医学界新聞

寄稿 嶋根 卓也

2021.02.15 週刊医学界新聞(通常号):第3408号より

 薬物依存というと,多くの人は覚醒剤や大麻といった違法薬物を連想するかもしれない。確かに,わが国の薬物依存臨床における中心的な依存性物質は覚醒剤であり,これまで薬物依存に対する治療や支援は覚醒剤乱用者を中心に議論されてきた。しかし,違法薬物ではなく,医療者にとって身近な医薬品を原因とする薬物依存が近年増加している。

 例えば,精神科医療施設における薬物依存患者を対象とする全国調査によれば,睡眠薬や抗不安薬(主としてベンゾジアゼピン系薬剤)といった処方薬や,咳止め,風邪薬といった一般用医薬品を乱用し薬物依存となる患者が,覚醒剤に次ぐ患者群になっている(1)。一般用医薬品(以下,市販薬)とは処方箋なしでも薬局やドラッグストアで気軽に購入できる市販薬のことであり,カウンター越しに販売される医薬品という意味から,OTC薬(Over The Counter Drug)とも呼ばれる。また,救急医療の現場からは,市販薬による過量服薬も報告され2),市販薬の乱用が,依存や中毒へと問題が拡大している様子がうかがわれる。そこで今回は,市販薬による薬物依存の実態や対応についてお伝えしたい。

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 全国の精神科医療施設における物質使用障害患者の主たる薬物(文献1をもとに作成)
過去1年以内に使用歴がある1149例を対象とした調査。睡眠薬や抗不安薬といった処方薬や,咳止め,風邪薬といった一般用医薬品(市販薬)を乱用し薬物依存となる患者が,覚醒剤に次ぐ患者群になっている。

 薬物依存の対象となる市販薬は,主として鎮咳去痰薬,総合感冒薬,解熱鎮痛薬,鎮静薬の4種類である。鎮咳去痰薬や総合感冒薬には,例えばメチルエフェドリン(覚醒剤と同様に中枢神経の刺激作用)や,ジヒドロコデイン(オピオイドと同様に中枢神経の抑制作用)といった依存性物質が含有されている。一方,解熱鎮痛薬や鎮静薬には鎮静効果のあるブロモバレリル尿素が含有されている。ブロモバレリル尿素は,依存性があるだけではなく,過量服薬の危険性があり,海外では医薬品に含有されていないにもかかわらず,日本の市販薬には依然として使用されている。

 一般的に市販薬に含まれる成分の薬理効果はそれほど強くはない。しかし,市販薬による薬物依存患者は驚くような量を使用している。ある患者は,毎日のように252錠(3瓶)の鎮咳去痰薬を一気に飲んでいた。この市販薬にはメチルエフェドリン(アッパー系)とジヒドロコデイン(ダウナー系)が混在していることから,いわばコカインとヘロインを混ぜて使用するスピードボールのような状態になっているのである。さらに,この医薬品にはカフェインも含有されており,その含有量は252錠で1890 mgにも上る。これはカフェインの中毒症状が出ても不思議ではない量である。それぞれの成分との因果関係は不明であるが,市販薬の乱用に伴って,食欲不振,体重減少,倦怠感,無気力,不眠,希死念慮などの副作用が報告されている3)

 では,どのような人が市販薬の依存症になっているのだろうか。市販薬による依存症例は覚醒剤による依存症例に比べて,「若年」「男性」「高学歴」「非犯罪傾向」といった特徴がある3)。覚醒剤症例は,青少年期に学校にあまり行かず非行歴があり,成人してからは定職につかず,反社会的な集団との接点があったり,薬物関連での逮捕歴があったりと,いわゆるやんちゃなタイプが多い。一方,市販薬症例は,周囲の期待に応えるために過剰適応気味に仕事をしていたり,対人関係が苦手であったり,...

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国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部心理社会研究室長

1998年東京薬科大薬学部卒。2008年順大大学院医学研究科修了。同年国立精神・神経医療研究センターに入職。薬物依存研究部研究員を経て12年より現職。主な研究テーマは,薬物乱用・依存の疫学,薬物依存の回復支援。

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