今日から実践! ポジティブ心理学
看護師の幸せのヒントがここに
対談・座談会 秋山 美紀,島井 哲志,松宮 枝利子
2021.03.22 週刊医学界新聞(看護号):第3413号より
新型コロナウイルス感染症発生から1年,診療に従事する医療者に向けた歌や演奏のプレゼント,建物のライトアップなど,感謝の気持ちを示すさまざまな活動が各地で行われた。このような取り組みに励まされた看護師も多いのではないだろうか。「感謝」をはじめ,人間のポジティブな心理に着目した学問を「ポジティブ心理学」と呼ぶ。ポジティブ心理学の活用法は無限大で,看護チーム内に取り入れればスタッフのメンタルケアにも寄与する。本紙では,その具体的な活用方法と,今後の看護の在り方について看護師と心理学者が議論した。
秋山 病棟での実習終わりに「今日はケアができませんでした」と話す学生がいました。私が「どうして?」と聞き返すと,彼女はこう言いました。「患者さんが一人で何でもできるので,私は清拭や洗髪介助をすることもなく,今日は患者さんの話をただ聴いただけで一日が終わったんです……」と。
島井 なぜ学生はそう思ったのでしょう。
秋山 患者さんの言葉に傾聴することは立派なケアなのですが,その学生は「傾聴できた」ではなく,傾聴という「当たり前のことしかできなかった」と思ってしまったからです。
職業規範に対する意識が強い人ほど,一見当たり前に思える「できていること」には目をやらず,自分を「できていない」と責める傾向があります。松宮さんは,管理者の視点でこうした状況に出合う場面も多いのではないですか?
松宮 そうですね。看護師は問題解決思考が身についており,「できていないこと」にばかり目がいきがちです。しかし,当たり前のケアにこそ看護の価値はあります。例えば,長期間寝たきりにもかかわらず褥瘡を予防できている患者さん。その裏には,多くのスタッフの気遣いや知識,努力があるのですが,そういった「できていること」はあまり注目されません。
この傾向は患者さんに対してだけでなく,看護師自身に対しても同様です。仕事でミスをしてしまったときなどは特に,必要以上に自身を厳しく責めて心が疲弊し,バーンアウトしてしまう人もいます。
秋山 過剰な自己批判は自らを疲弊させてしまいますよね。ミスをした場合にその原因を振り返ることは必要です。しかし,振り返りと自己批判は異なります。振り返りをした後は自分を責めずに,むしろ自分を思いやる,すなわちセルフ・コンパッションを持って,振り返ったことを次に生かすのが大切です。その重要性はコロナ下で不測の事態が続く今,一層強くなっているのではないでしょうか。
松宮 実際,新型コロナの感染者を受け入れている当院では心の疲弊を訴えるスタッフが増えています。防護服を着て業務に当たるため,表情や言葉が伝わりにくいことや,患者さんに寄り添う看護が十分にできないことへのもどかしさを感じる機会が多くなったからです。そうした中で患者さんの容態悪化に直面すると,看護師は罪悪感を抱き,自分を責めてしまうのです。
島井 緊迫する状況下で,「できていないこと」に注意が向いてしまう看護師が増えているのかもしれません。今「できていること」に目を向け,自分たちは価値ある対応を行う尊い存在なのだと自覚することが,看護師に欠かせない思考です。
自分の仕事と人生にはポジティブな価値がある
秋山 親切心,感謝,尊敬などの感情を持つことを,私たちは職務上当たり前だと思っています。このような,普段当たり前に感じていることや「できていること」を形にした学問が「ポジティブ心理学」です。私は,ポジティブ心理学を意図的に取り入れることで看護がますます豊かになると思っています。
約15年前にポジティブ心理学を日本に取り入れた島井先生より,その概要をご紹介いただけますか?
島井 ポジティブ心理学とは,人間の心のポジティブな働きから幸福と人生の充実をめざす,心理学の新しい応用領域です。約20年前にアメリカのSeligmanらによって提唱されました1)。
従来の心理学では,ネガティブな感情への対処や精神疾患の治癒など,人間の弱点を克服することに力が注がれていました。それらはもちろん大切な考え方や働きではありますが,同時にポジティブな面にも着目すべきだとSeligmanらは主張したのです。
秋山 ここで私から強調したいのは,ポジティブ心理学とポジティブシンキングは異なるものだということです。ポジティブシンキングとは,ネガティブな面を無理にポジティブにとらえること。看護は,病いやけがに見舞われた方々に寄り添う仕事なので,不安や苦痛といったネガティブな面からは絶対に目を背けられません。ポジティブ心理学は,このようなネガティブな面と,強みや感謝といったポジティブな面の両方を客観的にそのまま受け止めることを大切にしています。
島井 ポジティブ心理学で研究されてきた主要な概念(表)は看護にも有効です。「仕事も含めた自分の人生にポジティブな価値がある」という,看護師の生きがいにつながるアプローチを現場に取り入れていただければと思います。
人生の意味をしっかりと考え直す。そして,自分の働いていることの意味を考え直す。今は大変な時期ですが,誰かを助けて支援する仕事に価値があると再確認する絶好のチャンスです。ポジティブ心理学の活用が看護師自身の人生の幸せにつながるでしょう。
日常の中に価値を見つけよう
松宮 看護管理者が実践できる具体的な取り組みはありますか?
島井 まずはスタッフが自分自身を尊重する機会を設けることです。看護師は他者を尊重・優先し,自分のことを後回しにする傾向が強いです。そこで,自分の「ウェルビーイング」(幸福度)を高めるために,映画鑑賞や運動,自然との触れ合いといった,仕事以外の時間も積極的に楽しんでもらうよう,スタッフの支援者として呼び掛けてみてください。
ただ,1日の大半を勤務に充てる社会人にとって,限られた“オフ”の時間を楽しむだけでは「ウェルビーイング」を高めるのは難しいかもしれません。
松宮 そうですね。すると,私たちには何ができるでしょうか。
島井 仕事の中でもポジティブな点を見つけて大切にする,さらにそれをメンバーと共有できる場を作ることです。
松宮 なるほど。例えば,勤務終わりのスタッフらが「できていること」を共有できる場を30分ほど確保するのはどうでしょう。
秋山 良いアイデアですね。
松宮 「今日,自分がいたからこの患者さんは急変しなかった」「このメンバーでいい仕事ができた」などと,意識的に「できていること」を話す機会を設ければ,普段の業務の中でもポジティブな点に目を向けやすくなるはずです。
島井 表にある,喜びをはじめとした「ポジティブ感情」や,将来に対する明るい見通しを意味する「希望」を用いるアプローチですね。
職場では,形式にとらわれない実践も可能です。ナースステーション内の会話で,自分たちの仕事の価値を見いだせそうな話題で盛り上がるのもおすすめです。一例を挙げると,小さなお子さんを持つスタッフがいれば,写真を見せ合うことで,赤ちゃんという次の世代のために自分たちが仕事をしていると考えるきっかけとなるかもしれません。
松宮 私たちが今戦っているのは現在のこの瞬間ですが,今の積み重ねが未来につながっていきます。次世代のためにも自分たちは大切な役割を担っているのだと,勇気をもらえそうですよね。
秋山 ポジティブ心理学をチームに取り入れ,スタッフがポジティブな感情を経験しながら仕事をすると,組織は管理者の想像を超えて生き生きと機能するものです2)。看護組織として時間を確保した取り組み,あるいは普段の雑談の中などさまざまな状況でのポジティブ心理学の活用をおすすめします。
メンバー同士やチームの信頼を育む「感謝の手紙」
松宮 管理者からの働き掛け以外に,スタッフ同士で行える取り組みはありますか?
島井 ケアをする人への支援を実践する際には,「感謝」に対するアプローチも有効です。多くの人は,感謝の気持ちが湧いたときに心が穏やかになったり,逆に感謝の意を誰かに表された際に自分に自信がついたりします。このように,感謝の感情は与える側・受け取る側ともに精神的な安定につながるものなのです。
松宮 仕事の中でも患者さんに「ありがとう」と言われると,やりがいや充実感につながります。「感謝」にアプローチした具体的な実践方法を教えてください。
島井 さまざまな実践法がありますが,その1つである「感謝の手紙」3)を紹介します。これは,自分に益をもたらしてくれた人を思い浮かべて,その人が自分にしてくれたこと,与えてくれた影響,感謝している理由などを文章として書く取り組みです。「感謝の手紙」によって離職率が減少するだけでなく患者満足度の向上につながるとの報告もあります4)。自分の行動が他者に認められ,感謝される経験が,いかにうれしいか,そしてそれがいかに職務への原動力となっているかを示した結果です。
松宮 ぜひ取り入れたいアイデアですね。医師を含め部署全体で取り組めば,職場の雰囲気が明るくなりそうです。
秋山 私も新人看護師向けの研修プログラムで取り入れています。新人の良かった行動をプリセプターに書いてもらい,その手紙を研修の最後に渡すのです。「先週,病院内で検査室がわからなくて困っている患者さんを見て,とっさに駆け付けて優しく案内していたのが素晴らしかった」など,先輩看護師が具体的に内容を記述することで,自信を失っている新人の心に強く響く言葉となります。研修の中では,先輩が自分を見守ってくれていたことがうれしくて泣き出す新人もいるほどです。
島井 「感謝」の表現は特定の人からだけでなく,匿名で行うのも効果的です。誰かはわからないけれど自分を見ている人が存在するんだという経験は,チームのメンバー全員に対する信頼が形成される原点になるからです。
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松宮 ウェルビーイングやポジティブ感情,希望,そして感謝。ポジティブ心理学の中には,看護師が「できていること」に目を向けるヒントがたくさんつまっていることを学びました。コロナ下のピンチは,組織に変化を起こすチャンスにもなるはず。スタッフのポジティブな面に目を向けられるような組織作りに向け,早速当院のリエゾン看護師と今日の学びを共有したいと思います。
島井 この状況の中で,看護師みんなが最前線に立つ必要があるわけではなく,さまざまな立場から役割を果たす人が必要です。全体をマネジメントする支援者は,困難の中で,今できることを果たしているという充実感を大切にしてほしいと思います。
秋山 本日はありがとうございました。コロナ下で大変な思いをしている方が多くいる中で,幸福と人生の充実をめざすポジティブ心理学を強調して良いのか,私自身戸惑いがありました。しかしポジティブ心理学は,ポジティブな部分と同時に人の痛みにも寄り添う学問領域です。多くの人々が痛みを感じている時代,人との触れ合いや集いなどこれまで当たり前だったことが当たり前ではなくなった時代,その大変な時代のピンチをチャンスに変えるヒントとなるのがポジティブ心理学です。自分に思いやりを持つことで疲弊を防止するために,現場でぜひ活用してみてください。
参考文献
1)Seligman MEP. The president's address. American psychologist. 1999;54(8):559-62.
2)Am Psychol. 2001[PMID:11315248]
3)Am Psychol. 2005[PMID:16045394]
4)Quint Studer.鐘江康一郎(翻訳).エクセレント・ホスピタル――メディカルコーチングで病院が変わる.ディスカヴァー・トゥエンティワン;2015.
秋山 美紀(あきやま・みき)氏 東京医療保健大学 准教授・精神看護学
1998年東大医学部健康科学・看護学科卒。東京女子医大病院勤務を経て,2006年東大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻満期退学後,同年より2021年3月末まで現職。博士(保健学)。専門領域はレジリエンスやセルフ・コンパッションなど。編著に『看護のためのポジティブ心理学』(医学書院)。「患者さんの幸せのために働く看護職こそ,まず自身が幸せでいてほしい。そのためには自分への思いやり(セルフ・コンパッション)が大切である」。
島井 哲志(しまい・さとし)氏 関西福祉科学大学 教授・心理学/公衆衛生学
1978年関西学院大卒業後,同大大学院博士課程修了。博士(医学)。米ペンシルヴァニア大セリグマン研究室客員研究員,日本赤十字豊田看護大教授などを経て2016年より現職。専門領域はポジティブ心理学,健康心理学・行動医学,公衆衛生学。『看護のためのポジティブ心理学』(医学書院),『ポジティブ心理学入門』(星和書店)など編著書多数。「疫学の立場から幸福の増進のためのポジティブ心理学をめざしている」。
松宮 枝利子(まつみや・えりこ)氏 横浜市立市民病院 副看護部長
1983年横浜市大付属高等看護学校(当時)卒。横浜市医療局病院経営本部人事課で看護師キャリア支援担当を経て,2018年より現職。教育担当副看護部長として,助産師・看護師の教育や採用を行う。「個性を生かし看護師として成長することや,個々の強みを引き出せるような教育を考えている」。
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