新春企画
♪In My Resident Life♪
悔しさも悲しさも財産になる
寄稿 鈴木 富雄,塩尻 俊明,根岸 一明,峰 宗太郎,北野 夕佳,八重樫 牧人,今西 洋介
2021.01.11 週刊医学界新聞(レジデント号):第3403号より

研修医の皆さん,あけましておめでとうございます。研修医生活はいかがでしょうか。失敗を繰り返す自分を責めたり,周りの医療者や患者さんの言葉に落ち込んだりしていませんか?
「後悔を乗り越えることはできない。忘れることもできない。悔しいこともうれしいことも一つひとつ,胸の中に積み重ねて僕たちは医者として進んでいくしかない」。これは,連続ドラマ『コウノドリ』(TBS)で主人公・鴻鳥サクラが,患者さんを救えず落ち込む後輩産科医・下屋加江に掛けた言葉です。今抱えている感情は全て,今後医師として働く際の財産になるでしょう。新春恒例企画『In My Resident Life』では,著名な先生方に研修医時代の失敗談や面白エピソードなど“アンチ武勇伝”をご紹介いただきました。
こんなことを聞いてみました
①研修医時代の“アンチ武勇伝”
②研修医時代の忘れえぬ出会い
③あのころを思い出す曲
④研修医・医学生へのメッセージ
自分の腕を穿刺した夜に SAY YES
-
鈴木 富雄
- 大阪医科大学病院 総合診療科診療科長
①研修医の時の失敗談は多数あります。また,表面上は何事もなく診療が行われていたとしても,自分の力不足や経験不足から患者さんに思わぬ不利益を与えたり,嫌な思いをさせたりしたこともしばしばあったと思います。
研修開始後2,3か月目,ベテランの看護師さんが,患者さんの腕のほとんど見えないような細い血管にも難なく留置針を入れられるのに対し,医師である自分が失敗し続けるのが情けなく,痛そうな顔をされる患者さんにも申し訳ない気持ちでいっぱいでした。「失敗したらどうしようという不安な気持ちがさらなる失敗を呼ぶ」という悪循環に陥り,一時は留置針恐怖症のような状態になりました。なんとかこれを克服しなければ先に進めないと思いましたが,周りの人に知られると恥ずかしいので,誰もいない夜の外来の処置室で自分の左腕の血管に右手で留置針を刺す練習を繰り返しました。自分の腕は血管も見えやすく極めて刺しやすいため,腕の裏側の細くて見えにくい血管を選んだり,腕を少し高く上げて血管を虚脱させたり,駆血帯を使用せずに行ったりなど,わざわざ穿刺しにくいように難易度を高くして,難しい条件でもできるように練習を繰り返したことを覚えています。
また,診療の中での失敗とは違いますが,こんなこともありました。退院を控えた患者さんにベッドサイドでお金の封筒をこっそり渡されたのです。金銭的なものは受け取っていけないと指導されていましたし,実際受け取れません。長時間押し問答をした挙句,最後は声を荒げる感じで強引に押し返したのですが,相部屋だったためにそのやり取りが周りにまる聞こえになってしまい,患者さんが「自分の気持ちが踏みにじられた上に,恥までかかされた!」と相当ご立腹され,ひと悶着ありました。今であれば,その場でいったん受け取り,後でお礼の言葉を記した手紙と共にそっとお返しする,あるいは,「個人では受け取れませんので正式な手続きをして病院への寄付としていただき,医療の発展のために使用させていただきます」と応えるなど,別の対応ができるのですが,研修医ですからそんな真似はできません。一種の保身もあって決められたルールを守ることばかりに必死になり,患者さんの気持ちや立場など全く考えもしなかった未熟な自分がそこにはいたのです。
②忘れえぬ出会いは,やはり多くの患者さんたちとの出会いというか,「別れ」です。個室で「水……」と言いながらたった一人で息を引き取られたあの方,「先生苦しい,先生」と言いながら最期の時を迎えられたあの方,大勢のご家族の見守る中で静かに旅立たれたあの方,なぜだか不思議なことに,看取らせていただいた方のことばかりが思い出されます。人が亡くなられた時に,自分の無力さや医療の限界を痛感することが多かったからかもしれません。
③思い出の曲と言えばCHAGE and ASKAの「SAY YES」。何もかもうまくいかなくて一人落ち込んでいた研修医1年目の当直の夜。何気なく医局のテレビをつけた途端,いきなり武田鉄矢がトラックの前に飛び出して(何と危険な!)「僕は死にましぇん。僕は死にましぇん! あなたが好きだから,僕は死にましぇん」とあの有名なセリフを叫んだのです(若い方は全くご存じないと思いますので『101回目のプロポーズ』(フジテレビ)を昔のドラマの動画サイトなどで見てください)。飛び出す瞬間から突然流れ始める「SAY YES」のあのイントロ。当時ドラマなど見る暇もなかったので,なぜ武田鉄矢があんな危険な行為をしたのか全くわからなかったのですが(笑),とにかく場面のインパクトがすごかったので強烈に頭に残りました。
それ以来「SAY YES」を聞くと,研修医の当直の夜の不安と寂しさと心細さが入り混じったようなあの感覚が蘇ります。戻りたいような戻りたくないような,でも決して戻ることのできない,苦くて少し切なくて,なぜだか泣けてくるほど大切なあのころに,あのころの自分に,今でも少しだけ戻ることができる,そんな気がするのです。
④挽回できないような失敗や失墜,立ち上がることができないほどの挫折や悲しみ,消すことのできないような憎しみや痛み,人には知られたくはないほどのねたみやそねみ,誰もがそんな感情に苦しみ苛まれることがあると思います。私もそうです。ただ,この世で本当に大切なことは2つしかありません。「前を向くことと愛すること」。それさえ忘れなければたぶん大丈夫。医師になって30年,実にいい加減で適当で煩悩の塊のような自分でも,なんとかここまでやってこられましたから。

ICUで過ごした夏休み
-
塩尻 俊明
- 国保旭中央病院副院長/総合診療内科部長
①ある日の午後,40歳代の男性が初発のてんかん発作で来院しました。スマートな印象の銀行員で,既往もなく飲酒も一切しないとのことでした。その患者さんが入院した日の夜,看護師さんから「ポルターガイストが見えると患者さんが言っています」との報告。『ポルターガイスト』とは当時はやったホラー映画で,彼いわく何本もの光の柱がそこら中に見えるとのことでした。しばらくたって看護師さんから「患者さんが暴れています。困ります,なんとかしてください」と再びコール。今度は何が起こっているのか,駆け付けると,看護師さん数人で彼をやっと抑えている状態でした。ベッドの上に私が馬乗りになり,抑えるしかありませんでした。なんとか自分が彼を鎮静させなければ,とは思いつつもそのまま時は過ぎ,馬乗りのまま気付けば夜中の3時。どうにもならず精神科の先生に電話したところ,「なぜもっと早く呼ばないんだ。その経過はアルコール離脱が疑わしい。ちゃんと病歴を聞いたのか」とご指摘をいただきました。
その後患者さんには,当時の自分としてはびっくりするほどの大量のジアゼパムを投与し,鎮静。翌日,患者さんの奥さんと小さな娘さんが来院し「パパは散歩に行くといつもお酒を買っていたよ」との情報に愕然としました。アルコール離脱でてんかんを起こし,振戦せん妄となった典型例だったのです。もう少し問診をしておけば早く気付けたはずです。何よりもご本人,スタッフ,精神科の先生に負担を掛けずに済んだのに。30年たった今も鮮明に覚えています。
②全身性エリテマトーデスで抗リン脂質抗体症候群を合併し,舞踏病を呈していた20歳代の女性(以下,Aさん)との出会いが忘れられません。当時彼女はステロイドによる精神症状を来しており,夫や姑からも「こんな体で家にもどってきては困る」と言われていたようです。そんな状況の中,私の夏休み初日に行われた教授回診では「病状が安定しているため退院をしても良い」との診断が出ました。Aさんの状態に一抹の不安を感じていた夏休み初日の夜,同僚から一本の電話。「Aさんが窓から落ちた」――。何が何だかわからないまま,雨の中私は自転車を走らせました。病院にたどり着くと,電話をくれた同僚がAさんを担いで病棟まで戻り,他の先生と対応をしてくれていました。
同僚の話によると,その日の夜中にAさんは「塩尻先生はどこ?」と,ナースステーションにふらっと現れたそうです。「今日から夏休みだからいないよ」と答えると,Aさんは何も言わず病室に戻っていきました。その様子に違和感を抱いた同僚がAさんを追いかけて行ったところ,彼女は病室の開いた窓からすーっと落ちたそうです。ステロイドによる精神症状の影響と,「私はどこに帰れば良いのか思い悩んでいた(後日,本人から)」ことから追い詰められていたのかもしれません。Aさんが落ちたのは3階からでしたが,不幸中の幸いにも窓の下には配管などがあったため地面への直撃をさけることができ,そのままICUに入室。頭部硬膜下血腫,脾臓・肝臓破裂,多発肋骨骨折,脛・腓骨々幹部開放性骨折と菌血症,播種性血管内凝固症候群を来した彼女に合わせて私の研修先もICUへと切り替えていただきました。ひと夏をICUで共に過ごしたAさんは,4か月後には無事回復され退院となりました。
それから7年後,外来中にドアをノックする音がして,開けてみるとそこにはAさんが立っていました。「先生,お久しぶりです。私,幸せになったのよ。ほら」と,結婚指輪を見せる彼女。当時の夫とは退院後離婚されたと聞いていましたが,新たな人生を歩み始めたことを報告に来てくれたのでした。医師になって良かったと思えた一つのエピソードです。
④一つひとつの経験こそが,色あせることのない,優れた教科書です。総論の勉強とは異なり,目の前の患者さんの医学的な疑問を解決するための勉強はパッチワークのようですが,積み重なる経験はいつか必ず良い医療の実践へとつながります。
研修病院選びよりも重要なこと
-
根岸 一明
- 豪シドニー大学内科教授
①研修医の先生方の参考になればと思い,2つのエピソードを紹介する。
・「Festina lente(ゆっくり急げ)」
まずは学生時代の病院選びのエピソードを紹介する。当時は臨床研修制度が必修化される前であったが,Evidence-based medicineが日本でも普及し出したと同時に,総合診療科が研修医に人気になりだしていた。私は,周りの「意識高い系」の友人にかぶれて,在日米海軍病院も含めいくつかの病院見学に行った。仲の良い友人も親切心から「自分のためになるから,勉強になるところで研修したほうがいいよ」とアドバイスをくれた。しかし,いろいろな事情から出身大学の医局に入局することになった。同期に取り残された残念な気持ちはあったが,有名研修病院に行った友人をうらやむ暇もないくらい忙しかった。
そんな中,茅ケ崎徳洲会病院でバリバリに臨床をされていた先生が医局に入られた。何を言ったわけでもないのに「根岸先生,同級生がもうCVを入れたとか言っているのを聞いても焦ることないから。そんなの2~3年たてばみんな一緒だから」とアドバイスをくれた。当時は「そんなものかな」と思っていたが,まあそんなものでした。
・「Devils in the details(細かいところも手を抜かずに)」
次は心電図に関するエピソードである。心電図を100枚読めば大体わかるようになるとのことで,院内でとられた心電図を読影する「心電図当番」という制度があった。研修医になりたてで困っているわれわれに,優しい指導医の先生が心電図の指導として宿題を出してくれた。採点後に指導医の先生から「根岸君,心電図の縦のマス目は1 mmが0.1 mVですよ。注意してください」「先生だけですよ,1 mmを1 mVにしていたの。これではみんな肥大心です」とのこと。まあ,落ち込みましたね。
②忘れえぬ一言。
・「No Panacea(万能薬なんてない)」
学生時代の病院見学にて,当時から有名であった国立病院機構東京医療センターの総合診療科に伺った。部長の先生に「根岸先生はどんなところで研修を希望しているの?」と聞かれ「教育の充実しているところがいいです!」と元気よく答えた。すると,「何を言っているの! 医者は自分で勉強するんだよ!」と言われ,有名な教育病院で研修することが大切と思い込んでいた私は,鈍器で頭部をたたかれたような衝撃を受けた。しかもその,教育の分野で有名な先生から。その後の研修中もこの言葉が耳から離れず,空き時間を見つけては自分で勉強した。今の自分に多大な影響を与えたことは言うまでもない。
③これといった思い出の曲はすぐに思い浮かばないが,感染症で有名な青木眞先生の本を読んで,当時のiPodに「No pain, No gain」と刻印して,座右の銘とした。
④希望の進路に行けなかったり,上司に理不尽な指導を受けたりする方もいるかもしれません。私はどこにでもいる学生で,授業中に居眠りしたり,さぼったりもしていました。成績も普通で,周りに優秀な同級生がたくさんいました。研修も有名研修病院ではありませんでした。でも今は自分でやりたいと思うこと(臨床と研究)ができています。続けていれば,いいこともあります。あのアリストテレスもこう言っていました。
“The roots of education are bitter, but the fruit is sweet.”――Aristotle(B.C. 384-322)1)
教育の根は苦いかもしれませんが,皆さんの研修が甘い果実に実ることを願っています。お互い頑張りましょう。
参考文献
1)J Am Soc Echocardiogr.2017[PMID:29056408]
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