものでは決してありません。自施設における面会制限の在り方や患者とのかかわり方を考えるきっかけになれば幸いです。 謝辞:執筆にご協力いただいた,聖マリアンナ医大・大坪毅人病院長,救急医学講座の藤谷茂樹教授,救命救急センター看護師の皆さんに感謝申し上げます。


1)首相官邸.新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針.2020.
2)Disaster Med Public Health Prep. 2013[PMID:24618142]
3)PPE Portrait Project ウェブサイト.
4)津田泰伸.COVID-19重症患者の看取りの経験から,急性期病院におけるエンドオブライフケアを考える.日本エンドオブライフケア学会誌.2021.(in press)
5)Australian and New Zealand Intensive Care Society. ANZICS-COVID-19 Guidelines Version 3. 2020.

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聖マリアンナ医科大学病院救命救急センター副看護師長/急性・重症患者看護専門看護師

2004年山形県立保健医療大卒。亀田総合病院,北里大の教員を経て,12年聖マリアンナ医大病院に入職。同院ハートセンター・CCU,看護部教育担当,提携大学への出向の後,20年より現職。聖路加国際大大学院修士課程修了,現在は同大大学院博士後期課程に在籍中。

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