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看護のためのポジティブ心理学

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人間心理のポジティブな面に注目して,それが健康や幸福にどのように関わるのかを科学的に研究するポジティブ心理学。そのうち,「ウェルビーイング」や「マインドフルネス」「レジリエンス」といった看護に関連する重要な15の概念について、心理学の研究者が解説をしたうえで、看護における活用を看護職の著者が考察する。その知見が患者のケア、看護師自身のセルフケア、看護管理などの看護実践に活かせることが示されており,さまざまな視点から看護の質を高めるのに役立つ1冊。

編集 秋山 美紀 / 島井 哲志 / 前野 隆司
発行 2021年02月判型:A5頁:352
ISBN 978-4-260-04145-4
定価 2,970円 (本体2,700円+税)

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はじめに

 個人や地域や組織を,もっと豊かに,もっと繁栄させるにはどうしたらよいかということを科学として探求したのがポジティブ心理学である。筆者が看護職を対象にポジティブ心理学関連の講演や研修を行うと,「もっと知りたい」「どのように学べばよいか」という声がよく聞かれた。その声に応えるべく本書『看護のためのポジティブ心理学』を企画した。
 しかし,その後の2020年初頭からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大の下では,このような状況で「もっと繁栄するには」というポジティブ心理学の本を出版してよいのであろうかと,悩むこともあった。
 そんな時に,この状況下で頑張っている看護職の心の持ち方に関する文章を依頼される機会があった。その文章で筆者が伝えたのは,「目の前のことに集中する」「希望を持ち続ける」「自分に思いやりを持つ」の3つであり,これらはすべてポジティブ心理学で学んだことであった。そして筆者は,このような状況だからこそ,ポジティブ心理学は大切なのだと思いなおしたのである。
 ナイチンゲールは,病気は回復過程である,と述べている。それは,他の考え方をすれば,病気であるその人の持っている力を信じている,ということだと思う。その持っている力をどう活かしていけばよいのか,ということを考えるのは,ポジティブ心理学の考え方に似ている。とすると,ストレングス(強み)に焦点を当てるポジティブ心理学は新しいものではなく,むしろ看護がもともともっていたものなのではないか。
 もちろん従来から行われてきた,問題点に着目するアプローチも,特に急性期においては大切である。したがってこの本の立場は,問題点に着目するアプローチを否定するものではない。ただ,従来のアプローチだけでは,あまりにも「不足するものを満たす」ということに目が向けられていて,その人の「健康な部分や徳性を活かす」ためのアプローチがどこか脇に追いやられていた印象があった。不足を補うことも大切であるし,より豊かになることも大切である。その両方が伴ってはじめて「看護に必要なアプローチ」となるのだと思う。よってポジティブ心理学の視点をもつと
いうことは,あなたの看護をより豊かにするものだと思っている。
 この本を発行することにおいて,2つのこだわりがある。
 1つは,ポジティブ心理学が題材とする概念において精通している心理学の研究者と,その概念と関連して活躍する看護学の研究者とのコラボレーションによって作成するということである。ポジティブ「心理学」なので,やはり概念部分はそれを専門とする心理学の研究者に執筆していただき,正しい知識を普及するということにはこだわった。そこで日本にポジティブ心理学を紹介した島井哲志先生に編集をお願いした。
 もう1つのこだわりは,この本を読んで看護職に自身の幸せをもっと追求してほしいと思ったことである。かつての教育では,患者への献身が美徳とされた時代もあったが,看護職も人間である。生活もあり家庭もある。他者への献身だけでは疲弊してしまうであろう。患者に質の高いケアを提供するには,看護職自身も幸せで健康であることが必要だと思う。よって,各概念に「ケアを提供する人自身への活用」という項目を入れた。そして,人々の幸せのために研究・活動されている前野隆司先生にも編集をお願いした。
 お二人の英知と,各概念を執筆された多くの心理学研究者と看護学研究者の力をお借りして,この本が生まれた。この本のタイトルは「看護のための」となっているが,看護職だけではなく,すべての「人にケアをする人」にとってのポジティブ心理学の本になったと思う。
 この本の構成は,大きく3つに分かれている。
 第1章「ポジティブ心理学とは」では,編者らがそれぞれの立場からポジティブ心理学について述べた。「1.ポジティブ心理学とは」では,島井先生から,ポジティブ心理学そのものの説明,そして発祥から発展までの過程を概説していただいた。「ポジティブ心理学って何?」と思う読者にはぜひ読んでいただきたい。「2.日本におけるポジティブ心理学応用の現状」では,前野先生から現在の日本でのポジティブ心理学の現状を述べていただいた。わが国ではどのように活用できるのか,と模索している読者にはぜひ読んでいただきたい。そして「3.ポジティブ心理学の看護学への応用」では,文字通り,看護へどのような応用ができるか,その可能性を述べている。
 第2章「看護実践に活かす概念」では,ポジティブ心理学の研究対象となってきた主要な15概念,すなわち「ポジティブ感情」「ウェルビーイング」「ストレングス(強み)」「親切心」「マインドフルネス」「セルフ・コンパッション」「レジリエンス」「エンゲイジメント」「尊敬」「感謝」「ゆるし」「希望」「フロー」「意味」「心的外傷後成長」について,心理学の研究者からの「概説」と,看護の研究者からの「看護への応用の可能性」について述べられている。看護学の部分では,「そこで説明している概念と看護との関わり」「ケアの対象となる人への活用」「ケアを提供する人自身への活用」「組織への活用」の視点から述べられている。第2章はどこから読んでいただいてもよく,知りたい概念があれば,辞書のように使っていただければと思う。ただ,じっくり学んでいこうと思っている方には,順番に読んでいくことが理解をより助けてくれると思う。
 第3章「ポジティブ心理学の看護への活用」では,「看護師のセルフケア」「患者ケア」「公衆衛生」「看護教育」「看護組織」において,早くからポジティブ心理学を活かして研究・実践されている研究者に依頼して執筆していただいた。第2章で紹介した概念が,看護の場面でどのように活かされているか,または活かされる可能性があるのかが第3章では述べられている。
 ぜひ,これからのページをめくっていって,患者の幸せ,組織の幸せ,そして自分自身の幸せについて一緒に考えていければ,編者にとっても幸せなことである。

 秋山美紀


 本書を手に取っていただいている読者の多くは,看護の専門職の方々だと思う。まずは,ポジティブ心理学を専門としている人間として,この本に興味をもっていただいたことに心から感謝を申し上げたいと思う。ポジティブ心理学は,看護実践を支える重要な理論的な枠組みの1つとなる可能性があり,効果的に用いることで,私たちが援助する多くの人たちの幸福とウェルビーイングを実現するものである。
 私は,あわせると20年以上にわたって,医師と看護師という医療職を養成する仕事をしてきた。そこでは,主として行動的要因に関わる疫学や公衆衛生の教育研究にあたってきた。したがって,心理学を得意なツールとしているものの,私の関心は健康を守ることにあり,広い意味で医療を支えるメンバーの一員というアイデンティティのもとにある。
 この立場からの興味の中心としては,ライフスタイルのリスク要因となる喫煙行動や,不規則で偏った食行動とその結果としての体型,そして,日常身体活動の不足などの不健康行動にある。これは健康心理学という心理学領域の一部ともされており,この心理学の大部分はほとんど医療領域ということができる。
 そして,健康を守ることに携わる人間の共通の目標は,ウェルビーイングの達成であり,幸福な状態が維持されることにある。ポジティブ心理学は,この幸福を支える諸要因についての科学的研究を通じて,幸福の実現のためには,その人に何が必要なのかを示すことができる。社会政策を計画するにあたって,目標とするべきQOLを反映する健康寿命をより精密に評価することもできるだろう。
 自分の身の回りのことができたり自分で買い物に行ったり食事を準備したりできることが,親しい人たちとお酒を飲んだりすることと,どのくらいなら釣り合って,その人の幸福を支えるのかも明確にできるはずである。
 看護の実践でめざされているのは,目の前の人に寄り添っているというだけではなく,最終的な目標につながる見通しのもとで,いま必要な支援を提供することである。この時に,幸福やウェルビーイングを実証的科学的に理解していることは,次に進む道筋を照らすものとなる。これが,ポジティブ心理学が看護に役立つと私が考える第一の点である。
 第二の点は,心理学全体が看護にもっと貢献することができるはずだと私が考えていることであり,そして,心理学の中でも,特にポジティブ心理学が果たすことのできる貢献の大きな可能性である。
 私の以前の職場であった看護大学の同僚にも大学院で心理学を専攻した経歴のある人たちがいたし,私も大学院で看護職の人たちを指導することが少なくない。これは,私の周辺の話というわけではない。パトリシア・ベナーは,ストレス対処で著名な心理学者のリチャード・ラザルスのもとで学位を取得したことからも示されているように,近年の看護実践の枠組みでは,心理社会的な要因が重視されており,心理学は看護を支える役割を果たしてきたといえる。
 その1つの側面は,看護職自身についての,そして,看護師-患者関係についての理解が深まるという点である。看護という行為は,共感性を基礎としたポジティブな感情の発露である。この点は,これまで,感情労働としてネガティブな側面があることも指摘されてきたが,ポジティブ心理学の観点に立てば,エビデンスに基づいて,共感性の効果と限界を明確にし,相互のポジティブな関係を形成することが可能になると考えられるのである。
 しかし,私がそれよりも重要かもしれないと考えている,もう1つの側面は,ポジティブ心理学の基礎には,人間のもつポジティブな側面への畏敬と尊重があることである。その信頼から,さまざまな理論や技法が生み出されるのであり,それは,ナイチンゲールから始まる看護において大切にされてきた,人間のもつ大きな力を信頼し,それを活かすということにつながると私には思われるのである。
 現在,ポジティブ心理学は,隣接したさまざまな領域に影響を与えており,ポジティブな教育やポジティブな組織づくり,ポジティブな精神医学も試みられている。しかし,看護こそが,ポジティブ心理学のコアにある部分を共有し,幸福を実現する実践につながると私には思われるのである。少し言い過ぎてしまったかもしれないが,看護実践がより充実したものとなるために,ポジティブ心理学が少しでも役割を果たすことへの期待が大きいということを伝えようとしていると理解していただければと思う。
 2020年は,新型コロナウイルス感染症の流行に世界中が直面する年となった。歴史としてスペインかぜの流行と比較すると,情報の共有など,医療における前進の力強さを感じる側面もある。一方で,医療職自身のメンタルヘルスを含めて,さまざまな心理社会的側面への社会的な対応が不足していることを痛感する。この問題にも,ポジティブ心理学的観点からの看護職の取り組みが社会から求められていると強く感じる。

 島井哲志


 看護のためのポジティブ心理学の書籍が日本で初めて刊行される運びになったことをうれしく思う。私は,ポジティブ心理学をはじめとする,人々の幸せに資するさまざまな研究成果を,人々の幸せのために適用することに邁進してきた工学者である。工学とは,さまざまな知見を利用して,製品やサービスを設計し人々に提供するための学問である。私は,心理学と工学をブリッジする学問を「幸福学」と呼び,その発展と裾野の拡大を担ってきた。つまり,人々を幸せにするモノづくり(工学),コトづくり(サービス工学),街づくり(地域活性学),組織づくり(経営学・組織学),人づくり(教育学)などの研究とその実践を行ってきた。看護のためのポジティブ心理学とは,幸せな組織づくりや人づくりに深く関わる1つの応用分野であるので,この発展を大いに期待する1 人である。
 私はさまざまなwell-being(幸せ,健康)研究を行ってきたが,そのなかの1つの試みとして,最近,幸せと何が相関するのかを,改めてアンケート調査してみた。幸せに影響する事象としては多くの事柄が知られているが,そのうちの一部を対象に,一般の550名にアンケート調査をした結果である。その結果,SWLS(人生満足尺度)と相関の高かったベスト10は,高い順に,1.自己肯定感(0.68),2.社会的地位(0.63),3.実績(0.61),4.強み(0.60),5.感謝(0.56),6.外向性(0.53),7.信頼関係構築力(0.51),8.財産(0.51),9.収入(0.48),10.知的好奇心(0.46)であった。2,3,8,9は地位財(他人と比較できる財)であり,6と10は,性格(ビッグファイブのうちの2つ)である。そのほかの1,4,5,7が心理的な側面であるといえよう。興味深いのは,地位財,性格,心理的側面のいずれもほどほどに幸せに寄与するという結果となった点である。この結果から言えることは,人が幸せになるためには,まず,エネルギッシュ(6)かつ好奇心いっぱい(10)に活動すべきなのである。そして,強みを見つけ(4),自己肯定感を高め(1),他の人々との信頼関係を構築し(7),さまざまな事柄に感謝する(5)ことが重要である。その結果として,地位(2)と実績(3)と収入(9)と財産(8)が得られるのである。皆さんは,今,何を持っていて,何を持っていないだろうか。幸福度を高めるためには,上の文章の流れの中の原因系(6,10,4,1,7,5)にまずは注力すべきであろう。ちなみに,別の私の調査では,当然ながらレジリエンス(困難から回復する力)と幸福度は比例した。つまり,レジリエンスが強い人は,結果として幸せになると考えられる。
 幸福度を高め,幸せになるためのこれらのヒントに満ちているのがポジティブ心理学である。本書をお読みになると,いかにして幸福度を高め,レジリエンスを高めるかについての,さまざまなヒントが書かれている。ぜひ座右の書としてお楽しみいただければと願う。
 なお,本書のタイトルは「看護のためのポジティブ心理学」であるが,応用的学問である工学が専門の私から見ると,「〇〇のためのポジティブ心理学」と読み替えても有益であると思う。〇〇には何が入っても良い。アナロジーである。看護の部分を,他の専門分野や領域に置き換えて読むことによって,実は,本書は,あらゆる分野の問題解決に適用できるのである。また,すべての人は,何かの専門家であるとともに,何の専門性もない生活者である。そこには広い意味での「看護」がある。「看て,護る」こと。あらゆる人は,ともに,看つつ看られ,護りつつ護られて生きている。そういう意味からも,本書はすべての人のためのポジティブ心理学であるとも言えよう。
 あらゆる観点から本書をお楽しみいただければ幸いに思う。

 前野隆司

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第1章 ポジティブ心理学とは
 1 ポジティブ心理学とは
  ポジティブ心理学の歴史
  ポジティブ心理学の発展
  ポジティブ心理学の実践
  ポジティブ心理学の将来とまとめ
 2 日本におけるポジティブ心理学応用の現状
  日本における学問分野の中での位置づけ
  ウェルビーイングに関する研究の動向
 3 ポジティブ心理学の看護学への応用
  ケアの原点とポジティブ心理学
  看護でポジティブな側面をとらえる意義
  ポジティブ心理学の視点を看護に取り入れるために

第2章 看護実践に活かす概念
 1 ポジティブ感情 Positive Emotion
  ポジティブ感情とは
  ポジティブ感情はどのように看護に活かせるか
 2 ウェルビーイング Well-Being
  ウェルビーイングの意味
  ウェルビーイングの研究
  ウェルビーイングはどのように看護に活かせるか
 3 ストレングス(強み) Strength
  ストレングス(強み)とは
  ストレングスはどのように看護に活かせるか
 4 親切心 Kindness
  親切心とは
  親切心はどのように看護に活かせるか
 5 マインドフルネス Mindfulness
  マインドフルネスとは
  マインドフルネスはどのように看護に活かせるか
 6 セルフ・コンパッション Self-Compassion
  セルフ・コンパッションとは
  セルフ・コンパッションはどのように看護に活かせるか
 7 レジリエンス Resilience
  レジリエンスとは
  レジリエンスはどのように看護に活かせるか
 8 エンゲイジメント Engagement
  エンゲイジメントとは
  エンゲイジメントはどのように看護に活かせるか
 9 尊敬 Respect
  尊敬とは
  尊敬はどのように看護に活かせるか
 10 感謝 Gratitude
  感謝とは
  感謝はどのように看護に活かせるか
 11 ゆるし Forgiveness
  ゆるしとは
  ゆるしはどのように看護に活かせるか
 12 希望 Hope
  希望とは
  希望はどのように看護に活かせるか
 13 フロー Flow
  フローとは
  フローはどのように看護に活かせるか
 14 意味 Meaning
  意味とは
  意味はどのように看護に活かせるか
 15 心的外傷後成長 Posttraumatic Growth(PTG)
  心的外傷後成長(PTG)とは
  心的外傷後成長(PTG)はどのように看護に活かせるか

第3章 ポジティブ心理学の看護への活用
 1 ポジティブ心理学を看護師のセルフケアに活かす
  ポジティブ心理学を用いたストレス対策の特徴
  レジリエンスプログラムの活用によるセルフケア
  レジリエンスプログラムを活用するうえでの留意点
 2 ポジティブ心理学を患者ケアに活かす
  ポジティブ心理学やその特徴について知る
  患者ケアに活かす前に看護師が自身に活用してみる
  患者との間にポジティブな関係性を築く
  まとめ:ポジティブ心理学を患者ケアに活かすには
 3 ポジティブ心理学を公衆衛生に活かす
  保健師活動への応用
 4 ポジティブ心理学を看護教育に活かす
 5 ポジティブ心理学を看護組織に活かす
  組織メンバーのポジティブな感情は組織の機能に影響する
  ポジティブ心理学を活かした組織管理の事例――「Nurseの代表者会議」から考える
  事例から学ぶ,ポジティブ心理学を活かした組織管理のポイント
  おわりに

おわりに
索引

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今だからこそ、自分へのケアに目を向けてみませんか?(雑誌『看護教育』より)
評者:小倉 明美(公立春日井小牧看護専門学校 副校長)

 新型コロナウイルス感染症の収束が見えないなか、本校の教員は刻々と変わる状況に翻弄されながらも、よりよい教育をめざし必死にがんばっています。新カリキュラムの開始が来年に迫り、その対応にも追われ、気持ちに余裕がなく疲弊しかけている状況があります。その心を少しでも軽く、元気にできたら……と思い、本書を手に取りました。

 本書の構成は大きく3つに分かれており、第1章はポジティブ心理学について、編者らが各々の立場から述べています。第2章では看護に取り入れたい15の概念が項目ごとに解説され、第3章では、それら概念や技法を「患者ケア」「看護教育」「看護管理」などにどのように活かすか、具体的な活用方法が紹介されています。

 本書の特徴は、第2章で解説されているそれぞれの概念が、心理学者からの視点と看護の研究者からの視点を並べて記載されているところです。心理学者からの概説で、統計的データなどから各概念が有益だと理解した後に、看護学の視点から活用方法を読む構成になっており、より理解が深まります。

 恥ずかしい話ですが、本書を読む前はポジティブ心理学とポジティブ思考は同義と、漠然ととらえていました。しかし、本書を読むことで両者の違いが理解できました。ネガティブ、ポジティブの両側面をありのままに受け止め、そのうえでポジティブな面に焦点をあて、活かし伸ばすというポジティブ心理学の考え方は、看護に携わる者に活力を与え、心を豊かにしてくれると考えます。

 看護職は問題解決思考が染みついており、できていないところばかりに目が行きがちですが、できていることに目を向け「ポジティブ感情」を向上できれば、自信につながり、能動的になれるのではないかと感じました。これは、学生に対しても、そして教員自身のためにも、もっておきたい視点です。

また、第3章で紹介されている、看護師のセルフケアにポジティブ心理学を活用する方法は大変興味深いものでした。その内容は本校教員にも当てはまると思われ、さらに学びを深めて組織運営に活用していきたいと思います。

  編者は、本書で「自分の幸せをもっと追求してほしい」と述べています。コロナ禍において犠牲的精神をあたりまえとし、疲弊している今だからこそ、対象者のみならず自らの幸せを求めるためにも、ぜひ手に取ってほしい1冊です。厚い本ですが、「ストレングス」「マインドフルネス」「レジリエンス」など、自分の関心のある概念から読み始められるとよいと思います。

(『看護教育』2021年9月号掲載)


自分を取り戻し明日へ向かうために読んでほしい1冊(雑誌『看護管理』より)
評者:坂本 すが(東京医療保健大学 副学長)

 ダイバーシティの時代と言われて久しい。東京医療保健大学看護学科にも多様な教員が所属しているが,中でもちょっと変わったアプローチをされているなと思ったのが,精神看護学領域の秋山美紀先生だった。

 精神看護は,こころの健康問題や病を持った人がその人らしさを取り戻せるよう支援する,今の時代にはなくてはならない看護の形の1つであろう。その実,病や貧困,直近では新型コロナウイルス感染症の影響でうつ状態にある人々に向き合うのは並大抵のことではなく,重苦しいものを受け止めるタフな精神力が必要とされる,ように思っていた。

 ところが,秋山先生から鬱々とした空気はみじんも感じられない。学生たちに講義する時も,教員間でシビアな議論を闘わせる時も,いつも笑顔で応じている。とにかく明るいのである。

 一度,マインドフルネスについて語っているのを聞いたことがある。本書によると,マインドフルネスとは「今,ここ」に集中し,よい・悪いの判断を加えずに,「気づき」を得ることであるという。そのために,目を閉じて瞑想したりするので,最初はスピリチュアルな印象もあったが,自分を俯瞰して見るということと近いのではないだろうか。

ポジティブ感情を高めることがよいケアにつながる
 筆者も何かに行き詰まった時,あるいはうまくいった時も内省することを心掛けている。自分の考えや言動について深く省み,なぜそうしたのか「気づき」を得ることが前へ進む原動力になるからだ。目まぐるしく忙しい現場で働く看護師にとって,ちょっと立ち止まって内省するというのはなかなか難しいのかもしれない。

 しかし,意識してやってみると癖になる。どん底からポジティブに向かうルーティンになる。

 本書でも「ポジティブ感情を高める方法」がいくつか紹介されている。自分の「好きなこと」「楽しいこと」,さらには「よかったこと」「ありがたかったこと」を振り返り,「今いる状況にポジティブな意味を見出す」こと。ポジティブ感情を高めることがよいケアにつながるという主張には大いに賛同する。看護師自身が元気でないとよいケアはできない。

ポジティブな面を捉えることは,より看護を充実させること
 では問題点やネガティブな面は見ないでよいのか。本書ではこうした懸念を当然のことと受け止め,問題点を見つける視点や解決することも必要であるとした上で,看護実践で見落としがちであった物事のポジティブな面を捉えてみようと呼び掛ける。それは,「『特別新しいこと』を行うのではなく,むしろ従来あたりまえのように行ってきたことの価値を見直し,より看護を充実させること」であるという。秋山先生がまずは自らポジティブに振る舞い,笑顔で学生や私たち教員に伝えたかったのはこのことではないか。

 今,インターネットを使えば世界中から欲しい情報を入手できる。幼い頃からスマホやタブレットに触れてきた世代といかに向き合い,いかに心を開かせるかに悩む教育者も多いだろう。そんな時,本書のポジティブな面を捉えるアプローチがきっと役に立つ。
 基礎教育に携わる看護教員から,新人や後輩指導を行う看護師,そして少し心の疲れた看護師まで,自分を取り戻し明日へ向かうために,読んでほしい1冊である。

(『看護管理』2021年5月号掲載)


現場の風土改善や「こころの健康」に役立つポジティブ心理学(雑誌『保健師ジャーナル』より)
評者:大生 定義(新生病院名誉院長)

 大変読みやすい,現場の風土改善や看護職のための「こころの健康」「こころの振り返り」「こころの強さ」に役立つ本が上梓された。

 3人の編者の1人であり,本書を発案企画された秋山美紀氏から書評の依頼を受け,うれしく手にとった。彼女と私は,彼女が大学院生の頃から長年いくつかの研究でご一緒している。彼女は元来明るいキャラクターとお見受けする。私から見ると「これは大変」と思うような困難も,こともなげにしっかりと乗り越えられてきていて,本書で述べられているポジティブ心理学の15の概念(ポジティブ感情,ウェルビーイング,ストレングス,親切心,マインドフルネス……)の体現者でもあるように思う。彼女は,本書では「ポジティブ心理学」と「看護」を結ぶ(uniteする)ために第1章だけでなく,随所に数多く登場し,分かりやすく何度も解説を繰り返して,学習者を親切に支援している。

 2人目の編者で,日本にポジティブ心理学を紹介した島井哲志氏からは,理論的な支えが述べられている。この学問の役割や効用を解説し,患者や利用者など当事者ばかりではなく,援助を行う看護者へのこれまでの貢献と今後の可能性について,人間への信頼を見据えながらの記述が続く。ポジティブ心理学の歴史,位置付けなどの紹介もある。

 3人目の編者で,心理学と工学を橋渡しする工学者である前野隆司氏からは,橋渡ししてできた「幸福学」の観点から「幸せ研究」についての解説もある。人生満足尺度と心理的側面・地位財・性格についての言及も頷けるところが多く,非常に興味深い。

 著作は「はじめに」と「おわりに」が大切だと私は思う。著者のねらいや主張の要約を見ることができるからだ。ここにポジティブ心理学の可能性や効用,素晴らしさが,要領よく述べられている。忘れずにここも押さえてほしい。

 本書の構成は3章からなり,1章は編者による概説,2章は看護実践に活かすことができる15の概念についての丁寧な説明,3章は看護への活用となる。3章では,看護師のセルフケア,患者ケア,公衆衛生,看護教育,看護組織への活用に向けた実地に基づくアドバイスが盛り込まれている。読むうちになんだか元気になったような気がする。

 私が長年関わっている医療安全研修パッケージ「TeamSTEEPS®」でも,レジリエンスを高めるためのポジティブ感情(喜び,愛,感謝などの10の感情)がパンフレットに明示,強調されている。バーンアウトは看護職だけでなく医師の中でも問題になっている。この対策にも,ポジティブ心理学は大切な考え方,捉え方である。数カ所の大学医学部で10年以上続けている医のプロフェッショナリズムに関する私の授業にも,早速ポジティブ心理学を積極的に入れ込もうと思う。

 近い将来,きっと「○○のためのポジティブ心理学」が続々と各領域から発信されるに違いない。そんなきっかけになりそうな,著書である。ご一読をぜひお勧めする。

(『保健師ジャーナル』2021年5月号掲載)

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