医学界新聞

寄稿 澁谷 智子

2021.03.15 週刊医学界新聞(通常号):第3412号より

 ヤングケアラーとは,慢性的な病気や障害,精神的な問題,アルコール・薬などの問題を抱える家族のケアをしている18歳未満の子どもを指す。

 埼玉県では2020年3月,サポートの必要な家族や友人の世話を無償で行っている全ての人が健康で文化的な生活を営むことができる社会をめざして,ケアラー支援条例が策定され,その条例の下,県内の全高校2年生約5万5000人を対象としてヤングケアラー実態調査が行われた1)。回答者4万8261人のうち,25人に1人はヤングケアラーとしての経験を持っていた。高校生がケアをしていた主な相手は,母(524回答),父(242回答),兄弟姉妹(492回答),祖父母・曾祖父母(806回答)などである。ケアを必要とする人の状況はの通りであり,病気(626回答),高齢による衰弱(446回答),身体障害(340回答),認知症(288回答),幼い(221回答)となっている。

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 ケアが必要になった主な原因(複数回答,文献1より作成)
N=被介護者数(2185人)。

 平日の1日当たりのケア時間と学校生活への影響を見てみると,1日1時間未満と答えた高校生でも,「ケアについて話せる人がいなくて孤独を感じる」が170人以上,「ストレスを感じている」が90人以上という状況であった。ケア時間が1日1時間以上2時間未満になると,「自分の時間が取れない」「勉強の時間が取れない」という認識が増え,2時間以上4時間未満では,さらに「友達と遊ぶことができない」「睡眠不足」「体がだるい」が高くなる。4時間以上6時間未満では,「成績が落ちた」「学校への遅刻が多い」「しっかり食べていない」「部活ができない」の項目も増えていき,8時間以上になると,「周囲の人と会話や話題が合わない」「学校を休みがちになっている」「進路についてしっかり考える余裕がない」が上がってくる1)。もう同世代と同じ生活をすることをあきらめている高校生もいると思われる。

 ヤングケアラーは,ケアラーであると同時に成長途中にある子どもであり,この二重性がヤングケアラーの特徴となっている。しかし,ケアを必要とする人を中心に作られてきた日本の医療や福祉の制度において,同居家族は「介護力」や「インフォーマルな社会資源」ととらえられがちで,中高生であってももっぱらケアラーとしてカウントされてきたように思う。18歳未満の子どもである以上,ヤングケアラーは「子どもの権利条約」に照らしても見られる必要があり,例えば,「教育を受ける権利」「休み,遊ぶ権利」「意見を聞いてもらえる権利」「健康・医療への権利」などが守られなくてはいけない。しかし,上記の調査結果を見てみると,ヤングケアラーはそうした最低限の権利さえ守られていないケースがあることがうかがえる。現在,厚労省が行っているヤングケアラーの調査では,こうした「子どもの権利」の視点がしっかりと組み込まれている。

 医療や福祉の専門職は,ヤングケアラーの権利を守る最前線に立てる存在である。家庭では,子どもや若者をケアに向かわせる力は強く働いても,子どもがケアをすることを立ち止まって考える力は働きにくい。家族は子どもがケアを担うことをありがたく思い,子どもは役に立っていると感じ,ますますケアを頑張るループにはまってしまう。他の選択肢があるかもしれないと示すことができるのは,家族の外にいる専門職なのである。

 ヤングケアラー支援が進んでいる英国では,国民保健サービス(National Health Service:NHS)のウェブサイトに「ヤングケアラーであること:あなたの権利」という文章が掲載されている2)。ヤングケアラーは大人のケアラーと同じことをするべきではないこと,誰かのケアをするために多くの時間を使うべきではないことが説明され,「それは,あなたが学校でしっかり勉強したり,他の子どもや若者と同じようなことをしたりする妨げになることがあるからです。あなたがしたいと思う,あるいはしてあげられると思うケアのタイプと量を判断するのは大切です。また,そもそもあなたがケアラーとなるべきなのかどうかを判断するのも大切です。障害のある全ての大人は,子どもに頼らなくて良いよう,そのニーズによって行政からサポートを受ける資格があります」と解説されている。医療や福祉の専門職は,家族の状況を踏まえて子どもや家族の想いを聞き,一緒に考えることのできる立場にいる。

 子どもの貧困と同様,ヤングケアラーの問題は,見ようとしなければ見えてこない。医療や福祉の専門職が日常的に接するのは,「患者」や「主介護者」かもしれないが,手続き的なことは大人が窓口になっていても,日々のケアは子どもや若者が相当程度行っている場合もある。「患者」や「要介護者」だけを見るのではなく,その人がケアを必要とするようになったことで家族の役割はどう調整されるのか,家族のケアはどう分担されるのか,そうした意識を持って状況を確認することが大切である。誰が食事を作るのか,誰が買い物や感情面のケア,トイレ介助,投薬管理,痰の吸引をするのか。そしてそれらのケアは,子どもが担うケアとして質的にも量的にも適切なのか。例えば「息子さんも家のことをやってくれますか?」などと聞き,「具体的にはどんなことを?」「1日に何時間ぐらい?」と,子どもや若者がケアをしている実態を解像度を上げて知っていくことが重要である。英国ではこうした「家族全体を考えたアプローチ(Whole Family Approach)」がヤングケアラー支援の基本とされている。必要に応じて,子どもや若者の通う学校とも情報を共有し,ヤングケアラーにかかる負荷や不安を減らしていく配慮がなされている。

 親が病気を抱える場合には,その病気と今後の見通しについて子どもがわかるように説明していくことも,専門職ができる支援である。病名だけではなく,それが子どもの生活にどんな影響をもたらすのか,ごはんやきょうだいの世話はどうなるのか,親の入院や施設入所の可能性,自分はどこで暮らすことになるのか,暴力がある時にはどうすればいいのか。子どもはそういう情報を必要としている。もちろん,全てを専門職が背負う必要はないが,親の病気やその見通しについて子どもにほとんど情報が与えられていない現状は,改善していく余地があると思う。

 英国のヤングケアラー支援においては,「どんな福祉サービスも,子どもの過度なケアの役割に頼ってはいけない」と言われている。日本では,同居家族がいると,一人暮らしの人に比べて福祉サービスの提供が減ってしまうことがあるが,その家族が未成年者である時にどこまでケアを頼るのか,しっかり考えていかなければならない。これから先を長く生きる子どもたちにとって,何よりも大事になってくるのは自信である。ヤングケアラーたちが自信をすり減らさなくて済むよう,自分のやりたい道を切り開いていくために自信をつけられるよう,ケアを担う子どもや若者をサポートしていくことが望まれる。


1)埼玉県.埼玉県ケアラー支援計画のためのヤングケアラー実態調査結果.2020.
2)NHS. Being a Young Carer:your rights. 2018.

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成蹊大学文学部現代社会学科 教授

1998年東大教養学部卒。2000年ロンドン大ゴールドスミス校大学院社会学部修士課程,01年東大大学院総合文化研究科修士課程修了。08年「聞こえない親を持つ聞こえる子ども(コーダ)」の研究により,同大大学院で博士号(学術)取得。12年成蹊大講師,20年より現職。専門は社会学。著書に『コーダの世界―手話の文化と声の文化』(医学書院),『ヤングケアラー―介護を担う子ども・若者の現実』(中公新書)など。

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