医学界新聞

寄稿 北村 弥生

2021.03.01 週刊医学界新聞(通常号):第3410号より

 障害者にとっての災害時避難の課題には,危険や警報を感知しにくいこと,移動しにくいこと,変化に適応しにくいことが挙げられる。また多様な理由により防災マニュアルを読めないことや防災訓練に参加できないことが障害者の災害準備を妨げている1)

 障害者における避難所生活の課題は阪神・淡路大震災で注目された。例えば,車いす利用者は避難所となる体育館の入口の段差で自由に出入りできず,体育館内では通路幅が確保できないため身動きできない。小学校には車いすで使用できるトイレが少ない。聴覚障害者はアナウンスを聞き取れず,声掛けに応じにくく他の避難者から誤解を受けることがある。視覚障害者は掲示が読めず毎日変化する環境を認知しにくい。知的障害者と精神障害者は雑踏が苦手なために避難所に入れず独特の言動により疎外感を味わう。

 福祉施設や特別支援学校に環境の整った福祉避難所を開設する意味はある。しかし特に初動では,一般の避難所や在宅避難での困難を減らす環境への配慮の整備を共生社会としてめざしたい。そのために2, 3)に挙げた物品が役立つ。また障害者自身も災害ボランティアに登録し,避難所の設営と運営の準備にかかわることを勧めたい。

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 避難所に用意すると障害者に役立つ物品(文献2,3より改変)
③:入口にカーテンなどを追加することでプライバシーを保てる。④和式便座から洋式便座に切り替えることで使用しやすい。⑤:小型に折りたためる。

 医療・福祉機関や医薬品メーカーが災害時に通常のサービスができない場合の対策については,医療者・福祉職者等の支援者から障害者に対する情報提供が重要である。加えて支援者自身が災害準備を進めることで,経験に基づく助言や支援を行えるようになる。支援者は障害者に対して以下のように準備を促してもらいたい。

 第1に,医薬品の2週間分の備蓄。阪神・淡路大震災や東日本大震災では特にオストメイトなどの特殊な医薬品の供給には2週間ほど要した。また外出中の被災も考えてお薬手帳のコピーと3日分ほどの薬は常時携帯が望ましい。なお精神科領域など余分の処方が難しい場合は医療側が医薬品提供に備え,災害時に患者へ迅速に伝達することが期待される。

 第2に,主治医に代わる受診先や,医薬品入手先住所,連絡情報の確認。障害者が提示するこれら医療情報のメモは,主治医等の確認を得ておくと安心である。障害者の災害に対する準備状況を障害者と主治医が把握しておくことで,両者ともに災害時の優先事項を考えられるようになるだろう。

 第3に,ライフラインが停止した場合の生活方法の確認。医療面では電気や水を必要とする医療機器が使えない場合の代替方法や,冷蔵保存を要する医薬品の保管方法の確認が挙げられる。生活面では一般に公開されている防災マニュアルの紹介も有効である4,5)。エアコンが使えない場合の体温保持,エレベーターが使えない場合の移動方法,ガスが使えない場合の調理方法・入浴方法,通信機器が使えない場合の連絡方法,福祉サービス事業所や公共交通機関が停止した場合の代替方法などが事前に準備されていれば,災害時における障害者の困難は軽減される。もし,具体的な避難先・移動方法・経費・避難先での支援者の準備があれば,重篤な疾患を持つ障害者は被災地から離れた安全な地域でライフライン復旧までの広域避難も現実的である。

 支援者はこの3点を促して相談支援員やケアマネジャーにつなぐことで,障害者の個人避難計画の作成に貢献することができる。


1)北村弥生.インクルーシブ防災をめぐる動き.新ノーマライゼーション.2020;40(1):2-3.
2)北村弥生.福祉避難所の果たす役割.都市問題.2020;111(6):32-8.
3)北村弥生,他.脊髄損傷者に対する避難所における褥瘡予防プログラムの開発と評価:接触圧の観点から.国リハ紀要.2014;35:13-8.
4)東京都.「東京防災」の作成について.2015.
5)東京都心身障害者福祉センター.防災のことを考えてみませんか――防災マニュアル(障害当事者の方へ).

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国立障害者リハビリテーションセンター研究所障害福祉研究部 社会適応システム開発室長

1990年東大大学院医学系研究科修了。博士(医学)。米ハーバード大比較動物学博物館,自治医大を経て現職。国立障害者リハビリテーションセンター個人ページ:http://www.rehab.go.jp/ri/departj/fukushi/kitamura/

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