医学界新聞

書評

2021.03.01 週刊医学界新聞(通常号):第3410号より

《評者》 獨協医大主任教授・総合診療医学

 青木眞先生の本書に出会ったのは今から約20年前,医学部2年生のときで,偶然,初版が発行されてからすぐのことでした。大学生協書店で立ち読みしていたUSMLE関連の本の横に並んでいたこと,特別講義で感染症の授業があった直後だったこともあり手に取ったのです。

 医学部低学年でもすごい本はわかるものです。衝撃を受けたのは,今もその形をとどめ,さらにデザインも洗練された第1章の「感染症診療の基本原則」でした。ページをめくるたび臨床のリアルがそこに展開され,興奮しました。学年が進むにつれ,初版序の記載を地で行く“無数の感染症治療薬に窒息しかかっていた”自分に,先に進む光を与えてくれた感動を昨日のように思い出します。

 医師になった後は本書の“名所”の一つである感染症フローチャート(p.7)に倣い,自分は初期研修医時代の紙製の温度板にマニュアルの指示通りこれでもかというくらいびっしり重要な情報を書き込み,温度板を見ただけで全てのことが一目瞭然に明快にわかるように整理しました。青木先生が“内科は整理の学問だ”とおっしゃる通り,この温度板の習慣が症例を頭の中で俯瞰して整理する能力を鍛えてくれたと感じています。

 『ハリソン内科学』と同様に,総論部分は本書の価値の中核を成しています。本書は約1700ページの大著ですが,ページ数に圧倒される必要もなく,積読にする必要もありません。時間がなければ各論は必要時に参照するとして,まず購入日のうちにでも確実にお読みいただきたいのは第1章です。わずか38ページですが,濃密な38ページでもあります。全てのページが重要ですが,「重症度を理解する」(p.2),「各論的に考えよう」(p.2),「やるとなったら治療は徹底的に」(p.4),「回復のペース,パターンを予測する」(p.5),「経時的な変化を追う」(p.6),「基礎疾患と起因菌」(p.13),「グラム染色に対しての否定的な意見」(p.19),「治療効果は何と何で判定するか?」(p.35),「細菌感染症は悪化か改善あるのみ」(p.37)などは遅くとも初期研修修了までに体感として骨の髄まで染み込ませる必要があると思います。そして現場に出て発熱患者に途方にくれないためにも,次に読み込み制覇すべき章は,第6章の「A 不明熱」の(pp.441-59)の19ページです。ここまでの領域が頭の中でクリアに整理されていれば,少なくともベッドサイドでコモンな感染症や熱・不明熱のケースに対峙する準備は整ったといえると思います。

 本書が第4版を迎えても「マニュアル」の名前を変えない理由はなぜでしょうか? それは,マニュアルとして指針を示すが,盲従するわけではなく,原則に則った上での個別化を考えよ,というメッセージと想像します。“青木マニュアルにこう書かれているからそうすべき”というより,“マニュアルにはこう書かれている。その上で,この患者さんの場合は○○という条件もあるから,今回は△△の根拠と理由でこうするべきだと思う”が,本書が期待する臨床医の姿勢だと思います。仮にその上でベストの方針を採用しても,患者さんはさまざまな状況性のもと臨床上難しい経過をたどることもあります。そんなときに生きるのが総論で強調された原則をもとにした,解剖,生理,生化学といったbiomedicalの力,psychological,social medicineを多面的に考慮してゼロベースで考える,総合的な思考力や応用力だと思います。

 「師匠は優れた弟子の数で偉大さがわかる」というのは,本書の推薦の言葉のLawrence M. Tierney Jr.先生の数あるパール(名言)の一つです。初版の単著から幾星霜,初版からのファンであったことが想像に難くない弟子・盟友の先生方が今度は著者側となり,本書をさらに充実させています。共著者が多数になっても論調が単著のように一貫し続けているのは,執筆のプリンシプルやロジックが著者陣に十分に共有されているからと思います。この事実自体が,先生が日本の医療界に与えられてきた歴史とインパクトを証明していると感じます。また,初版にしてすでにベストセラーだった本書の改訂を,先生が単著ではなく共著者を入れられていること(前版より)も,教育者である先生の懐の大きさを感じます。もちろん,特に第2版の時など文字通り「命を削って」この本を書かれていた先生のお姿を身近で知る自分としては,このような継承で本書が改訂を続けられていることは,弟子として安心し,またうれしく感じています。

 最後に一つ,提案としてこの書評をご覧の先生方にお願いがあります。秘書さんなどにお伝えいただき,本書評を医局のポットの近くなど,よく目につくところに貼っていただきたいのです。本書評を読む機会のない先生方にお読みいただきたいからです。臨床医である以上,感染症を診察しない医師はいないと思います。感染症を診る奥義ともいうべき基本の考え方や共通言語が,まず本書の総論部分と不明熱の章に明示されています。そのため,この章は全ての医師にお読みいただいたほうが良いと思います。さらに臓器別科の先生方であれば追加で担当臓器の章を,総合診療医や救急・集中治療の先生方であれば全ての章を,お読みいただくと良いと思います。つまり全てのベッドサイドの医師にとって,本書は必読となる一冊と思います。

 本書を通して,COVID-19の騒動であらためて明らかになった医師のダークサイド,つまり感染症に対する思考停止の常態化の連鎖と悪夢を断ち切り,日本の臨床感染症のレベルを向上させるのは,今が絶好のタイミングだと思います。


《評者》 医薬品医療機器総合機構理事長

 史上最高の研究倫理に関する入門書である。一読して,まずそう思った。なにも著者の田代志門先生が,小生が国立がん研究センター時代に長らくお世話になった先生だからお世辞を言っているわけではない。研究倫理,特に臨床研究を巡る倫理の勘所をこんなにわかりやすく解説してくれた本に,小生は出合ったことがない。

 中身は,臨床研究倫理を巡っての4つの大きなポイント①研究と診療の区別,②インフォームド・コンセント,③リスク・ベネフィット評価,④研究対象者の公正な選択について,各々2話形式で,適宜イラストと簡潔にまとまった図表が配置される中,仮想の3人の登場人物,湾岸大医学部講師で内科医の火浦先生,同大病院倫理審査委員会事務局CRC・看護師の水野さん,そしてアフロヘアが印象的な同大医学部生命倫理学准教授の土田先生の会話を通じて解説されている。

 私が田代先生に最初に出会ったのは,あとがきにも触れられているが,2012年度厚生科研「臨床研究に関する国内の指針と諸外国の制度との比較」の班長をしていた時である。法学者,生命倫理研究者(田代先生はご自分のことを社会学者と呼ばれるほうがしっくりとこられるようではあるが),生物統計家,臨床医,CRCたちで英米仏の規制当局,大学病院,地域研究倫理審査委員会などを回って臨床研究を各国がどのように規制しているのかを調査した。当時,昭和大病院にいらっしゃった田代先生と話して,われわれ理系人間がまねのできない見事な思考回路で研究倫理の本質を語る姿に私はひとめぼれした。彼の真骨頂,「難解な研究倫理の命題を誰もが理解しやすい言葉で,現場目線で解説・解決する」を具現しているのが本書籍である。

 第1,2話では,「手段」として未確立な研究と確立した診療,「目的」として一般化可能な知識を得るための研究と個別ケア目的の診療という2×2マトリックスで,研究と診療の区別を語るところが印象深い。また第3,4話のインフォームド・コンセントの項では,まず「倫理審査委員会は内輪の委員会ではなく,社会に開かれた公共的な場所であるべき」とのフレーズ,そして「治療との誤解」に思わずうなってしまった。第5,6話では,リスク・ベネフィットの評価の流れを「多様なリスクと利益の同定」,「リスクの最小化」,「リスクと利益の比較考量」に分解してとらえてくれてありがたかった。最後の第7,8話は,弱者対象研究におけるインフォームド・コンセントを同意能力と自発性の観点で論じてくれていて頭の体操に最適である。

 2021年1月,現行の臨床研究法や運用の見直しの必要性等も含めた検討が厚生科学審議会臨床研究部会で始まっている。初学者のみならず,ベテランにとっても「何のためにルールがあるのか」を考え直す必読の書として推奨したい。


《評者》 脳神経疾患研究所常任顧問/福島県健康医療対策監

 今という時代,疼痛の診療や研究が,少し前と比較しても,劇的に変化してきている。その変化は,従来われわれが認識していた以上に大きい。今や,疼痛は専門家だけがかかわっていれば良い時代ではなくなっている。また,先進諸国では,疼痛対策が政府の主要な政策目標の一つになっている。

 評者が大学卒業後間もない1970年代初頭,腰痛の患者が受診すると,問診と身体所見の評価の後に,必ず単純X線写真を撮影した。当然,脊椎には変性所見が認められるので,「骨棘が痛みを起こしています。歳のせいですね」と説明するのが一般的であった。治療は,安静,けん引を含む理学療法,そして薬物療法が主体であった。腰痛を生涯の研究主題としてきた評者にとっては,当時,疼痛診療の最前線が今のような変貌を遂げるとは想像もできなかった。

 ここで疼痛の今を俯瞰してみる。

 疼痛は,従来の「局所」の問題から,生物学的(解剖学的)因子のみならず,心理的,そして社会的因子も病態に深くかかわっているととらえるように変化した。疼痛を考えるには,原因か結果は別にして,脳の機能も含めて考える必要があることも認識されてきた。治療効果の判定は,従来の「客観的評価」から「主観的評価」へ,「一元的評価」から「多元的評価」へと変わった。このような時代の変化に伴い,現代の疼痛診療が多面的・集学的アプローチとなるのは,必然である。

 人口の高齢化と社会構造の複雑化に伴って,先進諸国における疼痛に関する医療費は,ばくだいな額に達して,社会的な課題となっている。その原因は,医療技術の進歩である。しかも,治療成績の改善は得られていない。この問題の深刻さは,近年,「腰痛の危機」という特集が一流誌に掲載されるほどである1~3)

 研究の進歩は,慢性疼痛が活動障害のみならず,人々の健康に深くかかわっていることをも明らかにした。すなわち,寿命,生活習慣病,小児期での虐待,睡眠障害,あるいは認知機能などが慢性疼痛と深くかかわっているのである。

 疼痛を含む健康は,個人の問題ではなく,個人と社会の総和で成り立っている。この事実は,教科書に昔から載っている常識である。東日本大震災に伴う原発事故は,この普遍的事実をあらためて立証した。

 疼痛を巡って大きく社会が動いている今という時機で,本書が発刊された。真に,時代が要請した結果としての発刊である。

 「序」に記されているように,本書はわが国で最初の「疼痛医学」の教科書である。執筆陣は,現在,わが国の疼痛診療や研究の第一線で活躍中の人々である。基礎から臨床まで,疼痛の全てが網羅されている。本書の内容の重厚さ,多様性から,教科書というよりは良質な百科事典の趣がある。

 本書は,疼痛それ自体の全てを詳述している。評者が本書に期待するのは,疼痛に関する診療や研究を次の次元の高みに上昇させる人たちが,執筆者や本書の読者の中から将来輩出されることである。その次元では,民族や文化,あるいは人間にとっての疼痛の根源的な意味もより明らかにされているに違いない。

 本書の価格は,若い人々にとって安くはない。それでも,健康に関心を持っている人なら本書を買って後悔しない。

1)Lancet.2018[PMID:29573870]
2)Lancet.2018[PMID:29573872]
3)Lancet.2018[PMID:29573871]


《評者》 兵庫医大主任教授・生化学

 医学生にとって生化学は嫌われ科目である。化学構造式を見ただけで意欲がそがれる学生もいる。古典的な有名教科書は見向きもされない。しかし本書を拝読し,学生諸君にこの本を読んでもらいたい,これを指定して授業をしたいという想いに駆られた。

 これまでのMedical Biochemistryと銘打った教科書は各項目の終わりで臨床とのつながりを記載するものが大半であった。本書では「待合室」というコラムで最初に臨床的課題が示され,何のためにこの項目を学ぶのかを理解して学習できる。臨床ノートやメソッドノートなども魅力的で,優秀な学生の知的好奇心も十分満足させられる。また消化吸収など生理学・栄養学的内容も記載されているのも素晴らしい。

 次に強調したいのは原著タイトルの「Basic」が示すように「基本的」という点である。まず目次がシンプルでエネルギー代謝に重点が置かれ,多岐にわたる臨床的内容も栄養素ごとの代謝にまとめられている。がん,免疫,神経,情報伝達など章立てが多い成書も少なくないが,医学教育における生化学は第一義的にエネルギー代謝である。生理学,病理学,免疫学などでもそれぞれの専門教科書が指定され,学生は生化学の教科書を買っても3分の1しか使わない場合も多い。本書は生化学の科目の中で全てを使えるのである。原書の一部を訳出されなかったのは,まさしく英断である。そして内容も基本的なことから丁寧に記載されわかりやすい。例えば学生が苦手な自由エネルギーは「細胞生体エネルギー論:ATPとO2」,電子伝達系は「酸化的リン酸化とミトコンドリアの機能」にわかりやすくまとめられている。複合体の記載も過剰ではなく必要十分である。その一方,構造式については図表やサイドカラムで丁寧に記載され,構造から機能を類推する楽しさも味わえる。Web付録には演習問題と詳しい解説があるのがうれしい。基礎的知識を押さえながら学修意欲を刺激される。

 最後に,ある意味最も特筆すべきは横溝岳彦先生お一人が翻訳されたことである。私も経験があるが,翻訳教科書は分担がほとんどで,訳がこなれていない場合もあった。本書は横溝教授単訳でわかりやすく読みやすい。横溝教授は研究も卓越しており,尊敬する友人であるが,よく時間があったなときょうがくし頭が下がる思いである。今回の本書翻訳は自分が受けてきた教育をそのまま下の世代に押し付けるのではなく,現在の学生のニーズをよく理解されているからこその選択と決断であろう。

 私も生化学教科書を編さんした経験があるが,能力があればこのような本を書いてみたかったとせんぼうを禁じ得ない。学生の大半は臨床医になるが,臨床の現場では糖尿病,脂質異常症など代謝性疾患が溢れ,まれに珍しい代謝異常も隠れている。臨床の合間に学生時代に学んだ本書を書架から時々取り出して読み返すような臨床家に育っていただきたいと願っている。

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