医学界新聞

書評

2021.01.04 週刊医学界新聞(通常号):第3402号より

《評者》 村川内科クリニック院長

 米国で出版されたクイズ形式の心電図テキストである。房室結節の関与する不整脈の研究で知られた鈴木文男氏の監訳による。

 「一般循環器科医か,熟達の内科専門医であるか否かにかかわらず,すべての熱心な不整脈研究者」を念頭におよそ90の頻脈性不整脈の診断を問うている。

 「一般内科医に必要な診断力」を大幅に上回るレベルでの議論が盛り込まれている。

 「臨床電気生理学とカテーテルアブレーションの経験を積んでいる専門医や,それを目指すひと」の研さんに有用である。十二誘導心電図で頻拍の機序を分析するのみでなく,「次にどのような情報が必要か」も語られている。「QRSのかたち」「p波とQRSの位置」「周期の乱れ」などから心内興奮の動きを思い浮かべる洗練された理屈が面白い。

 原著者は“診断が正解かどうかよりロジックの明晰さを優先する”という意味のことを述べている。「十二誘導心電図の診断」が「電気生理検査やカテーテルアブレーションの観察」により修正されることは日常茶飯事である。それゆえ,不整脈専門家にとって原著者のフィロソフィーはもとより了解済みだが,これまで表立って「事実より理屈」と言えなかった経緯もあり「然り」とうなずくところである。

 本書は不整脈専門医試験をめざす人には必読である。専門医試験で出題される心電図は一義的に診断し得る波形であろうから,「どっちともいいにくい心電図」も並んでいる本書のほうが難解である。

 数十年前からあまたの「心電図の問題集」が世に出ている。本書は難しさでは頂点にある。電気生理学の知見をベースに置いた分析であり,「時代としての有利さ」がある。とはいいながら,心電図波形を拡大して眺めるところなど「いにしえの道」に沿うものでもある。

 ところで翻訳者として,国内外に屹立する業績を持つ臨床電気生理学者の名前があるが,精細な解析をたどるほどに「よほどの手練れ」でなくては頼めなかった事情を察した。

 本の体裁は魅力的である。字も大きく,心電図も見やすい。「心電図好き」はつい手を伸ばしてしまいそうだ。しかし,“気楽に楽しめる心電図クイズ”のつもりで手にすれば,30ページあたりで挫折する可能性が高い。薦められない。虚血性心疾患や心不全が専門の循環器科医にとってもなじみにくく,得るものが少ない議論が多い。そういうことを暗に示すためか8200円の値段がついている。

 3時間で読み終えたが,半分も正解できなかった。


《評者》 札幌厚生病院病理診断科主任部長

 ある内視鏡医が著した教科書を読んだときのこと。ミニコラム内にこんなエピソードがあった。

 「ベテラン病理医の部屋を訪れたところ,私がドアを開けるなり,まだ何も言っていないのに,『本か?』と言い当てられた。図星であった」。

 私はここに,病理検査室の「あるべき姿」を見た。臨床医に頼られるような病理医をめざすのはもちろんだが,「臨床医に頼られるような書架」を整備したいという気持ちが高まったのである。

 もともと,わが病理検査室の本棚には,前任者たちが精魂込めて収集した教科書がひしめき合っていた。新旧の規約やガイドラインはもちろん,私が医師免許を取得する前から版を重ねているような名著もあった。私もそこに少しずつ本を買い足して,時折整理してはアヤシク笑みを浮かべている。時折臨床医が本を探しにやってくるのを見るのはうれしい。先人たちによる手入れのかいあってか,はたまた,勤め先の愛ある図書研究費のたまものか。

 そんな「病理図書利用者」たちが手に取った本をちょうかんすると,臨床家たちが頼りたくなる書籍には二種類あるようだと気付く。一つを網羅系,もう一つを物語系と仮に名付ける。

 網羅系書籍とは,医学知識を区分けして提示することで,全てがそろった安心感と,辞書のように引ける利便性を提供する。一方で,物語系の書籍は,サイエンスに通底する論理構造を,語りかけるようにひもといてくれる。

 辞書を通読するよりも小説を読み通すほうが手軽だ。しかし,辞書的に使える本がないと現場では不便だし不安である。網羅系書籍は総じて高額なので,公共の書架には網羅系のアトラスをやや多めに並べておけば,みんなの役に立つだろう。

 さて,この度発刊となった『下部消化管内視鏡診断アトラス』は,雑誌『胃と腸』の精神が凝縮された,「網羅系」書籍の最新版である。意図と理念の解像度が高い美麗な写真! 書架に一冊あるとほっとする。馬手に内視鏡,弓手にアトラス――。

 と,まあ,良いアトラスを褒めるときの決まり文句である「美麗な写真」で本書を語ることは容易だ。実際,「写真がきれい」という価値の一点突破でベストセラーになるクオリティはある。ただ,それだけの本だろうか? 本書の魅力は他にもある。

 実はこの本,説明文が「敬語」なのである。編集の小技にびっくりしたが,それがもたらす効果にさらに驚く。解説者たちの声が,読書中に脳内に響いてくるのだ。鶴田修先生とか清水誠治先生とか小澤俊文先生とか佐野村誠先生とか田中信治先生とか,ああ書き切れない,「早期胃癌研究会の最前列で読影をされている先生方」が説明する横で画像を見ているような気分になる。そのおかげで,「網羅系アトラスなのに,通読できてしまう」のだ。なんと言ってもこれがすごい。あと,値段が安い。印税でランチすら食えないレベル。このアトラスなら個人で買える。あ,そうそう,最後に一つ。バーチャルスライドベースのルーペ写真ってやっぱりきれいですねー!

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